君がいたからーー保月瀞の場合3……そして……
『瀞が事故にあった』
その言葉でその巻が終わってどうして私が『あ、保月死んだのか』って思ったのかと言うと、単に次巻予告をみたからだった。
泣き崩れる三人娘に、涙を拭う父。黒スーツの麻人様。
そして、何かを覗きこむようにして苦しいような笑顔を浮かべる恭弥様。
「愛してるよ、瀞」
そうそうこの台詞は中央にありましたね。父が言ったものかと思っていたんですが、どういうことですか。あなたの言葉ですか。
とりあえず落ち着いてください。この状況なんですか、なんでそんな苦しいような笑顔で私を見下ろしてるんですか。そもそもですね、なんで私……
押し倒されてるんですかぁぁぁ恭弥様ぁぁぁ!
※※※※
皆様、あれだけ引っ張って死ぬ死ぬ言っていたのに、あっさりと帰還いたしました保月瀞でございます。お久しぶりです。
事故のことを回想すると長くなりそうですので割愛させて頂いて、病院で二日ほど休息を頂きまして本日、マンションの方に戻って参りました。
一応は実家に戻るように言われたのですが、授業ではない時間全てを病院で過ごされた恐ろしいお嬢様がたがいらしましたので辞退させていただきました。なにせ、実家の場所特定されましたからね。
戻り次第、マンションにいなかった分の片付けはする必要ありませんでした。この神がかったキレイさは母がきましたね。他のお手伝いさんが入るとは聞いていましたが、母でしたか。
今日の夕飯まで用意されていました。
久しぶりに恭弥様と一緒にご飯を食べていると「しばらくは無理しないで」とか「僕がやるから座ってて」とかお優しい……のおぉぉぉ!ダメです、自分で恭弥様のお世話できる状態と判断して戻ってきたんです、あなたが座っててくださいぃぃ。
なんてやり取りもございました。
「でも、瀞。本当にしばらくはゆっくりして?明日からしばらく外のご飯にするし、洗濯物もクリーニングに出すし」
「ふふふ、恭弥様は本当に心配性ですね。大丈夫ですよ、この保月瀞、体力には自身があります」
失礼して恭弥様の座ってる長いソファに座って紅茶を一口飲み、ソーサーに戻した。
「もう。こっちは死ぬほど心配したんだけど」
「ふふふ。私は大いなる野望を叶えるまで死ぬわけにはいかないのです。だから死なないですよ」
「またそんなこと言うでしょ。……大いなる野望?」
恭弥様はキョトンと。その顔好きです。無防備で。
なになに?って笑顔で顔が近づいてくるんですけど、近い近い近い!恭弥様の顔が近いですー!
「恭弥様……ちょ、近いですよ」
「え、でも聞きたいから。大いなる野望ってなに?」
「聞きたいですか?」
「聞きたい」
どうしようかなー。と恭弥様の顔を見上げると機嫌よさそうな笑顔。
うん、教えて差し上げよう。そうしたら、もしかしたら流れで心の中の人を教えてくださるかもしれない。
「笑わないでくださいよ?」
「え、笑うようなことなの?いや、場合によっては笑うけど」
「そこは普通、笑わないっていうところじゃないんですか」
「嘘つくのはちょっとねぇ」
笑う気満々じゃないですか。
「もう。まあいいですけど。私は恭弥様が好きになった方と一緒に幸せになれるように恋のキューピットをしてくっつけるという大いなる野望があるのです」
さあ、笑いなさいと恭弥様をみると恭弥様はポカンとしていた。
「さあ恭弥様吐きなさい。あなたのその心のなかにいる片思いのお相手を!しゃべるのです」
「……え。ちょ……かたおも……いや確かにそうなんだけど待って」
「え。両思いなんですか?私の知らないうちになんてことですか!さあ、どなたですか?さあ!」
「ちょっと待って……ねえ、ちょ……」
詰め寄ると焦った恭弥様が私の肩を押さえ、私が手を出して腕を握るとその手が離れ、そしてもみ合いに。
こんなことはよくある話でございまして、最後は私の手を恭弥様が叩いて終わるのが恒例でございます。相手の腕を軽く叩くのはここでストップという、私と恭弥様、麻人様の暗黙のルールだからです。
しかし、一瞬、いつも凪いでる恭弥様の瞳がぎらついた気がして『まずい、やり過ぎた』と手を引っ込めた瞬間でした。
恭弥様が体勢をかえ、そして私の視界がひっくり返りました。
「うわぁ!恭弥様、お怪我は?」
私を仰向けに押し倒した恭弥様に、反射的に声をかけます。私の両方の視界の端に恭弥様の腕が見え、感覚でその手が私の手をソファに縫い止めているのがわかりました。
「……ないよ、というか……今の状況でそれ?」
妙に静かな恭弥様の声。
私も努めて静かな声で返そうと。
「恭弥様がご無事であることが最優先ですから。恭弥様、申し訳ございませんが手を離して起きてくださいませ」
「嫌だって言ったら?」
「私が動くことができません」
「振り払ってごらんよ」
恭弥様がなんか意地悪言ってるー!しかし、笑ってない上に大真面目だー!
何を言ってるんだ何をやってるんだ、そんなに聞き出そうとしたことに腹をたてたのかこの人ぉ!
「恭弥様……あので「どうして」……え?」
「……どうして瀞じゃいけないの?」
「恭弥様?」
「どうして瀞が好きだったらいけないの?」
……ぇ?ええ?えええええええ?
