「ネリカと赤い指先」のこと
この本を最初に読んだのは、確か小学三年生の時。休み時間に図書室で見つけた。タイトル通り真っ赤なネイルが施された指先だけが描かれた表紙に私は魅せられ、それを借りることにした。
ネリカとはこの物語の主人公。年齢は当時の私と同じくらい。彼女は生まれつき爪の先が他人と違い紫色だった。そして当然の如く周りからは好奇と蔑視の目にさらされ、彼女はいつもべそを掻きながら家路に着いた。
見かねた彼女の両親は、ネリカに赤いマニキュアを買い与えることにした。そして次の日から彼女はそれを付け、学校に赴いた。
周りの反応は見違えるほどに変わった。皆彼女の指先にーー私のようにーー魅せられ、ネリカは一躍学校で人気者になった。
けれど、そんな彼女の姿を、他の子供たちから少し離れたところで観察する一人の男の子が居た。テレンスだ。
ネリカが読書をしていると、テレンスは彼女に歩み寄り、こう言い放った。
「お前、本当にそれでいいのかよ。」
突然投げかけられた言葉に彼女は、
(いきなり何なんなのよ…)
と反感を抱く。
そのまま月日は流れ、ネリカは高校生になった。
相変わらず外に出かける時彼女は必ずマニキュアをした。友達にも恵まれ、彼氏だって出来た。
けれども彼女の心の内は、不安で満たされていた。そう、今の私は偽物の私。このマニキュアがなければ、皆私の元から去ってしまう。だけど今さら本当のことなんて言えない。
そんな時、ふとテレンスの言葉を思い出す。
(そうか、だからテレンスはあんなことを…)
彼女はある時、思い切ってマニキュアをせずに人前に出ることにした。するとどうだろう、彼女が紫色の指先をしていても、誰も笑うことなど無くなっていたのだ。
そう、あの時皆が笑っていたのは私の指先のことじゃない。何よりそのことを恥ずかしがる自分自身のことを笑っていたのか。ネリカはそのことに気づき、物語は幕を閉じる。
私はこの本を読んだ当時、軽いコンプレックスに悩まされていた。ネリカのように目立つものじゃなく、身長が他の人より短いだとか、他の生徒より勉強が出来ないだとか。
それがこの本を手にした時、僅かばかりではあるが心が軽くなったような気がした。私は自分らしく生きればいい。この本のメッセージが私の人生を仄かに明るく照らし出してくれた。
あくる日、もう一度あの本を読みたくてうずうずしていた私は、休憩時間になると一目散に図書室に駆け込んだ。
けれど、どこを探しても「ネリカの赤い指先」を見つけることは叶わなかった。先生に聞いても、「そんな本なんて知らない」の一点張りだ。
私は落胆した。そしてその本を探すのを諦めた。ただ、その本から教えられたことは、決して忘れることはなかった。
そして今、私はこの「感想文」を書いている。三人の子供に恵まれ、それなりに幸せな人生を歩んでいる。そう、「ネリカの赤い指先」のおかげで。
あれから随分調べ回ったが、やはりそんな本はこの世には存在しないらしい。赤い指先が描かれた表紙の、あの本は只の幻だったのだろうか…。
それでも私は信じている。そして私は願っている。いつの日か子供たちにその本を読み聞かせられる日が来ることを。そしてこれを読んだあなたに、「ネリカの赤い指先」を「推薦」出来る日がやってくることを。
この物語はフィクションです。「ネリカの赤い指先」も(恐らく)存在しません。もしもあったら、私もおすすめしたいところですが…