美術館
ブックマークが増えていました!!
有り難う御座います! 有り難う御座います!
読んでくれる皆様がいる限り更新頑張って参ります!
本日も投稿時間が遅くなり申し訳ありません。
相変わらずの鈍行列車ですが、投稿間隔だけは何とか維持していきたいと考えています。
痛みで昏倒した俺は、痛みで意識を取り戻した。
覚醒して最初にしたことは、腹の確認だった。
よかった、破れてなかった。
肉を裂かれる激痛も、血を失う寒気も、零れ落ちる内臓の熱さも、味わうのは一度で十分だ。
いや、本当なら一度だって経験したくはないが。
エリザは、いない。
少なくとも知覚できる範囲には、って意味だが。
正直まだ信じられない、いや、信じたくない気持ちが強い。
これは、夢の続きの一幕ではないのかと。
ひどいセクハラ女ではあったが、あのエリザがこんなことを──子供達を拐って殺すような事をするなんてあり得ないだろうと。
だが……。
あの目、問い詰める俺を見ていたエリザの目は、幾度となく目にしてきた被疑者と同じで、諦めというか開き直りというか、そういった「バレてるんなら仕方ない」といった心情を語っていた。
もし俺の勘違いなら、あんな目はしない筈だ。
勿論、彼女の意思ではなく命令されて仕方なく、という可能性はあるが、そうだとしても俺の思った通りならば、彼女が手を下したことには変わらない。
ともかく、エリザを問い詰めるにしても神父に相談するにしても、動き出さなければ始まらない。
鈍痛でくぐもる腹を擦りながら、俺は状況の把握に努める。
壁にぽつぽつと掛けられた蝋燭の灯りは仄暗く辺りを照らしている。
頭上に空は見えず、時間も分からないが、気絶してからそれほど経ってはいないように思う。
何故って?
まだめちゃくちゃ腹が痛いからだよ。
あのセクハラ女、思いっきり殴りやがって!
右を見て、壁。
左を見て、壁。
上、天井。
目の前、壁……かと思ったが、輪っかのような取っ手が付いているので、閉ざされた門扉であると知ることができた。
何の金属で出来ているのか分からない俺の身長──生前は180超あったが今は160くらいだ、の倍ほどもある二枚扉は、外から閂でも掛けられているのか押しても引いても蹴飛ばしてみてもびくともしない。
蹴飛ばした俺の脚は痛みでビリビリしている。
もしこれが観音開きではなく引き戸だったらコントだが、そういうわけでは無さそうだ。
いや、コントだと縦スライドの方が定番かな?
まあ、こんな重そうな扉を持ち上げられるのは筋肉モリモリマッチョマンの元特殊部隊隊長くらいだろう。
何にしても、ドアは開かない。
開けゴマも効かないし、天岩戸みたいにストリップで開くわけでも無さそうだ。
いや、扉を閉めているのがエリザなら意外と開いたりするかも。
いや、ないない。
となると、進む先は必然的に後ろ──先の見えない螺旋階段を降りていくしかない。
出来るならば降りたくない。
俺がさっきから「ここがどこか」ってのを考えなかったのは、分からなかったからじゃない。
ここがどこだか「識っていた」からだ。
体温を奪う冷たい空気よりも肌を粟立たせる寒気。
鼻腔を満たす黴の匂いよりも濃密に脳を侵す気配。
肉体的なものではなく、精神的に、全身に纏わりつく何か。
ほんの1ヶ月前に、エリザが入って行こうとするのを見掛けた霊廟、俺は今その中にいる。
階段を降りるということは必然的に霊廟を奥深くまで進むということになる。
僅かに開いたドアから漏れる気配だけで悲鳴をあげた。
霊廟内は入り口に過ぎないにも関わらず、全身の皮膚は粟立っているし、拭えない悪寒が全身に纏わりついている。
ここに満ちているのは「呪い」だ。
怨嗟、呪怨、怨念、呪咀。
なんと表現しても良いが、ここを充たしているのはそういった類のものだ。
誰かを、或いは何かを、恨み怨む呪いの情念が霊廟の中を渦巻いている。
入り口でこれなのだから、奥に進めば怖気が嫌増すことは云わずもがなだ。
しかし、ここに居続けてもドアが開く時は俺をここに置き去りにした人間が──エリザが戻ってくる時だ。
その時、どうなる?
