いつつ。
長い長い、静かな沈黙だった。
ただ雨の音だけが聞こえる中で、時間は流れていく。
車も通らない、人も通らない。まるで他に何も無くなったようだった。
直視できなくて下を向く。
「えっと……有り難う。」
沈黙がやぶられたのにほっとして頭を上げると、そこにははにかんだように笑っていた彼の顔があって。つられて私も笑みがこぼれた。
それでも無情な雨は次第に強くなっていく。
無地の着物は不揃いな水玉模様になった。
「……じゃあ、それだけなので、私はお店に戻りますね……」
強くなる雨が私を急かしているような気がして、もやもやしたものが喉に詰まったまま声を出す。
そんなどうしようもない気持ちの行き場に困った私は、また、下を向いた。
すっとうなじを撫でた冷たい風が、灰色の雨雲をも運んでくる。
夕立のように大粒の雫が肩を叩き、顔を伝う。
そして、湿気で広がるくせっ毛の髪を濡らしていった。
「わぁっ、雨……!」
第一に守らなきゃいけないのは髪だった。必死の思いで頭を抑える。
するときょろきょろしていた彼が、「こっち!」と一声、私の手を引いたのだった。
掴まれた手首は、そう強い力で握られているわけでもないのに凄く熱い。
まるで身体中の血液を右手首に総動員しているかのようだ。
ぎこちない動きでたどり着いたのはもう使われていないだろうと思われる、さびれたバス停。
かろうじて二人入れる程度のちいさな屋根があった。
「大丈夫?入れる?」
「大、丈夫、です…」
肩が僅かに触れ合うくらいの距離が落ち着かない。
こうして並ぶと彼の背は私と比べて随分と高かった。隣から見上げる整った横顔。
「……っ!」
タイミングの悪いことにちょうどこっちを向いた彼と目が合ってしまった。
びくんと肩が揺れる。
「……なんか、いい匂いしません?」
「……………………………え?」
突然かけられた言葉に反応が遅れたが、いい匂いというのは首から下げた香り袋のことだろうか。
雨の湿気のせいでいちだんと香りが強い。彼から香ってくるのはインクと紙の匂いだ。
勤勉なのか。読書家なのか。
「これは…香り袋なんです。」
そう言って、着物の中から手のひらに収まる小さな袋を取り出す。
「前に、ある人から貰って。それからずっとこうして首から下げて持ってるんです。私にとってはお守りみたいなもので…」
「柚子の…香りだね。」
まるで雨など降っていないかのように、夕立のなかへ彼は歩き出す。
空から落ちる一粒一粒が彼の髪に、顔に、腕に、きらきらと輝いた。
「柚子ってさ。
すっきりした明るい香りで、すごく元気そうだよね。
それに、一切の汚れのない真っ白な純粋、純情な花。」
「──────それって、まるで、君。」
「これを贈ってくれたその人も、そう想ってくれたんじゃないかな。」
そういってくるりと振り返った彼の表情を、見ることはできなかったけれど。
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