12.カースト最上位の生徒会長にもジレンマはある!
side 三条穂鳥
彼女は周囲から尊敬の視線を送られる。
誰からでもそうだ。
親や姉妹もその例外では無い。
その視線は彼女にとって、とってもプレッシャーになる。
ミスが許されず、常に完璧でいなければならない。
彼女に貼られたレッテルはいつしか自分を苦しめるしがらみになっていた。
そんな中、彼女はある生徒と出会った。
小山守。
レート1の生徒でそこそこイケメンって感じの好青年。
始めはそんな印象で、彼女は完璧な自分を演出し続けた。
だが、彼と話していくうちに何故だか、彼女は自分の演技がバカらしくなっていった。
無限と用意されたおもてなし用のお菓子は即座にして無くなってしまい、彼女が真面目に話しているのにちゃんと聞いているのかわからない態度。
普通の人間ならそれにイラつきを感じるかもしれない。
しかし、彼女にはそれが新鮮に感じた。
今まで自分の話を1言足りとも聞き逃した人はいなかった。
彼女が準備したお菓子は遠慮して、誰もそれらに手を出さなかった。
そして、全ての人が彼女と話す時は距離をとろうとする。
彼女はそれらを居心地の悪いものだと感じていたのだった。
だから小山守との出会いは、彼女には衝撃的なものだったのだ。
(初めて……人に怒られたかも。)
帰宅中。三条穂鳥は自分の頭に触れ、守にチョップされた事を思い出す。
(でも、なんか。……嬉しかったな。)
俯いたまま頬を赤くするが、夕日の色と重なってはっきりとは分からない。
その中で、守に頭を撫でられた事が思考をよぎる。
……トクン……………
(またこの感覚。……経験したことのない感覚です。一体何なのでしょうか。)
すっかり暗くなってしまった夜道。
そこで戯れる家族を見て一言呟いた。
「そう言えば、褒められたのも初めてかも知れません。……」
彼女はこの日初めて他人の事をもっと知りたいと思ったのだった。
そして、そんな彼女は守の前だけでは素の自分になっている事を気づいてはいない。
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翌日の朝、三条穂鳥は9時30分ごろに目を覚まし、身体を起こした。
優等生にしては遅い起床だ。
「……守さんの夢………」
ネグリジェの三条穂鳥はベッドの上でチョコンと座った状態で呟き、再びゴロンとベッドに転がった。
「なんか……いい気分ですね。」
この日は土曜日。つまりは学校が休校の日だ。
だが、優等生に休みはない。
起床の後に朝食を食べ、即座に勉強机と対面する。
定期考査の問題用紙を持っているからと言って、それに甘んじるようなずるい行為はしない。
欠点を回避できる分だけ問題用紙のチラ見したが、それ以上は決して見たりはしない。
それが三条穂鳥の生き方だ。
だから、三条穂鳥は実力で100点を取るために今日も勉強をする。
勉強を始めれば彼女の周りの空気が変わる。
集中力を高めて教材とノートを開き問題を解き始める。
脊髄反射的に解いているほど、どんどん教材をめくっていく。
しかし、実際にノートを見てみると………………………そこには、守の人物画が精巧に描かれていた。
そう、三条穂鳥は脊髄反射的に問題を解いていたのではなく、脊髄反射的に守を描いていたのだ。
「!どうして私は守さんを描いてるんですか!」
衝撃を受けたように急に大きな声を上げる。
そして、守を描いたページを綺麗に破ってクリアファイルにしまった後、三条穂鳥は気合いを入れ直すように、自分の顔を2回叩いた。
「……ダメ……こんな事じゃ、また100点取れない。」
再び教材をめくり勉強を開始する。
その時の三条穂鳥の表情には本気の真剣さが垣間見えた。
10分後……………………………
三条穂鳥の机の周りには守の人物画が、数十枚も散らばっていた。
「どうして!どうして私はつい守さんの絵を描いてしまうのですかー!」
勉強机に顔を伏せて叫ぶ。
「うぅ……こんなんじゃダメです。……気持ちを切り替えないと……」
三条穂鳥はのっそりと立ち上がり服を着替えて、ジャージ姿になる。
「運動すればきっと、集中して勉強ができるようになるはずです!」
