14.鳳凰院死す!さらば鳳凰院!ありがとう鳳凰院!
守と三条穂鳥が勉強会を開いて、約1週間が過ぎ、とうとう中間考査の前日である週明けの月曜日となった。
守が通う高校は火曜日から試験が始まり金曜日には全ての科目が終了する。
守達レート1勢はその時にだけ、プレハブに教師が監督しに来るのだ。
そして、今の時刻は18時頃。
守は三条穂鳥と生徒会室で話していた。
話と言っても、守は延々とお菓子を食べている。
「ところで守さん。鳳凰院竜司さんと西野美希さんの調子はどのようですか?」
守の対面に座る彼女は右手で顔を支えるような膝をついており、お菓子を食べる守の姿を嬉しそうに見ている。
「…ん?あいつらか?ああ、すげーいい調子だ。西野のやつは、ポテンシャルはあるから問題はなかったし、鳳凰院も退学の話をしたら真剣に俺の授業を聞いてくれたぞ。……ただ、元から馬鹿な鳳凰院は、短期間にいろんな事を詰め込んだから、顔の大きさが2倍くらいになったぞ。」
「フフ。守さんは冗談がお上手です。」
くすりと笑う三条穂鳥。
「冗談なんかじゃねーぞ?あいつこの1週間マジで凄かったんだからな。流石に疲れたわ。」
守は思わず苦笑する。
その苦笑いにこの日々がどれ程キツいものであるのかを物語っていた。
「ありがとうございます。この調子だと、退学者は出ないように思われます。」
にこりと笑顔を浮かべてそれを守に向ける。
「ああ。これも三条のおかげだ。こっちこそありがとな。……それと、三条の方はどうなんだ?100点、取れそうか?」
「は、はい。守さんのおかげで、今回は自信があります。」
「そうか、それは良かった。」
"コンコン"
その会話の途中で生徒会室にノックの音が響いた。
「失礼します……って、守様!またいらしていたのですか!?」
その正体は山野愛。
この日は眼鏡をつけていない。
その代わり、ツインテールに髪を結んでおり何とも幼い感じの雰囲気があった。
「おお、山野か。久しぶり。」
守は振り返って山野愛に挨拶をする。
「お、お久しぶりです……」
少し顔を赤らめる山野愛。
その表情はまるで、リスのような小動物を思わせるものである。
端的に言うと、まぁ、可愛いと言う事だ。
「あの。山野さん?何の用事があったのですか?」
そのやり取りを見ていた三条穂鳥が椅子から立ち上がりそう言う。
山野愛の幸せそうな表情とは対照的に今の彼女は少し不機嫌そうだ。
「か、会長……その、これ。部費の予算案です。いつでもいいので、目を通しておいてください。」
「ええ、分かったわ。用事はそれで終わりですか?」
守と二人きりでいる時、三条穂鳥は普通の一人の女の子の様だが、やはり守以外の誰かの目の前に立つとtheエリートの様な威厳のある少女に変貌する。
現時点で、相当に山野愛を結構ビビらせている。
「いえ……その……今日、守様と会長はなぜ一緒にいたのですか?…テスト前日なので勉強をしていたのですか?」
「はい。そんな感じです。どうかなさいましたか?」
「あのー……よろしければ、私もテスト勉強したいので、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
その空間に静寂が訪れる。
厳密に言えば、守がお菓子を食べる音だけがその空間に響いている。
「その必要は無いはずですよ?山野さん。すごく聡明ですからね。」
「いえいえ、それを言うなら会長も賢いではありませんか?」
「そんなことありません。私は偶々テストの本番で、いい点数を取っているだけです。だから、少しでもマンツーマンで守さんに授業をして頂かなければ大変なことになってしまいます。」
「それですと私も同じ事が言えますね!実は私も前回のテストで、欠点の30点ギリギリを取ってしまったのですよ!あと63点足りなければ欠点でした!」
その二人の間に不穏な空気が流れる。
(なんか、嫌です。山野さんが私と守さんの空間に割り込んでくる事が、なんか嫌です!)
(会長!どうして引き下がらないの!!まさか、私と守様のラブリーな関係を邪魔しようと言うのですか!!…ですが、私は負けませんよ!あの会長だろうとうちほろぼしてみせます!)
バチバチと電気が音を立てる。
どうやらどちらも引き下がるつもりはない様だ。
バタン!!
