猿の章
そして次にサルに出会いました。
「桃子さん、どこへ行くのですか?」
「鬼ヶ島へ鬼退治に行くんだ」
「それではお腰に付けたきび団子を1つ下さいな。おともしますよ」
桃子の住む里の近くの畑は、よく獣に荒らされた。その荒らしぶりは年々酷くなっていった。柵を作ったり、罠を張ったり、考えられる対策は一通りしていたが、全く効果がなかった。桃子も捨てておけず、八房と一緒に夜の間ずっと見張りをした。それでわかったのは、畑を荒らしているのは山に住むサルの群れだということだった。
翌日桃子は八房も連れてサル退治に山へ出かけた。サルを追っていくと、とんでもないものが現れた。全裸で歯を剥いて石を投げつけてくる少女だ。少女は山の地の利を生かして、桃子も手こずる動きを見せた。桃子はどうにか捕まえて縛り上げた。サルの群れは遠巻きに様子を見ている。桃子は少女をおじいさんとおばあさんの家へ連れ帰った。狂暴な表情を見せさえしなければ、とてもかわいらしい少女だった。寝顔は特にかわいい。
それからが大変だった。少女は言葉も話せず、とにかくサルのようで、噛み付くわ引っかくわ手に負えない。男どもにはてきめんの桃子の神通力も、少女には効かないようで、なかなかなつかなかった。生傷の絶えなかった桃子だったが、ある時はずみで少女がおばあさんに噛み付いてひどいケガをさせた。少女は最初服を着ようとしない上に、ひどく攻撃的なので、全裸で胴に縄を掛けて柱につないでいた。そう簡単に解けないようにしてあったのだが、少女が引っ張った弾みに切れてしまった。そして近くにいたおばあさんに襲い掛かった。
桃子は激怒し、少女を組み伏せた。身動きできないまで固めて、激痛を与えた。剣術道場では古武術の体術も教えており、桃子も結構な腕だった。少女は悲鳴を上げた。桃子はさすがにかわいそうになってきて離したが、それからは桃子には逆らわなくなった。少女は完全にサルの文化になじんでいたのだろう。つまり力がすべてではないが、まあそれがほとんどすべての階級社会だ。少女は桃子をボスと認めた。
それからは比較的スムーズに少女を教育することができた。言葉を教え、服も着せて、人間の常識とマナーを覚えさせた。桃子はれんという名を少女に与えた。おじいさんとおばあさんにもなつくようになったが、やはり桃子を一番に慕った。
れんは山に捨てられてサルに育てられたという数奇な生い立ちの少女だ。サルの母親に育てられて大きくなったが、ある時群れのボスザルに襲われそうになった。もちろんれんにそんな気はなく、体が大きいこともあって、サルのボスを返り討ちにしてしまった。そうすると、ボスザルより強いのだから、自然れんがボスということになる。人の知恵を持つ頭を得たサルの群れは、罠や柵をものともせず、人の畑を荒らし回り、かつてないほど栄えた。そして桃子に捕まり今に至る。
れんは山で暮らしていたせいか、身体能力が普通の少女よりも高く、その身のこなしはまるでニンジャのようだ。れんは人の社会に入ってからもサルを使うことができた。何匹かのサルはれんと特に仲がよく、食べ物と引き換えにれんの用事をこなしてくれる。サルはさすがに木登りなどに関しては、身が軽いこともあり、れんよりも得意だった。高いところの用事はお手のものだ。れんはサルに物を届けさせたり、見張りをさせることもできた。芸をさせることなど朝飯前で、サル使いのおれんと呼ばれるようになる。
れんは桃子の妹のようなものだ。桃子が危険な鬼退治にれんを連れて行きたい訳がない。だかれんにしてみれば心は八房と同じ。桃子の一大事に置いていかれる方が嫌だった。桃子も説得はしたが、結局れんはついて来ることになった。
更に進むと、街道に巫女の姿が現れた。それほど人通りもないところなので、普通の人が見たら妖怪変化かと思ってぎょっとするかもしれない。声さえ出さなければ美人に見える巫女は言った。
「桃様、私もお供致します」
れんは映画化された某有名小説の登場人物の名前です。私も忘れてたぐらいマニアックなネタです。