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「花火を見に行こう」
前沢明人は、自分の口にしたことを、ほんの些細なことまできちんとやってくれる人だった。一緒に花火を見に行くこと、それは難しいことでもなんでもない。きっと、そのうち私を誘ってくれると思っていた。けれどその約束は果たされなかった。
前沢から別れを切り出されたときの私は、驚きも悲しみも感じなかった。私が一番初めに思ったことは、花火を見に行く約束はなかったことになるんだな、なんていう場違いなことだった。
一枚の美しい写真を火にくべたみたいに、私の想像の中の風景が灰になって消えていく。前沢は、一目ぼれしたと言った。馬鹿みたいな言い訳だと思いながらも、私は神妙な表情を繕ってゆっくりと頷いていた。それどころか私は、
「応援する」
なんて、心にもないことを口にしていた。あっさりと関係を断ち切ったふりをしたのは、前沢が、ほんの少しでも自分の決意を後悔してくれればいいと思ったからだ。けれど、私の考え方はどこまでも浅はかだった。
「ありがと」
そう口にした前沢の表情は、ほっと安心したように緩んでいた。あ、後悔はしてくれないんだ、今、失敗したんだと、私はすぐに気がづいた。
前沢はゆっくりと立ち上がると、私に背を向けて部屋を出て行った。
私は涙を浮かべでもして、後ろから抱きつきでもすればよかったのか、そうすれば前沢はもう一度こちらを振り向いてくれただろうか。そんなことは私にはできそうになかったけれど、あの時点では少しだけ可能性のあった別の世界を、私はつい夢想してしまう。