よっつ。
「………?」
とっさに飛び出したはいいものの、あの人が左右どっちに行ったかも分からない。
それに、後ろ姿だけで果たして判別出来るのかも……
「あら元気ねぇ」と通りかかったお婆さんに声をかけられたのでぎこちなく笑顔を返す。
「ぎゃんっ!?」
自分でもよくわからないままに力強く踏み出した最初の一歩は、お蕎麦屋さんの足を踏んでしまった。
もう運の尽きだね。
あー、しかも裸足。下駄のあとがくっきりついちゃった。
おそるおそる顔を見ればそれは怒りで真っ赤に染まっていたので、一瞬で方向を変え走る。
全力でさようなら。
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200丈(600m)程走ったあたりで、ふと右足に刺すような痛みを感じた。
よく見てみると、慣れない下駄で走ったせいか靴擦れをしている。
「いったたた……」
左足も靴擦れしかけているようだ。手入れをする暇がなくてカサカサになった手でさする。
ポツリ、と足の甲に水滴が垂れた。
涙かなと思ってもみたけれど、まあそんなわけもなくこの雫は空から降ってきたもの。
雨、降り出しちゃったか…
さっきから踏んだり蹴ったり、本当ついてない。
このままここにいてはダメだと走り出した。
「どうしよう、このノートは濡らしちゃダメだよね。うぅ…………ん…」
やむを得ない、とか言って馬鹿な私はこれが他人のものだということも忘れノートを懐に入れた。
ひんやりした紙の感触が直に肌にくる。
雨の匂いがする…。そんなことを考えて顔を上げるとちょうど向かいの道をあのお客さんが走っていたところだった。
ぱしんと頬と叩いてやる気を出し、全力で走る。
───早く止んでよ…っ……こんな雨……
「あのっ………!」
やっと追いついた背中に、ぜえぜえと息を切らして声をかける。
さっき降り始めた雨のおかげで汗が目立たなくなっていた……らいいな。
「あ、はい?」
きょとんとした顔で彼は振り返る。
──────なぜかこんな雨の中頬が緩んでいた。
そして私が抱えているノートを見ると、心なしか焦ったように「あの、それは……」と言った。
「お客様が座っていたところらへんに、落ちてました。」
私はそう言ってノートを差し出す。
できるだけ、雨に濡れないように。
「有難う、ございます。」
彼はぺこりとお辞儀をし、何か口を開きかけたのだがそれより先に私の口が勝手に言葉を紡いでいた。
「響、さんっ……って、名前……なんですね。」
「えっ、あ、」
彼は少し驚いたようにしたあと、ノートに書かれた自分の名前を見て、
「響ですけど……」
どこか恥ずかしそうに頬を掻きながらそう言った。
ポツリポツリと降り出した雨が、悪戯に互いの顔を隠していたのだった。
共同執筆やってます。
花より君に。
雨より君に。