表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死人の沙汰も金次第  作者: 闇★菊
第一章 黒い女編
4/28

日々精進!

 1ヶ月が経った。

 ここでの生活も少し慣れてきた感がある。


 教会の朝は早い。

 日が昇る前、雄鶏が時を告げるより早くエリザが俺の布団を奪う。

 俺は元々朝が強くない。

 寧ろ弱い。

 毎朝嫁に蹴り起こされていた。

 いや、正確には蹴られていた、だ。

 起きなかったからな。

 嫁が亡くなってからは娘に襲撃されるようになった。

 起きられるようになった。

 起きないとセクハラされるからな。

 教会でも起きられるようになった。

 起きないとセクハラされるからな。


 起床後は朝のお祈りが始まる。

 俺はパスだ。

 とてもじゃないが神も悪魔も信じられやしない。

 そこで神父やシスター達が教会で祈りを捧げている間に、食堂裏の大きな水瓶を水で満たすのが俺の仕事だ。

 井戸から食堂裏までは約300メートル、水の減り方にもよるが、桶に汲んだ水を持って最低でも10往復だ。

 死ねる。


 水汲みが終われば残り時間を鍛練に費やす。

 この身体の発育状態はお世辞にも良くない。

 筋トレは筋や腱を痛める危険性が高いので、柔道の形と木剣を使った軽めの素振りに留める。

 逆鬼志朗の「記憶」にある動きを、この身体に「記録」させるようになぞっていく。

 最近では随分とスムーズに身体が動くようになってきた。

 そして雄鶏が朝一番を告げると鍛練を切り上げ、食堂へと向かうのだ。


 食堂に着けばミセス・マープル──下働きのおば……お姉さんだ、を手伝い、朝食の配膳を行う。

 そんな「分かってるわよね?」みたいな笑顔で見ないでくださいよ、やだなー。

 俺があと20歳若かったらほっとかないですよ?

 ほんとですってば。

 今日もスープの具大盛りでお願いしますね。


 配膳が終わると、測ったように子供達が目を擦りながら現れる。

 分かっていると思うが俺の子じゃない。

 教会が運営している孤児院の子供達だ。

 8歳くらいから14歳までの男の子2人と女の子が8人、男女比率がおかしなことになっているが、仕方ない。

 この世界の成人である15歳を迎えると、子供達は孤児院を出て独り立ちしていく。

 それまでに養子として引き取られていく子供達もいるが、やはりというか男の子が圧倒的に多く、女の子は大抵引き取り手がなく、成人を迎えることになるという。

 勉強のできる子は商人なんかから養子に迎えられることもあるらしいがね。

 俺は見た目15歳位なので孤児院ではなく、宿舎に寝泊まりしている。

 はじめは孤児院に居たのだが、少しして宿舎に移してもらった。

 セクハラがひどくてな。


 子供達が食卓に着き行儀よく待っていると、神父とシスターも朝の祈りを終えて食堂にやって来る。

 そして全員が揃うと、食事に感謝の祈りを捧げて「いただきます」だ。

 食事のメニューはほぼ決まっており、パン2切れにクズ野菜と豆のスープ。

 以上だ。

 叩いて振って引っくり返しても増えない。

 パンは固い、とにかく固い。

 そして何故かしょっぱい。

 一方、スープはというとこれまたしょっぱい。

 しょっぱいパンをしょっぱいスープに浸して食べるのだ。

 ……文句は言うまい。

 だが、留置場の官弁の方がきっと旨いだろう。

 今更ながら、日本ってすごい国だったんだな……。


 食事を終えれば、神父やシスターは朝の礼拝に、子供達は仕事に取り掛かる。

 女の子は洗い物、男の子は掃除、俺の仕事は子供達の指揮官だ。


「カシス、エレン、クレア、エマ、メイア、ジュディは食器洗いが終われば俺が回収してくるシーツの洗濯。ジョシュとヨハンは各部屋のシーツをはがして、俺がシーツを配るから張り直してくれ。それじゃあ行動開始!」


 女の子が二人少ないって?