その時、生徒会室のドアが乱暴に開かれ、
守や三条穂鳥、山野愛の視線はそこに集中する。
「大変だ!守!鳳凰院が!」
その正体は、山田山田だった。
血相を変えて、ゼーゼーと息を切らしている。
どうやら大変な事が起こった様だ。
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「おい、山田。何があったか、いい加減教えてくれないか?」
守は山田山田に尋ねる。
現在、守達は山田山田を先頭にある場所に向かっていた。その場所は保健室で、そこに鳳凰院竜司がいるとのことだった。
そして、三条穂鳥と山野愛も守について来ており、未だに不穏な空気をまとっている。
「ああ、わかってる。だが、先に言っとくことがある。」
「?なんだ?言っとくことって。」
「お前。鳳凰院と西野に勉強教えてただろ?退学になるからって……」
「ああ、それがどうしたんだ?」
守は、つかみ所のない山田山田の台詞に疑問を隠せないでいた。
「だから、お前のせいじゃねーから。気に病まないでくれよ。」
「は?いや、だからそんなのはいいから鳳凰院がどうしたのかだけ教えろよ。」
「気づかなかった俺も悪いから。自分一人で抱え込むことは辞めてくれよ。」
山田山田がポンと守の肩に手をおく。
「だけん、鳳凰院がどうしたのかって話だけ教えろよ。」
山田山田が黙り込み、噛みしめる様にこう言う。
「ほ、鳳凰院のやつ。勉強し過ぎて……とうとう……頭おかしくなっちまったんだ。」
眉間を抑えて涙を浮かべる山田山田。
だが、その姿とは対照的に守達はこう思った。
(((いや元々じゃね?)))
その瞬間だけ、女子二人の空気は落ち着いた。それほどに当たり前のことだったのだ。
「お、おかしくなったって。どんな風にだよ。あいつはいつも色々とおかしいところあるぜ?」
守が山田山田に尋ねる。
「いたものとは訳が違う……俺が言えるのはここまでだ。後のことは、自分で確認してくれ………」
一行は既に保健室の前まで来ていた。
守は柄にもなく真剣な表情になっている山田山田に違和感を感じ、ゴクリと生唾を飲んでドアノブに手をかける。
それと同時に山田山田はどこかへ立ち去った。
どうやら鳳凰院のあられもない姿を見たくは無い様だ。
ガチャリ………………………………………
部屋の中にはしくしくとうずくまって泣いている鳳凰院竜司がいた。
「おい、鳳凰院。大丈夫か?」
守は部屋に入り、鳳凰院に近づく。一方で三条穂鳥と山野愛は部屋の外でそれを見ていた。
「守氏でござるか?」
「お、おう。どうしたんだ?鳳凰院。」
「守氏……拙者……拙者………」
「?」
「勉強がしたくないでござる!!!」
「どわっ!?」
鳳凰院が守の足に張り付いて来た。
彼は血涙を流し、鼻水を垂らしている。
「拙者。拙者。勉強が……勉強が………この上なく、苦痛でござる……」
そんな鳳凰院が噛みしめる様にそう言った。その姿は俳優も顔負けである。
「頭に知識が入ってくるたびに……拙者の脳細胞が…死んでいく様な気がするでござる。」
確かに、心なしか鳳凰院にゲージが見えている様な気がするが、そのゲージは赤色になっている。
もう残りゲージはほとんど残されていない。
「……………ランゲルハンス島。」
「グハッ!!」
守が理科の用語を口にすると鳳凰院はものすごい勢いで吐血し、体をピクピクと震わせている。
それと同時に、彼のゲージはさらに短くなった。
「……vanquish」
「グハァァッッ!!!!!」
部屋の外で三条穂鳥が、英単語呟くと鳳凰院はマーライオンの様に血を吐き出した。
「………阿倍仲麻呂」
「グブァァァァッッッッッ!!!!」
山野愛が歴史上の人物の名前を呟くと、鳳凰院はエリマキトカゲの様に血涙を出す。
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………もう何分続けただろうか。
保健室の中央には血の湖ができており、その中に鳳凰院が倒れていた。
漂白剤で色を落とされたかの様に、真っ白だ。