そう思い立った三条穂鳥はやる気に満ちた表情で家を飛び出した。
15分後……………………
三条穂鳥は学校のプレハブの守の椅子に座っていた。
「ドウシテこうなったですか!!」
誰もいないこじんまりとした教室で1人、ツッコミを入れている少女がいた。
「これだと、先ほどの二の舞ではありませんかー。」
机に顔を押してつけながらそう叫ぶ。
悲しみを感じさせるその叫び声とは裏腹に三条穂鳥の口は緩み、だらしない笑顔を浮かべていた。
「えへへ。守さんの匂い………はっ!!」
その場に春独特の静けさが訪れる。
そして数秒後、三条穂鳥はバッと立ち上がった。
「こ……これではまるで……へ、へ、へ変態さんじゃないですか!」
真っ赤に赤面した少女が1人先ほどからボケとツッコミを繰り返している。
第三者的な目線では、非常にやばい奴に見えないこともないが、今はそっとしておいて欲しい。
「はぁ……運動でもダメ……じゃあ、お買い物でもしますか……」
三条穂鳥はトボトボとその場を後にした。
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現在の時刻は昼の3時頃。
三条穂鳥はショッピングから帰宅していた。
両手には大量の買い物袋が握られており、その中身は男物の商品と大量のお菓子であった。
(お買い物作戦も失敗です。行く店行く店でどうしても守さんのことを考えてしまいます。)
そんな事を考えながら住宅街をゆっくりと歩いて行く。
その時三条穂鳥の目の前に公園が見えてきた。
「荷物…重いですし、少し休憩しますか。」
その公園は以前に森川結菜と守が立ち寄ったことのある公園で、15時という絶好の時間帯にもかかわらず人っ子一人いない悲しい場所だった。
公園のベンチに荷物を置き、その横に三条穂鳥は腰を下ろす。
「はぁ……」
ため息を一つ付き心の中で考え込む。
(最近ずっとこうです。守さんが私の頭から離れません。……このままじゃ、また不甲斐ない成績を取るとわかってるのに……)
しかし、守が三条穂鳥の頭を撫でた場面が思考をよぎった。
「………ずるいですよ……親父にだって褒められたこともないのに………」
そう囁いた三条穂鳥は火照っていた。
(でも、このままでは私、本当にどうにかなってしまいます。対策を考えないと……)
三条穂鳥は誰かに相談しようと考え、手を2回叩いて指笛を鳴らす。
するとすぐに奴が来た。
芦羽ダイコだ。
「あら、会長。❤︎どうかしたのですか。❤︎」
ネットリと絡みつくような声が、分厚い唇から放たれる。
「ミリオン。少し相談があるのですが……どうして右手に柏木先生を握っているのですか?」
そう芦羽ダイコは右手に顔が青白い男の人、もとい学校の教師を握っていたのだ。
柏木誠。守たちが通う高校の教師の1人で、もっともイケメンと女子生徒たちに騒がれていた人気の先生だ。
スポーツもできて若くて、そしてイケメン。
まさに理想の男というような感じだ。
だが、今の彼にはその面影はない。
顔は青白く変色しており、髪もだいぶ抜けている。ハゲ方でストレスによるものだという事は分かる。
そして、何かに怯えるように身体を小さくし、小刻みに震えており「殺してくれ、殺してくれ、殺してくれ、殺してくれ」と呟いている。
一体何があったのだろうか。
「やっぱり気になるのかしら。❤︎でも教えてあげない。❤︎……」
芦羽ダイコ、もとい現代版ユバー○は、その右手に持っていたものをポイッと捨てて三条穂鳥が座るベンチに腰をかけた。
「今日はミリオンに相談があって呼んだのです。よろしかったですか?」
「ええ。❤︎前にも言ったように、いつでも大丈夫だから❤︎……でも、悪いんだけど、その相談はもうおしまいよ。❤︎」
三条穂鳥はキョトンとする。
「?どういう事ですか?」
その三条穂鳥の言葉に芦羽ダイコが一枚の紙を取り出す。
「それは?なんですか?」
「これ〜。❤︎マーチンのじゅ・う・しょよ〜❤︎」
芦羽ダイコが三条穂鳥の耳元で呟いた。
「ま、マーチン?」
「ええ❤︎。小山守でしょ。❤︎だからマーチン❤︎」
「そ、そうですか。…それで、住所とはどういう事ですか?」
「さっき捨てちゃったけどね❤︎アタシのペットから聞いたのよ。❤︎直ぐに教えてくれたわ〜❤︎」
