疑惑
ブックマーク、評価ありがとうございます!
また、前回投稿で初めて1日100PV超えをさせていただきました。
この場をお借りして感謝を。
閲覧していただいている皆様、本当にありがとうございます。
これからも更新頑張らせていただきます!
駄文遅筆は相変わらずですが……。
「……お兄、ちゃん?」
奈落のような眼窩から大粒の涙が零れ落ちる。
俺を呼ぶ声が啜り泣きに変わり、咽び泣きに呑まれていく。
落ち着かせようと抱きしめたクレアの身体は冷たく、体温と共に生気までも吸いとられていくようだった。
俺を見て──知っている人間に話しかけられて泣き出すって言うのは、クレアが自分が死んでいると理解している証拠だ。
突然の事故で亡くなった者は自分が死んだことを理解できず、知り合いに会ったときに生前と変わらない反応をする。
自分が死んだと分かっているから、語り掛けてもらえる存在でないと分かっているから、彼女は泣いた。
混乱と悲しみで感情がパンクして、涙が溢れて止まらなくなったのだ。
ましてや彼女は「悪霊」になっている。
未練、苦痛、怨念。
これらが心を穢し、魂は他者を恨み呪う不浄の霊となる。
俺が生前赴いた現場の、被害者達は例外なくクレアと同じ、底の見えない穴のような目をしていた。
どこのどいつが、クレアを!
たった12歳の女の子を、殺しやがった!!
知らず、クレアを抱きしめる腕に力が込もる。
誰がやったか知らないが、絶対に許さねえ!
「落ち着いて、ゆっくりでいい。俺はちゃんとここにいるから。落ち着いたら何があったのか話せるか?」
「お兄ちゃん、本当に見えてるの? ボクのことが分かるの?」
身体を抱き寄せながら、右手で頭をゆっくり撫でると、クレアはまだ信じられないといった顔でこちらを覗き込んで来た。
「ああ、勿論。声もしっかり聞こえてるぞ。匂いはちょっと分からないけどね」
「それって『せくはら』って言うんでしょ?」
おお、笑ってくれた。
少しでも落ち着いてくれたかな?
顔を涙でくしゃくしゃにしながらも、クレアがくすりと笑ってくれて、俺も少しだけ落ち着くことができた。
ん?
今クレアが「セクハラ」って言った?
俺がいくら口にしても変な記号の羅列にしか聞こえなかったのにな。
意味する言葉がなくても言葉の羅列としてだけなら発音はできるのか?
ってかクレアさん、どこでその言葉聞いてたんですか。
なんて馬鹿みたいな自問自答をしているうちに、しゃくりあげる声が小さくなってきていた。
そろそろ話せるようになったかな?
「クレア、覚えている範囲でいい。一体何があったのか教えてくれないか?」
クレアの身体を放して、目線を合わせながらゆっくり問いかける。
もしかしたら何も覚えていないかもしれないが、何かしてやりたい。
そう思って質問すると、落ち着いていたクレアの纏う雰囲気が変わった。
「ここにいちゃダメなの! すぐに逃げて、お兄ちゃん! アイツが──「シロー! 離れなさい!!」
背後からした怒気さえ滲ませる大声に振り向くと、神父が銀色の装飾が施された杖をこちらに向けていた。
「シロー、悪霊の声に耳を貸してはいけません! 悪霊よ、ここはお前のいるべき場所ではない! 直ちにあるべき場所へと還りなさい!
『神よ
救い給え
守り給え
不浄なるものを祓い清め賜え』」
神父の言葉に合わせるように、杖の装飾部分が眩く輝きを放つ。
まさかこれって魔法の詠唱か?
ここにいるのはクレアなんだぞ?!
「何やってるんですか、神父様?! やめてください!」
「シロー、退きなさい! クレアはもう悪霊と化しているのです! このままでは貴方は取り殺されてしまいますよ!」
神父の方へ向かって止めるよう両手を広げると、怒鳴り返してきた。
すると背後に感じる肌寒さが消え失せ、クレアもまた何処かへと消えていた。
神父は一息吐くと杖を下ろした。
先端の光球は消えている。
俺もほっと一息、だがすぐに息を飲んだ。
こちらに歩み寄ってきた神父が、俺の全身をぺたぺた触り始めたではないか。
待ってくれ!
