雉の章
そして最後に、キジに出会いました。
「桃子さん、どこへ行くのですか?」
「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ」
「では、お腰に付けたきび団子を1つ下さい。おともさせていただきます」
現れた巫女の名前は葵と言う。葵は雉神社という今では残っていない、雉を祭った神社の神主の息子だった。普通の人間なのだが、普通ではないところがあった。桃子は男に生まれるべきだったが、葵は女に生まれるべきだった。つまり体は男、心は女で、桃子と同じというか逆のパターンだ。
葵は巫女の姿に憧れがあり、どうしてもその格好をしたがった。幼いうちはそれはそれで可愛らしく、周りも笑っていたが、もう声も変わりだしてからも一向にやめる気配がない。両親や親類は気持ち悪がって諌めたが、本人は全く聞き入れようとはしなかった。結構容姿は整っているので、着せてみればそれなりに様にはなっている。葵はスタイルもよく線が細いからということもあるだろう。でも声は女のそれではないし、少し肩幅が広いように見える。
葵は多くの人から変な奴だと思われていたが、人には好かれたし、一部の人達にはもてた。変な趣味さえ目をつぶれば、頭も性格も良く、かっこよくて凛々(りり)しいからだろうか。
葵は武芸にも秀でていて、弓と薙刀が得意だった。桃子とも親しくしていた。ある時雉神社に参りに来た桃子と知り合った。それからは桃子の道場にも顔を出すようになった。桃子の身体能力は普通ではないので、実戦で葵が桃子に勝つことは難しいだろうが、薙刀の利もあり、道場の試合ではいい勝負だった。
ご存知かもしれないが、基本的に薙刀や槍はリーチが長く、剣より有利と言われている。剣は攻撃できないが、槍や薙刀からは攻撃できる間合いがあり、先を取りやすい。剣が薙刀に対して下手に間合いを詰めようとすると、足を切られてやられる。どうしても後手に回りやすい。
葵は弓の腕もすばらしく、鬼の目を何度か射抜いており、鬼に恐れられると共に、狙われてもいた。自然鬼と戦う時には、弓を構え薙刀を背負って桃子の側にいた。神社には弓術の稽古場があり、こちらは剣術道場ほどではないものの、葵の存在もあって結構人が来ていた。桃子も暇があれば通って葵と弓の稽古をした。桃子にとって強弓など軟弱であり、飛ぶ矢を見切るのも易いことだ。攻撃の間が空く上に、威力も大したことない弓矢を使うぐらいなら、さっさと間合いをつめて切り殺した方が早い。桃子は弓矢など武器と思っていないところがあり、武芸の訓練というよりも葵と遊ぶためのレクリエーションだったのだろう。
桃子の周りの男達は、大概桃子に惚れており、どこか狂っているというか不自然なところがあった。葵は一応男ではあったが、そういうおかしさがなかった。桃子にとってはそれが特別に思えた。
親しくなる程に、桃子は葵の心が女なのを確信するようになった。葵は桃子を男らしいと思っていた。そうして桃子と葵は肉体の性別は逆なまま恋仲となった。葵はもしそれがばれると大変なことになるのがわかっていたので、周囲に悟られないように細心の注意を払っていた。桃子はあまり気にしていなかった。このあたりの認識の違いが原因でよく二人は喧嘩をしていた。もしばれていたら葵は道場の連中に袋叩きにされていたかもしれない。
だが道場の門人達や桃子のファンの男どもは、変態巫女男と桃子がそんなことになっているとは夢にも思っていなかった。葵は周りからは女には興味のないそっち系の人だと思われていたからだ。そういう人は結構いたし、そういう男達は大抵あまり桃子には興味を示さない。
桃子は普通の人間で彼女(?)でもある葵を、危険な鬼退治に連れて行くつもりなど毛頭なかった。だが葵はいつものように桃子について鬼と戦いたかった。それが葵の誇りでもあったから。自分だけ外されるのは嫌だった。
こうして八房とれん、葵を加えた一行は鬼ヶ島へと向かった。
お気づきのように、「薙」刀と雉がかかってます。