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死人の沙汰も金次第  作者: 闇★菊
第一章 黒い女編
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其処に在るモノ

前回、「まだまだ話は動かない」と言ったな。

あれは嘘だ。

「よく続くものね?」


「何が? 俺の★@℃%対策がか?」


 うーむ、「セクハラ」はこの世界じゃ上手く言葉にならないみたいだ。

 ドア越しに俺とエリザが押しつ押されつの攻防を繰り広げる。

 今朝も今朝とてやって来やがった。

 しかも今日は窓からだ。

 鳴子が鳴らず油断していたが、そこは俺。

 弄ばれる直前で飛び起き、部屋の外までダッシュした。

 そう、つまり俺は今シャツにパンツで部屋の外、エリザは俺の部屋の中だ。

 HENTAIじゃねえよ、暑くて寝苦しいんだよ!

 そうして少しおかしな状態でドア越しに攻防を繰り広げているわけだ。


「何ですって?! 何言ってんのかさっぱり分からないわよ! 人族語で喋りなさいよ! 人族語喋れないんなら触らせろよ!」


「意味わかんねえよ! 何だよそのトンデモ理論は?!」


 エリザは鼻息も荒く部屋から出てこようとするが、そろそろ時間切れだ。

 襲撃から十分に時間が経ったのを見計らって、俺は終了のホイッスルを鳴らす。


「ほら、そろそろ間に合わなくなるぞ。朝のお祈りの時間だろ? 今日はクレアを送り出す日なんだから遅れられないだろ?」


「チッ、もうそんな時間か。命拾いしたわね。……次は屋根裏かしら」


 不穏な台詞を残してドアから圧力が消え去る。

 今日は時間がないってのに朝から何やってやがるんだ。

 今日ばかりは俺も朝のお祈りに参加する。

 早く準備しないとな。

 一息吐いてドアを開けようとしたとき、やっと気が付いた。

 自分を見ている16の瞳に。


「な、に、してる……の? お兄ちゃん……」


 ドン引きした表情で半裸の俺を見つめる子供達と、泣きそうな声を絞り出すクレアの姿が久々に本気で俺の心をへし折りに来た。

 声でか過ぎた、あのセクハラ女!!


「あー、えーと、その。うるさかったかな、ごめんな?」


 笑って誤魔化そうとしてみたら全員が後退りした。

 どうやら俺がコツコツ積み上げてきた信頼は、脆くも崩れ去ったようだ。

 ……でも仕方ないよね。

 俺、どう見ても変態だから……。

 視線に耐えきれず、逃げるように部屋へ入ると、乾いたドアの音だけが耳に染みた。



───



「クレア、君は本当に優秀な子です。常に勤勉で努力を怠らなかった君だからこそ、神はこのような良き縁を結ばれたのでしょう。これからも新しい御両親の元でも、どうか健やかであらんことを」


 神父がクレアの頭上に手をかざし、祈りの言葉を紡ぐ。


 俺が死んでから半年が経った。

 今日は孤児院の女の子、クレアが養子として引き取られていく日だ。

 朝食前、朝一番に新しい両親が彼女を引き取りにやって来る。

 なんでもクレアの養父母になる人物は、テバイからやや離れた街で手広く商売をしている豪商なのだそうだ。

 彼らには子供がおらず、養子を迎えるべく足繁く孤児院に通っていたようなのだが、午前の授業中にクレアの真面目さや賢さを知り、是非にと養子に迎える運びになったのだという。

 そのため彼らを待たせるわけにもいかず、今日は朝のお祈りの時間に、彼女の新たな生活の健勝を祈ることになったのだ。


 クレアは本当に努力家だ。

 夕食後の自由時間を潰してまで手伝いをして照明油をもらい、寝る時間を削って文字や計算を勉強していた。

 クレアは本当に優しい子だ。

 毎日の忙しい仕事の合間でも、手が空けば他の子達の手伝いをしてあげていた。

 俺も何度手伝ってもらったか分からない。

 クレアの存在はこの世界での癒しだ。

 孤児院の子供達の中で少し浮いているようにも見えた彼女は、訳も分からず別の世界に放り込まれた俺に似ている気がして声を掛けた。

 初めは警戒されていたが次第に心を開いてくれて、今では「兄」と慕ってくれるまでになった。

 俺の感覚としては「妹」ではなく「娘」なんだがね。

 勿論他の子達も可愛い息子や娘に違いないが、クレアはどうしても特別に感じてしまう。

 一番なついてくれたからな。


 そんな彼女の新たな旅立ちは嬉しくあるが、同時に少し寂しくもある。

 娘が嫁に行く日の父親はこんな気持ちになるのか?