俺にそっちの趣味はない!
まさか俺にエロいことするつもりなのか?
薄い本みたいに?
薄い本みたいに!!
「どうやらどこにも霊障は無いみたいですね。危ないところでした。シロー、貴方は悪霊に取り憑かれるところだったのですよ?」
あ、あー。
そういうことね。
そりゃそうですよね。
っベー、あぶねー。
もうちょっとで正当防衛発動するところだったよ。
そんな展開になっても誰得だもんな。
ないよ、ないからな。
フリとかじゃねーって!
それにしても……。
「取り憑かれる、とは随分な言い方ですね。あれがクレアだって分かっていましたよね? 神父様、彼女を消すつもりだったんですか?」
「……クレアは、彼女はもう私達の知っている彼女ではありません。クレアは特に貴方と親しかったから貴方の元に来たのでしょうが、それは道連れを求めての行為です。悪霊に堕したものを救う唯一の術は浄化してあげることしかないのですよ」
確かに悪霊になってしまっていたが、クレアは泣いていた。
まだ自我も意識も残っていたし、神父もそのことは分かっていた筈だ。
神父なんだから悪霊に敵愾心を持っていてもおかしくはないが、ちょっと様子がおかしい。
カマを掛けてみるか。
「悪霊ってどういうことですか?! どうしてクレアが死ななきゃいけなかったんですか?!」
「……なぜ殺されたのかは、まだ分かっていません。ですからこの事は誰にも言ってはいけませんよ。徒に混乱を起こしかねませんからね」
一瞬の沈黙の後の流暢な口調、目の動き、額に張り付いた汗、唇の乾燥に生唾。
全身で「嘘をついてます」って言ってるな。
それに「何故死ななきゃ」って聞いたのに「殺された」とは、随分と口が軽い。
まさか神父が犯人か?
何のために?
理由は全く見当たらないが、神父が何かを隠しているのは間違いない。
クレアから直接聞ければ話は早かったのに邪魔しやがって。
「そ、そんなにじっと見られては困ってしまいますよ、シロー。まさか、私に気があるのですか?! しかしきっと拒否しても如何わしい本のようなことを……」
「すみません。あまり言いたくないんですが需要を考えろよクソ爺」
頬赤らめてるんじゃねーよ。
老神父受けとか誰得だよ?!
何で俺もこんなこと知ってんだよ!
あのニートのせいだよ、馬鹿野郎!
露骨に落ち込むんじゃねーよ!
需要の方に落ち込んでるのか、クソ爺発言に落ち込んでるのか分かんねーよ!
「……ゴホン! ともかく、私は朝の礼拝が終われば出掛けなければなりません。明日の朝までは帰れないでしょうから、くれぐれも気を付けてください。シスター達にも注意は促しますが、日の無い時間は部屋から出ないようにしてください。貴方の安全のためです、いいですね」
「……分かりました、お気遣いありがとうございます」
言っていることの内容は分かりました。
お気遣いにも感謝しています。
しかし、従うと言った覚えはありません。
っていうのが、本当だけどな。
とはいえ、一先ずは従ったふりをしておいた方がいいだろう。
勿論大人しくしているつもりなんて無い。
神父が犯人かどうかは分からないが、何かを隠していることは間違いない。
きっと犯人に繋がる手掛かりか、証拠を知っているのだろう。
クレアは本当に努力家だった。
クレアは本当に優しかった。
クレアはこの世界での、俺の癒しだったんだ。
そんな彼女の未来を、希望を、夢を……理不尽に奪われた。
絶対に、絶対に許さねえ!
クレアを泣かせたからには、どこの誰だか知らんが覚悟してもらおうか。
「分かってもらえたようで何よりです。それでは本日のお務めを果たしに行きましょうか。先ずは朝食からですね」
神父と連れ立って歩きながら、俺は頭の中でずっと考えていた。
神父の部屋に忍び込む方法を。
疑惑(意味深)
次回は潜入ミッションです。