チーーン。と言う音まで聞こえた気がしたほどだ。
その惨劇を見た守は無言で保健室を出て歩き出した。
そして、生徒会室に帰って来たところで叫んだ。
「どうしてだよおおおおぉぉぉ!」
"藤原竜○か!"とか、"カイジか!"とツッコミたくなる様な叫び声を上げる。
後から入って来た三条穂鳥と山野愛は顔を合わせて苦笑いしあった。そこに先ほどのピリピリした空気はない。
鳳凰院を見て、争うことが馬鹿馬鹿しくなったのだろう。
「どうして、ああなったんだよおおおおおおぉぉぉ!!!!!!」
頭を抱えて地面に倒れこみながら叫ぶ。
その時学校の放送が鳴り響いた。
"2年10組、山野愛さん。今すぐ職員室に来てください。くり換えします。2年10組の山野愛さん。今すぐ職員室に来てください。"
「あ、私だ。…会長。少し、職員室に行って来ますね。」
「はい。行ってらっしゃい。」
山野愛は呼び出しの放送を聞くと直ぐに職員室に向かってトコトコと走り出し、生徒会室のドアをガチャンと閉めて出て行った。
「………守さん!どうするんですか!」
山野愛がいなくなった途端、人が変わった様に三条穂鳥は叫び出した。
「あの様子だと、明日テストなんて解けませんよ!退学確定ですよ!」
守にだけ見せる本当の三条穂鳥は随分と焦っている様子だ。
「ああ!まずい。西野は問題ない。それは確信して言える。だが、鳳凰院は…このままじゃ、無理だろうな。…くそっ!」
守は地面に自分の拳を叩きつける。
ものすごく悔しそうにしている。
「そんな!今までの守さんと私の頑張りはどうなるんですか!」
そこに鳳凰院の頑張りと言う言葉が出なかったのはどうしただろうか。
おそらく、三条穂鳥にとって鳳凰院竜司と言う人間が眼中になかったためである。
「そうだぜ。このままじゃ。俺らの努力が水の泡……」
守がそう言いかけた時、守の手元に一枚のプリントが落ちて来た。
そこには"映画泥棒は犯罪です。"と書かれていた。
!?!?
「これだ!!三条!これだ!!」
守は何かを閃いたかの様に勢いよく立ち上がった。そして、プリントを三条穂鳥に見せた。
「映画泥棒?それがどうしたんですか?」
「気づかないか?アレだよ。アレ。」
「なんですか?…………え?まさか…そんな……それをすれば……」
三条穂鳥は何かを察したかの様に、顔が引きつり、守はニヤリと笑う。
「そう。もうこれしかねぇ。…カンニングだ。」
「そんな!それがバレてしまえば、共犯者の守さんが退学になる可能性があります!やめて下さい!」
三条穂鳥は鳳凰院竜司のことを一切心配していない。
「そうだな。だが、これしかない。三条の頑張りを無駄にするわけにはいかねぇからな。」
「……そんな………嫌です!良いじゃないですか!鳳凰院さんが退学すれば!私、守さんがいないと……………」
大粒の涙が彼女の頬をこぼれ落ちる。
「心配すんな。そんなヘマはしねぇさ。大丈夫だ。俺を信用してくれ。…まぁ、鳳凰院がカンニングすら出来なかったら本末転倒なんだがな。」
守は笑顔で三条穂鳥の頭を撫でてやる。
トクン…………………
「でも…………」
「心配症だな。三条は。信用してくれよ。俺は絶対にうまくやるからよ。」
守は三条穂鳥に笑顔を向ける。
(でも…私は………)
三条穂鳥は守に言葉に返事ができない。
心に思い浮かんでいるその言葉が。
トクン………………………
「さすがに今回は三条に頼るわけにはいかない。……ワンチャン退学だからな。」
守はそう言って生徒会室のドアに手をかける。
「じゃあな。三条も明日頑張れよ。」
ガチャンと言う音だけが生徒会室を反響する。
(……守さんを助けたい。……絶対に、退学になんてさせないんですから。)
未だに涙が止まらない三条穂鳥は密かにそう誓ったのだった。
そしてこの日鳳凰院竜司は密かに傷ついたのだった。
勉強を拒む豚。
その豚に勉強を強要した守。
この時、その両者の間に大きな協会が生まれる。
次回、カンニングする豚。
この次もサービスサービス♪♪♪
鳳凰院は死んでいません。