 娘を嫁に出す気はないから一生分からないだろうがな。

 てか、分かりようが無くなったな。

 俺もう死んでるもんな……。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 少し鬱に入っていると、クレアが心配そうに声を掛けてきた。


「ああ、大丈夫だよ。それより、朝はごめんな。嫌な思いさせただろ?」


「ううん、ビックリはしたけど、嫌なんかじゃなかったよ?! むしろ……」


 小声で何かゴニョゴニョと言っているが、きっと俺を「いいね!Ь」する言葉を探してくれているのだろう。

 間違えた、フォローだ、似ているが全然違う。

 本当に優しい子だ。

 きっと新しい家庭でも幸せになるだろうが、もしこの子を泣かすようなことがあれば……分かるね?


「クレアの努力を、見てる人はちゃんと見てたんだよ。おめでとう、体には気を付けるんだよ」


「……お兄ちゃん、ありがとう。絶対に手紙書くからね! お兄ちゃんも返してくれなきゃやだよ?」


 ヤバい、泣きそうになってきた。

 いや、ダメだダメだ。

 笑顔で送り出してあげなくちゃな!

 お、エリザがクレアを手招きしてる?

 クレアも嬉しそうに駆け寄っていってるな。

 そういえばクレアはエリザが見付けて保護したって聞いたな。

 エリザから見れば妹が遠くに行っちまう感じなのかね。

 名残は惜しいが、いつまでも感傷に耽っているわけにもいかない。

 クレア、元気でな。



───



 その日の夜、いつものように素振りに精を出していると、エリザが腰に剣を提げ、ランタン片手に歩いていくのを見かけた。

 少しこわばった顔をしているのが気になり、気が付けば後をつけていた。

 教会から少し歩いて、月光を遮る真っ暗な雑木林を小さなランタンの灯りを追って越えた先は、死んでから初めて目にする光景だった。

 月明かりに白く照らされた、一面に広がる墓標の海と、その奥に鎮座する石造りの建造物。


 俺は絶叫していた。


 エリザが建造物の扉に手を掛け、僅かに開けたところで感じた、得体の知れない何か(・・)に俺は耐えることができなかった。

 叫びを聞き付けて、エリザが血相を変えて駆けつけてくる。

 その表情はいつものお気楽なセクハラ女の顔ではなく、まるで被疑者を前にした刑事のそれだった。


「シロー、どうしてここに居るの?」


「あ、あの、あの建物は? 墓、なの、か? なんて、気持ち悪い……」


 そう、気持ち悪い。

 それ以外に表現する言葉が見当たらない。

 あれは呪いだ。

 存在することそのものが呪われている。


「シロー、貴方……見える人(・・・・)だったのね。だったら尚更、直ぐに宿舎に戻りなさい! あれはね、鎮魂の霊廟なのよ。あの中には私は勿論、神父様でも浄化できない悪霊が巣食っているの。貴方みたいな鋭い人が近付いたら、魂を喰われるわよ」


 返事をする余裕もなく、俺は這うように墓に背を向けて走り出していた。

 あんなヤバいもの、事件で千代田に行った時以来だ。

 いや、確実にそれよりもヤバい雰囲気だった。

 あれだけの墓標があるのに、幽霊が一人もいない(・・・・・・・・・)なんて……!

 あの場所には近付かない方が良さそうだな。



 帰り道、宿舎に入る前にふと孤児院の方向に目を向けて、窓の隙間から灯りが漏れていないことに気付いた。

 クレアが居なくなったということを、より強く感じて少し悲しくなった。

 しかし、あの子はあの子で「賢い奴」になるために、きっと今も頑張っているんだ。

 応援してあげないと。


 そういえば、クレアの新しい住所が分からないな。

 手紙どうやって送ろうか?

 まあ、落ち着いたら送ってきてくれるだろうから、その住所に返信すればいいよな。

 さて、今日はもう止めようかと思っていたんだが。

 追加だ、あと500本!

 俺も「兄」として、負けちゃいられないぞ!






 しかし一週間経っても一ヶ月経っても、クレアからの手紙が届くことはなかった……。

少しずつ話が動き始めます。

相変わらずの鈍足更新ですが……。

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