下山、そして村へ
下山。それは男の中の男の物語。山は俺が下るためにあるんだ。てめぇら踏みしめられる覚悟をしておけ。そう言ってひたすら山を登り、山を下る男がいる。その名はアキト。
「あー暇だわ」
という冗談経て俺は只今絶賛下山中でありますよ。山を降りるだけだから簡単だろ? とか思ってる奴は分かってない。ここは何たって魔の山だ。当然魔物が出て来るわけでそいつらを倒すの俺で……という状況なのだ。今までだけで三十の魔物に出くわした。全部眠らせたけどね。ん? 殺したの間違いではないぞ。文字通り眠らせたんだ。そう独り言を頭の中で巡らしているうちにほらまた目の前に魔物がやってきた。
「スリープミスト」
俺の言葉を合図に目の前の敵は眠りにつく。とても愉快な魔法。たまたま眠りたいと思いながら魔力を出したら目の前の魔物が急に眠りだしたのがきっかけだ。魔力消費が激しい魔法なのだが俺の魔力回復量が半端ないみたいで割りと連発できる。全くもって便利な魔法だ。
「つうかいつになったら着くんだ?」
そう問題はそこなのだ。かれこれ三日程下に向けて歩いているのにたどり着く素振りすらないのだ。町は目の前に見えているのに。何らかの幻術が掛かっている可能性もあるけども、俺がそんなこと分かるわけもなく途方にくれているのだ。誰か助けてくれないかなぁなんて思ってみても当然誰も助けてくれないのだ。ちょっと悲しい。そうやって考えながら適当に歩いていると目の前が急に明るくなって俺は光に包まれた。そして意識を失った。
目が覚めると山にいた。先程いた場所は全然違う場所だ。雰囲気がちがうのだ。魔の山ではじめっとした感じの空気だったのだが今いる場所は澄んだ空気をしていて魔物の気配がしない。魔物の気配に関しては完全な山勘なのだが。とにかく山から抜け出せそうだったので降りよう。
歩いてるうちにようやく山を降りられた。あの魔の山はどこか別の空間にあったのだろうか。もしかして地獄の……ああ、考えないようにしておこう。こうして山を降りれたのだから問題ない。さて、さっそく村らしきところまで向かいたいのだが村はどこにあるのやら。俺は気が赴くままに適当に歩き続けた。
で、終わるはずもなく道に迷いまくりついには山賊に出くわす始末。人数は四人だが目の前の盗賊はボロい服装に錆び付いた剣や斧をこちらにちらつかせながら迫ってくる。俺はびびる前にため息しかでない。だってそれは……。
「身ぐるみ剥がせてもらうぜ小僧」
奥でどっしり構えてるボスっぽい奴は視線で殺せそうな勢いでこちらを見ながらそう言った。そこで俺はあいつ以外を見て思った。そう視線が違うのだ。手下どもは欲望で目が濁っているがボスっぽい奴は違った。俺は戦いの素人でも分かる。人を殺したことがある目だ。それもここではない。戦場で、だ。俺はただの山賊の中にそんな奴が混ざっていることを疑問に思った。だが、今はそんなことはどうでもいい。こいつらを片付けてからゆっくり話してもらえばいいんだ。
俺が結論を決めていざ行動に移そうとした瞬間山賊どもは襲いかかってきた。俺は半歩下がり攻撃をかわすと同時に鳩尾に一発入れ気絶させ、残りの二人をナイフで動脈を斬り殺す。ボスっぽい奴は目を見開いて棒立ちしたままだ。俺は油断なく、構えボスっぽい奴に聞く。
「何だってこんな奴とつるんでるんだ?」
「……人質だ」
ボスっぽい奴はそれだけを言った。なるほど、人質を取られてるから逆らえないわけだ。まぁ俺には関係ないんだが俺も元日本人なわけで良心がほんの少しは残ってる。
「何人だ?」
「……一人、妹だ」
「どこにいる?」
「……山賊どもの塒だ。奴らは俺を飼い殺しにするためだけに妹を拐った」
男から怒りが溢れでていた。俺はそれをただただ見ていた。俺にはその気持ちは分からない。経験した者のみが味わう痛みには同情すらできない。それが俺の心だ。だが、助けてやることはできる。力が俺にはあるから。
「分かった行こう。俺の魔法を使えば楽勝だ」
「待て、物騒な魔法はお断りだぞ」
「そんな魔法使うわけないだろ。人質にも残念ながら山賊にも優しい優しい魔法だよ。どうする?」
「……一枚噛もう。妹には変えられん」
「そうこなくっちゃな」
俺と男はなんとなく拳を合わせた。
男に連れられてようやく山賊の塒までやってきた。ここまで来るのに見張りの山賊二人を殺ってしまった。罪悪感などはない。この世界の常識であるのならば従うのみ。郷に入らば郷に従えってね。俺は男にそこで待っているように言い、塒の前に立つ。みなさん、お待ちかね永久の眠りの時間だ。
「スリープクラウド、ウインド」
俺の今回の作戦は単純。相手を眠らせてから目標をかっさらう。てっとり早くていい作戦だ。そこで役に立つのはスリープクラウドだ。この魔法は相手眠らせるスリープミストの強化版だ。対人は効果があるかは分からないがそこはかけるしかない。そしてウインド。これは扇風機をイメージして作った即席の魔法。風を送るだけの魔法だ。これを合わせれば洞窟のなかにスリープクラウドを行き渡らせることができる。まるで雲のようにすいすいっとね。まぁスリープミストもスリープクラウドも透明だから分からないけどね。
「さぁ行こうぜ。そういや名前来ていなかった」
「カイだ。何をしたんだ?」
「魔法で眠らせたのさ」
俺とカイは奥に進む。途中で山賊どもがしっかり眠っているのを確認しながらカイの妹のいる場所まで着いた。スリープクラウドへの対策は万全。自分でくらってたら間抜けにもほどがあるからね。俺とカイの周りには風が渦巻いている。適当にやったらできた。自分の才能に恐怖する。恐怖なんてしないけどね。どっちやねん。
さっそく扉をあける。ご丁寧なことにここだけ扉が付いている。マジで意味が分からん。中にはすやすやと眠る可愛い女の子がいた。うん、可愛い。
「マイ、マイ」
「う、うーん。お兄ちゃん?」
「マイ無事か?」
「大丈夫だよ、マイは強い子だから」
まぁ無事でよかったよ。俺たちは急いで塒を出る。途中で起きましたはめんどくさいからね。塒からですぐに俺は洞窟の入り口に細工をする。
「ファイアウォール」
文字通り火の壁を作った。これで運が良ければ死ぬだろう。その次に俺は入り口に穴をあける。
「アースディグ」
穴を掘り、入り口から出れないようにしてやった。火を消しても餓死するしかない運命になったわけだ。ざまぁ。
「行こう。これで奴らは餓死するしかなくなった」
「済まない、助かった」
「いいってことよ。その代わりと言っちゃなんだけど、近くの村まで案内してくれないか?」
「お安いご用だ」
そしてカイと共に村へと向かうことになった。相変わらず口数が少ない奴だ。妹の方はお喋りだというのに。俺はそんな兄妹に呆れつつ、人が住む場所への期待を胸に後ろに続いた。