「…………ミリオンはこの住所を私に渡してどうしろというのですか?」
「そんな事。あなたが1番わかってるはずよ。取り敢えず、これはあなたに渡しておくわ❤︎後の事はあなた次第よ❤︎」
芦羽ダイコはその紙を三条穂鳥に渡して立ち上がり、
「それじゃあ❤︎マーチンにもよろしく言っといて❤︎」
と言ってその公園を後にした。
公園に取り残された三条穂鳥は渡された紙をじっと見る。
「こんな事絶対にダメ。勝手に住所を盗んで、その家に押しかけはなんて……許されるはずが………」
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「許されるはずが……ないのに。」
三条穂鳥は両手に荷物を抱えた状態で守の家の玄関前に来ていた。
(はぁ。やっぱりダメ。約束なしでなんて失礼にもほどがあります。……)
踵を返し歩き出そうとする。
(でも。やっぱり、なんか会いたい気もする。)
再び守の家の玄関前に立つ。
(あー。でもやっぱり………いや。行く。行きます!…….それでも、失礼ですよね。)
10分ほどその謎のジレンマを繰り返していると、その家の玄関が開いた。
「あれ?お姉ちゃん。誰?お兄ちゃんの知り合い?」
見た目は小さい女の子。ゆるふわな感じでとても可愛らしい。
うん。まぁ、チコのことだ。
「あ。その……そうです!守さんに用事があって来ました。」
「お兄ちゃんに用事??なんの用事??泥棒さんとかじゃない??」
顔を傾げて聞いてくる。
可愛すぎる!
「泥棒さんじゃありませんよ。用事…というほどでもないのですが、その〜、話がしたくて…ですね。」
「うん!分かった!じゃあお兄ちゃん呼んでくるね!」
「はい。お、お願いします。」
チコは直ぐに家の中に消えて行った…と思ったら直ぐに戻って来た。
「お姉ちゃんは、なんて名前なの?」
「あ、すみません。私は三条穂鳥と言います。」
「穂鳥お姉ちゃんね!私はチコだよ!」
「はい。チコちゃんですね。わかりました。」
チコは笑顔を三条穂鳥に見せた後、再び家の中に消えて行った。
それから直ぐに守が家から出て来た。
「おー。三条か。チコがお菓子をいっぱい持った気前のいいお姉ちゃんが来てるっていうから誰かと思ったわ。」
「気前のいいお姉ちゃんって……チコちゃん……」
守と三条穂鳥は苦笑を浮かべる。
「それで?なんの用だったんだ?」
「ああ。その……まずはコレあげます。守さんのために買ったので…」
三条穂鳥は両手に抱えていた買い物袋を守に差し出す。
「いや!すまねぇがこれは受け取れねぇ。男のプライドってやつだ。」
「大丈夫ですよ。私の好きで買ったやつなのですし、家に置いていてもごみになるだけなので…」
「それでもだ。いくら貧乏だろうと、そこは譲れないぜ。」
「で、では、明日一日中私に勉強を教えてくれませんか?ひ、100点とりたいので……」
咄嗟に出てきた言葉だった。
三条穂鳥もその言葉を言った後で
(わ、私ったら何言っちゃってるのですかー!絶対に断られます!断られちゃいます!)
とかなり焦っている。
しかし、三条穂鳥に帰ってきた言葉は意外なものだった。
「うん……ま、それならいいかもな。明日一日中だな。分かった。予定を空けておく。」
「……え?いいんですか?」
「ああ。そりゃな。ただ、その買い物袋の量からして、それでも足りないくらいだと思ってるくらいだがな。」
守は苦笑を浮かべる。
「そんな事ないです。……で、では、その。10時ごろ明日迎えにくるので……よ、よろしくお願いします。」
三条穂鳥は買い物袋を渡しながら、そう言う。
「お、10時だな。分かった。」
「そ、それでは、ま、また明日!!!」
三条穂鳥はビューンと走り去って行った。
「おーい!気をつけろよ!」
守はそう言って三条穂鳥のお見送りをした。
その時三条穂鳥は走りながら考えていた。
(やりました!やりましたよミリオン!何だか今、とってもハッピーな気分です!なんだかとっても、明日が楽しみです!)
その表情は柔らかい笑顔でいっぱいだった。
コテン。
「あっ。転けた。」
守は遠くで転けた三条穂鳥を見ていた。
ありがとうございます!
ロングもいいかもしれない。