 シャルとミーガンはシスター候補だから朝の礼拝に参加してるんだ。


 元気に返事をしながらそれぞれの仕事に駆けていく子供達を、微笑ましく見守る余裕は俺には無い。

 俺の仕事は運び屋だ。

 納屋からシーツを運んできて各部屋に配り、各部屋から回収したシーツを洗い場に持っていく。


「ん? クレア、どうしたんだ?」


「ボクの分は終わったから手伝いに来たんだ」


 クレアはええ子やで~。

 優しさが五臓六腑に染み渡るわ~。

 男女比率の違いで、俺がシーツを回収する頃には、女の子チームは既に待機している。

 そんなときはよくクレアが手伝いに来てくれるので本当に助かっている。

 内気なのか周りの子達とあまり打ち解けられていないようだったが、話しかけている内に随分となつかれたようだ。


「そうか。ありがとな、クレア」


 クレアと一緒に回収したシーツを抱えて洗い場までやって来ると、女の子チームと一緒にシーツを洗い、洗い上がりからシワを伸ばして干していく。

 シーツを干していると、大抵朝の礼拝の参加者が礼拝堂から出てくる。

 男の子達はそろそろシーツを張り終わっただろう。

 ここから昼食までの時間は勉強の時間だ。

 神父が年期の入った聖書を使って、文字と歴史を教えてくれる。


 授業に使われているのは黒板っぽい石板と白墨だ。

 実に現代社会だね。

 まあそんなわけ無い。

 これは俺と同じ「地球人」が持ち込んだものらしい。

 この世界には「勇者召喚」という、異世界から人間を拉致してくる魔法があるらしく、俺以外にもこの世界に来た「地球人」がいるのだそうだ。

 彼らが地球の文明をいくらか持ち込んでいるので、黒板をはじめとした日用品や調味料、農業技術などはそれなりに発展している。

 なにそのチート。

 それじゃあこの世界より進んだ文明の人間を拉致しまくって、もっと文明を発展させろよって思うよな。

 そう思っていた時期が俺にもありましたが、そうもいかないらしい。

 「勇者」は「魔王」と呼ばれる存在が台頭した時にしか現れないのだそうだ。

 国家規模で秘密裏に拉致してるんじゃ、と思わないでもないが、それにしては色々と中途半端だ。

 テレビはないし、ラジオもないし、車は馬車しか走ってない。

 電気、ガスなど言わずもがなだ。

 特殊な知識を持たない一般人が常識で知っている範囲の知識を供与した程度でしかない。

 つまり、この「勇者召喚」とやらは「魔王」が現れたときにしか使えないと推測される。

 実際、最後に勇者が召喚されたのは300年も昔のことらしく、それ以降は勇者も魔王も現れたことはなく、魔族なんてのもそれ以来確認されていないという。

 ってなことを神父に聞いたら、神の素晴らしさ、教会の偉業をふんだんに盛り込んだ仕様で答えてくれた。

 さあ、共に神を讃えましょう、とか言われてもなぁ。

 俺がこんなことになった元凶かもしれん奴を讃える気にはちょっとなれんですわ。

 笑って誤魔化していたら露骨に残念そうな顔をされた。

 仕事熱心なことだ。


 神父の授業が終われば昼食の時間だ。

 子供達と連れ立って食堂に入ると、ミセス・マープルから食事を受けとる。

 芋だ。

 蒸かし芋を両手に受けとると思い思いに席に着き、感謝の祈りと共に頂く。

 ……文句は言うまい。


 昼食後は、女の子は教会の治療院で手伝いを、男の子は畑の手入れをする。

 さっき話した通り、男手は少ないので、これはかなりの重労働だ。

 畑仕事をしていると、エリザがあのよく磨かれた剣で素振りをしたり、何かの技を鍛練している光景を見かけることがある。

 このときばかりは俺だけでなく、2人の男の子達も作業の手が止まる。

 仕方ないね。

 素振りや身体の動きに合わせて夢の詰まったメロンとスイカが所狭しと暴れ回っているんだ。

 子供達には少々刺激が強すぎる。


 俺の朝の鍛練を見ていたのか、一度手合わせを申し込まれたことがある。

 結果?

 おいおい、俺は元々剣道5段だぜ?

 聞くだけ野暮だろ?

 勝てるわけ無いじゃないですか、やだー。

 俺、襤褸雑巾ですよ。

 あのニート(むすめ)より強いかも……いや、それは無いか。

 だが、いい勝負は出来るかも知れんな。

 なんでもエリザは、元々聖堂騎士団とかいう教会のエリート部隊に所属していた神官騎士だったそうな。

 問題起こして左遷されたらしいが、理由は多分セクハラのせいだな。

 何故そう思うって?

 俺を襤褸雑巾にしたあと、回復魔法かけずに裸にひん剥いてじっくりねっとり治療されたからだよ。

 多分部隊でも新人相手にセクハラしたに違いない。


 畑仕事は大体夕方には終わる。

 そして仕事が終われば、待ちに待った夕食の時間だ。

 パン2切れに豆と野菜のスープ、潰した豆と芋のサラダに謎の林檎っぽい果物だ。

 おお、豪勢だ!

 ……豪勢ってなんだっけ。

 すっかりこの生活に洗脳されてしまったらしい。

 一日の仕事と食事に感謝の祈りを捧げていただきます。

 マープルさんのお陰でバランスはとれているのだが、どうしようもなくボリュームが足りない。

 子供達もきっと足りていないだろうに、一口一口を噛み締めながら食べている。

 いや、違う。

 足りてないのは肉だ。

 これじゃ精進料理じゃねえか。

 ……足りねえ、肉が足りねえよ。

 ギブミー動物性たんぱく質ーーー!!


 とはいえ、孤児院の経営は治療院の収入と教会へのお布施で成り立っているのだ、仕方あるまい。

 やはり、自分で稼げるようになるしかないな。

 いつ、どこの時代でも稼げる奴ってのは大体「強い奴」と「賢い奴」の二種類だ。

 先人達の偉業のせいで、俺程度の地球の知識では一山当てることはほぼ不可能だ。

 くたばりやがれ、過去の勇者。

 俺はセクハラ聖堂騎士に負ける程度の強さでしかないが、「賢い奴」を目指すよりは芽があるだろう。


 夕食後は自由時間だが、電灯などあるわけもなく、蝋燭や照明油も無駄にはできないので出来ることなど限られている。

 神父やシスター達は皆自分の部屋に帰っていくし、子供達は仕事の疲れもあってか既に眠い様子で、欠伸をしている子もちらほら。

 そんな中、クレアは食後にマープルさんを手伝って照明用の油を融通してもらっている。

 いつも寝る前に勉強をしているそうだが、この子まだ12歳だぞ?

 この子は「賢い奴」になるんだろうな。


 俺はといえば、「稼げる奴」、もとい「強い奴」を目指して、宿舎裏で今夜も木剣を素振りする。

 はじめの頃に比べれば随分身体に馴染んで来たとは思うが、まだまだぎこちない。

 1000本振ったところで鍛練を切り上げる。

 あとは部屋に戻って体を拭いて、寝て起きればまた同じ毎日の繰り返しだ。


 おっと、セクハラ対策にドアに鳴子を設置するのを忘れないようにしないとな。

 もうしばらく話は動きません。

 まだまだ生活パートです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