「高校だけの間だろ!?あと少しじゃん……お願い、好きにさせてよ……」
私を上から見下ろすように、辛そうにそう言ってそれからそのまま微笑む恭弥様。
……私が好き?
私?私ィ?
「ずっと好きだったよ。高等部に進学したときに真っ先にマンションを契約したのだって、残りの三年間ずっとそばにいるためだったし、麻人と水戸さんをくっつけたのだって二人の時間を増やすためだった。……お願い、この気持ちに答えなくていいからせめて、『他の誰か』とくっつけることはしないで……大学に行ったらちゃんとするから」
待て待て待て。ちょ、混乱してる。
と、とにかくだ。
「も、申し訳ございませんでした、恭弥様。二度と押し付けるような真似はいたしません」
恭弥様が苦笑を深める。
「愛してるよ、瀞」
あー待てよ待てよ待てよ?
「と、とにかくですね、恭弥様。あの、あの、ソファは嫌です」
一瞬の後、目を丸くした恭弥様。
「え?していいの?」
ん?
※※※※
※※※※
トイレから出たあたしは、急いで奥に進む。
部屋の前で待っていてくれるとは言っていたけど、待たせるのも悪い気がする。髪のセットとちょっといいもので揃えたワンピースが崩れないように気を付けながら小走りで駆け抜ける。
目的の部屋の前まで行くと、友人が二人扉の前で待っていてくれた。
「走らなくてよかったのに」
「いや、早く見たくて」
「ほら、髪が乱れてるわよ」
隣から莉子が髪を直してくれた。
「ほら、いい?あけるよ二人とも」
瀞が笑いながら扉に手をかけ。一気にあける。
そこには真っ白い衣装の愛華がこっちを向いて立っていた。
「愛華、綺麗だ」
瀞がすかさず誉めた。あ、先越されたし。
「本当に綺麗だわ、愛華」
「うん、いいわー。マジで綺麗」
「ありがとう、三人とも」
純白の花嫁衣装に包まれた愛華は、とても幸せそうにはにかむ。
「あのね、本当は瀞さんのときのようなマーメイドドレスにしたかったけど似合わなくって」
「でしょうね。あれは着る人選ぶのよ」
「あ、莉子ひどーい」
しかし、瀞のマーメイドドレスは綺麗だった。今日は黒のロングスカートだがそれも似合う。あれ?しかし今日は留袖でくるって言ってたんだけどなーうふふ。
「でも、今のふわっふわのドレスも可愛いよー。それ、オーダーメイドなんでしょ?」
「ありがとー沙穂。これ終わったらどうするんだろうねー。もう着ないだろうし」
こちらをドレスと同じようなふわっふわな笑顔で答えてくれる。
「それは如月の家に飾るんだよ。私のも相澤の家に飾ってあるからね、写真と一緒に。あれ、着れるまでに産後の身体戻すの大変だったんだからね」
「むしろ、3ヶ月で完全に戻したあんたに尊敬を覚えるわよ」
「もうあのときの苦労は思い出したくない……どうしてドレスを着るだけなのにあれだけ大事にならないといけなかったのか」
「それはね、あんたがせっかく伸ばした髪を式直前で切っちゃったからよ。バカじゃないの」
「莉子……それをどうして旦那様に言っちゃったのか……ウィッグでごまかそうと思ってたのに」
「それは愛華よ愛華。というか、愛華が如月君に教えてそこから相澤君にいったのよ」
「あのヘタレ王子のせいか。どう仕返してやろうか」
ねえ。あたしはなにも語らないでおくことにするね。
ここが漫画の世界だって知ってるけど、あたしたちにとっては現実の世界だから。
「そうだ瀞さん、咲哉君と嶺哉君は?」
咲哉君と嶺哉君は、瀞の子供のことだ。
「あの子達は旦那様が見ててくれているよ」
「わー、あとで会わせてね!」
「そのふたりだけ?」
「え?」
「もう一人はどこにいるか聞いてくれないの?」
「え?え?もうひ……えぇぇ?ど……どこにいるの?」
瀞はにっこり微笑んで自分の下腹部をなでる。
少しの沈黙の後、愛華と莉子の喜びの声が重なった。うふふ。だから留袖が着れなかったのよね。
しばらくあたしたちはその話で盛り上がった。
「さあ、私達も戻りましょう」
「ああ、そうだね。あ、そうだ愛華」
瀞が愛華に近寄って白い封筒を渡す。
「……これは?」
「これは、あのボンクラ王子が愛華にサプライズでスピーチするんだって。それのカンニングペーパー」
「せいぃぃぃぃ!なんてことしてんのっ」
「せ、瀞さん、麻人さん……どうしたんですか」
「白紙の封筒を大事に持ってるよ。ほら、ああいうものはちゃんと自分の言葉で言ってもらわないと」
ねえ。あたし、あなたたちを描くことができて幸せだった。
あなたたちと再び出会えることができてとても幸せだった。
これからも一緒に過ごせるなら……
君がいたからーー
これで君がいたからーーは完結になります。と言っても、短編集のほうはたまに更新しますが。まだ書きたいことがあるんです。
そしてこの場を借りまして、お詫びとお礼を。
本来でしたら、長編にするべきなのを短編で細々とアップしてしまい申し訳ありませんでした。途中で長編に書き換えようと思ったのですが……なんと!ブックマークがついてるではないですか。
本当に嬉しくて、これを消したくなかったんです。
それなのに、追っかけて読んでくださったかた、ブックマークに登録してくださった方、評価をくださったかた、本当にありがとうございました。
また短編集のほうに遊びにいらしてください。
すべての読んで下さった方に
拝
智遊