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死人の沙汰も金次第  作者: 闇★菊
第一章 黒い女編
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決意新たに

相変わらずの鈍足急行です。

 俺は死んだ。


 目が覚めたとき、唐突に理解した。

 俺は忘れていない、腹を裂かれた痛みを、零れ落ちる内臓の喪失感を、夥しい出血に消え行く感覚を、アスファルトと同化していく体温を、死に逝く刹那の後悔を、孤独を、絶望を……。


 あの時、俺は死んだ。

 幾つもの現場で目にしてきた、死体に成り果てていた。

 生きている筈がない、生きていられる理由がない。

 だが、それなら今此処に居る俺は一体何者なんだ?

 神の奇跡か悪魔の悪戯か、運良く、偶然、何かの手違いで生き延びることができたのか?

 それもあり得ない。


 二度目の目覚めの後、あのオネーチャン──エリザという洗礼名(なまえ)らしい、が言っていた。

 年齢は28歳、彼氏絶賛募集中、スリーサイズは上から九十ろ……っと、そっちじゃない。

 オネーチャン曰く、俺は神聖ラウム王国の辺境都市テバイの商業区路上で行き倒れていたらしい。

 ボサボサ頭に粗末な服装、栄養失調気味の細い身体は誰がどう見ても身寄りのない孤児、しかも馬車にでも轢かれたか全身バッキバキだったそうな。

 当然のように放置されていた俺を、偶々買い出しで街に出ていたオネーチャンが見つけて教会まで運んできたんだという。

 死んだもんだと思っていたが、奇声を発して生き返ったもんだから、また気を失っている間に「回復魔法」で治療してくれたんだと。

 事実、一度目に目覚めたときは痛かった全身の痛みが、二度目に目覚めたときには無くなっていた。

 感謝しなさいよ、と(おお)きすぎる胸を張りながら言うものだから目のやり場に困ってしまった。

 まあ、ガッツリ見てましたけれども。

 ご馳走さまでした。


 例の如く、聞いた覚えのない意味の理解(わか)る言葉のオンパレードだった。

 況してやラウム王国だの、テバイだの、意味不明な固有名詞まで飛び出してきた。

 例えばペトロパブロフスク・カムチャツキーと聞いて、それが人名なのか食べ物の名前なのか分かるか、という話だ。

 確か人の名前だったと思う、愛称はきっとペトロさんだな。


 話が逸れたが、ラウム王国はまだいい。

 「王国」なんて付いているんだから国名だって誰でも分かる、俺だって分かる。

 しかし、テバイと聞いて人名なのか都市名なのか、はたまた俺の知らない謎の食べ物なのか、知識を持たずに分かる者は居ないだろうということだ。

 それが俺には分かってしまった。

 テバイと聞けばさっき説明した通り、神聖ラウム王国の辺境に位置する都市であると理解できてしまうのだ。

 一方、テバイの人口は、王国の国王は、といったことは分からない、ということが理解った。


 そこで自分に「自分は何者か」と問い掛けてみれば、名前が無いこと、家が無いこと、家族がいないこと、テバイの貧民街(スラム)で残飯を漁りながら今まで生き延びてきたこと、等が分かった。

 逆鬼家で産まれ育った事も、父母の思い出も、学校の記憶も、この身体の中には記録されていない。

 そう、「記録」されていないのだ。

 その「記憶」は確かに在る、俺が覚えている。

 俺の生前の45年間を、あくまでも常識の範囲内でだが、記憶している。

 だが、それは完全に知識としての話に過ぎず、この身体が経験として記録した事ではないと理解ってしまうのだ。


 つまり、この身体は俺のものではなく、映画のように若返ったわけでもない。

 俺は、「何処かの世界」の「誰かの身体」に取り憑いた、逆鬼志朗の記憶──魂と呼ぶべきか、に過ぎないというわけだ。

 分かる筈のない言葉の意味が理解できるのは、この身体がその言葉を知っていたから。

 特に教育を受けていなくても自分の住んでる国と街の名前くらいは知っているだろうし、周囲の言葉を聞いて他人と話をすれば、自然と会話能力は身に付くだろう。


 この子供の顔が子供の頃の自分と似ているのは偶然なのか、それとも無意識に選びでもしたのか。

 ……ははっ、選ぶって何だよ?

 あの絶望の瞬間に!

 娘を孤独にさせる後悔に哭いた時に!

 俺は死にかけの餓鬼から奪いとる身体を探してたってそういうのかよ!!


「@$▽ь!!」


 あぁ、またやっちまったか。

 「日本語」を意識して喋るとこんな風になっちまうらしい。

 人の言葉に受け答えする分には、相手の言葉を意識してるからか、ちゃんと「この世界」の言葉になるんだがな。


 ……この世界、か。

 分かってるよ、分かってるんだ。

 俺が頭の悪い馬鹿だからって、「回復魔法」だぜ?

 どこのゲームだよ、それ。

 しかし、一度目の目覚めから気絶、二度目の目覚めまでに、そこまで時間がたっているとは思えない。

 分かる範囲であばらに手足の骨折──両手は動いたからヒビ程度か、が完治するまで気絶していれば、俺は今ごろ骨と皮だ。

 いっそ宇宙人に拉致されて謎のオーバーテクノロジーで完治しました、とでも言ってくれる方が信じられるというものだが。

 兎も角、俺の知ってる世界で「回復魔法」なんてのが罷り通るのはカルト宗教家か、病気を拗らせた人間だけだ。

 勿論、そんな連中の「回復魔法」は「しかし、こうかは ないみたいだ」だがな。


 どんな偶然であっても、どんな酷い状態であっても、生き延びる事が出来たと云うのなら神の奇跡と呼んでもいい。

 しかし、自分ですらない何者かに成り変わって生きていると云うのなら──そんな真似が出来る存在は悪魔以外あり得ないだろう。

 どんな悪魔が、どんな話を見たさにこんな舞台を用意したのか知らんが、人の命を何だと思っていやがる!


 死んでしまったものは仕方ない。

 未練はある。

 悔しくもある。

 恨みも哀しさも寂しさも、感じないわけがない。

 娘に対する申し訳なさは未だに心を苛んでいる。

 しかし、人は死ぬ。

 貴賤上下老若男女を問わず、傷病老死は避けられない。

 だが、死後に魂は残るのだ。

 命は尽きて、身体は朽ちて、しかし誰かを思い、想いを残し、未練は断ち切り難く、誰かを護る力となって、或いは呪う恨みとなって、その魂さえも枯れたとき、漸くにして輪廻の渦へと帰るという。

 俺は、想いも魂もこんな謎の世界に連れ去られて、元の世界に何も遺すことが出来なかった。

 娘を、あの子を見守ることはもう出来ない。

 ……誰がやったか知らんが、骨の二、三本は覚悟してもらおうか。


 しかし、こうなった以上は生きなければならない。

 今死んでも、何処の誰かも分からない「何か」に恨みを残して成仏出来ないだろう。

 転生といっていいのか、俺は新しい人生を押し付けられた。

 俺は「この世界」で、生きていくしかない。

 一先ずは、あのオネーチャンを頼ることにするか。


 ってか今にして思えば、あのオネーチャン、見ず知らずの子供に、なんでスリーサイズなんか教えたんだ?

 ペトロパブロフスク・カムチャツキーは人名ではなくロシアの都市です。

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