殺人者が事実を知った者を生かしておくか?
それこそ、あり得ない。
エリザを信じたいのは俺の願望だ。
殺人者が証人を害するのは、過去の記録に基づく厳然たる事実だ。
どちらを優先するべきかなど、考えるまでもない。
階段を踏みしめる一歩が重々しく感じられるのは、仄暗がりに足をとられないよう慎重になっているだけではないだろう。
嫌だ。
進む足取りは重く、一歩ごとに強くなる不快感に精神はより重くなる。
引き返そう。
足下はただ暗いだけの筈なのに、暗がりは底の無い沼のように全身を呑み込んでいくようだ。
今ならまだ間に合う。
果てしなく感じられた階段は、僅か数メートルを降りただけに過ぎないのだろうが、数千メートルの深海に引きずり込まれたように身体中が圧迫される。
そうだ、エリザに謝ろう。
疑って悪かったと、俺の勘違いだったと。
そうして全て見なかったことにしていれば、昨日までと同じ毎日が──
「うるせえぇぇぇ!!」
頭を壁に叩きつける。
痛え!!
やり過ぎた!
額がぱっくり割れて、ヤバイ、血が止まらなくなってる。
石壁だもの、当たり前だよ。
やり過ぎだ!!
馬鹿か、俺は!
「馬鹿か、俺は……」
そうだ、俺は馬鹿だ。
戻れない。
戻れるわけがない。
戻っても一度抱いた疑念を抱いたまま、今まで通りの日常を過ごすことなんて出来ない。
全部がもう手遅れなんだ。
エリザが本当にクレアや他の子供達を殺したのか、その真実を確かめなければならない。
あやふやなまま、いつ振り下ろされるかもしれない口封じの刃を待つことは出来ない。
何もしないまま中途半端なままでいることだけは出来ない。
エリザが頻繁に霊廟に通っていたことには理由がある筈だ。
エリザが俺を霊廟に連れてきたことにも理由がある筈だ。
もしかしたら、エリザはエリザで子供達を拐った犯人を捜していたのかもしれない。
俺がエリザに疑念を持つことで捜査が妨害されないように、一時的に俺を閉じ込めているだけなのかもしれない。
……無論そんな筈はなかった。
楽観的な考えで怖気を抑え込みながら、仄暗い廟内の地下通路を辿々しく歩いていた俺は思い知った。
人の業が如何なるものか、欲望の為にどこまでも残虐になれる人の浅ましさを。
「……なん、だよ……これ」
進行方向、扉の無い小部屋のひとつ。
幾つもある中で、唯一室内の灯りが通路に漏れている一室。
明かりに惹かれるようにフラフラと吸い寄せられた。
灯りに焦がれた羽虫が、その身を焦がされることなど知っていた筈なのに。
「なんなんだよ、これ」
過去の記憶を呼び起こせ。
嗜虐趣味を持つ者が、児童に歪んだ性愛をみた者が、屍体に異常な執着を抱いた者が。
その歪んだ欲望のままに、如何に無惨な犠牲者を生み出してきたかを。
「何で、こんなことが出来るんだ!!」
絶望すらも生温い、背徳の美術館。
狂った性癖と、歪な欲情と、忌むべき執着に彩られた芸術の展示場。
傷め付けられ、嬲られて、亡骸すら辱しめられた子供達の嘆きが谺する。
そんな地獄の直中に、俺のよく知る赤髪の少女は、その一体として展示されていた。
遅くなりましたが、今回は微グロ注意です。
次回はグロ注意の予定です。