第6話 始まりの二人の如く
※ラブラブ注意※
他人の恋愛を見ると砂糖を吐いてしまう方・純愛を見ると焼かれて灰になってしまう方は、そっとブラウザを閉じた上で、速やかに病院または教会に行かれることをお勧めします。
リリアさんが僕たちと行動を共にすることが決まった後。話し合いによって、次は近くの人間の街に行ってみることにした。僕と桜お姉ちゃんは言葉が通じないが、ちょっと街を見て回るくらいならリリアさんに通訳してもらえば大丈夫だろう。
昼食後、出発することになった。まずは食材の調達だ。リリアさんに狩りを任せ、僕と桜お姉ちゃんは食べられそうな野草や果物を探す。
「……」
「……あの、桜お姉ちゃん……」
「……」
……気まずい。話し合いが終わって二人きりになってから、彼女はずっとこの調子だった。黙々と、食材を集める。僕とは口も利いてくれない。
何がまずかったんだろう。リリアさんの恋愛歴のなさにつけこむような真似をしたことだろうか? 考えながら歩いていると、
「あ、桜お姉ちゃん。その草は葉がガラス質だから気をつけて」
「……む」
「ああ! 言ってる側から……」
呻いた彼女の指先から、薄く血が滴るのを見て、慌てて手をとる。指をくわえ込んで、傷口を優しく舐めた。僅かに血の味を感じた。
「とりあえず、血は止まりましたね。あとでリリアさんに薬がないか聞いてみましょう」
「いらぬ。かすり傷じゃ」
「駄目ですよ。こんな世界です、どんな雑菌がはいるか分かりません」
「雑菌に殺される神がいるか」
「でも」
「くどい!」
突然の大声に、僕はびくりと身を竦ませた。
桜お姉ちゃんはバツが悪そうに、顔を背けた。
「……すまぬ」
「桜お姉ちゃん。何をそんなに怒ってるんですか?」
思い切って、聞いてみることにした。火に油を注ぐことになるかと思ったが、彼女は何も言わなかった。そのまま僕に背を向けて、歩き出す。
背中を追って、僕も歩く。桜お姉ちゃんの綺麗な黒髪が揺れる。所在なく、視線をさ迷わせた。
そうして、どれくらい歩いただろうか。俯いて歩いていると、次第に目頭が熱くなってきた。鼻がツン、と痛む。いけない、と思ったが、涙が零れ落ちるのを止められなかった。声を押し殺して、泣く。
しゃくり上げる声が僅かに聞こえたのか、桜お姉ちゃんが振り向いて、驚いた表情を見せた。慌てて僕の側に駆け寄ってきて、指先で溢れる涙を拭った。
「ど、どうしたのじゃ、」
「うう……ひくっ、……さ、さくら、お姉ちゃん……ひくっ。ごめんなさい、ごめんなさい……ひくっ、う、う……。ぼ、僕のこと、見捨てないで、下さい……」
桜お姉ちゃんは困ったように眉根を寄せた。
「儂がお前を見捨てるわけないじゃろ」
「で、でも……」
「勘違いするでない」
桜お姉ちゃんは、がしがし、と自分の髪を掻いた。長い黒髪が数本、風に飛ばされる。
「……リリアは」
ぽつり、と呟く。
「有能じゃな」
「……え?」
僕の戸惑いに構わず、続ける。
「戦闘慣れしている。この世界の多くの言語に習熟している。人付き合いも悪くなかろう」
「ちょ、ちょっと……」
「儂よりよほど、役に立つ」
「何を、言ってるんですか!」
腕を取って、抱き寄せた。桜お姉ちゃんは、顔を逸らしてしまった。
「……拗ねてるんですか?」
「……違う」
「じゃあ、嫉妬してる?」
「……違う、と思う」
「桜お姉ちゃん」
よく聞いてください、と前置きして、耳元で囁く。
「僕は桜お姉ちゃんのこと、愛しています」
「そんなことは知っている」
「いいえ。全然理解してないです」
「……理解している」
「じゃあなんで、役に立つだとか立たないだとか、そんなことを言うんですか?」
「愛しているから。役に立ちたいのじゃ。支えになりたいのじゃ。儂の言うことは間違っておるか?」
「気持ちは分かります。けど、役に立つかどうかだけで、決めないで下さい。
僕はきっと何の役にも立たないけれど、それでも人を愛したいんです。リリアさんは強くて、きっと誰の手も借りずに生きて行けるでしょうけれど、それでも愛を欲しがっていたじゃないですか」
「……しかし」
「ねえ。桜お姉ちゃん。貴女が僕の役に立ってないだなんて、そんなこと言わせませんよ。桜お姉ちゃんがいなければ、僕はとうにこの世を去っていたじゃないですか。転生してすぐ死ぬなんて情けなさすぎでしょう? カミサマも苦笑いじゃすまないですよ」
言って、悪戯っぽく笑う。桜お姉ちゃんは暫く黙っていたが、やがてふう、とひとつ息を吐いた。
「……すまぬ。少し、意地になっていたようじゃ。儂もまだ、青い」
「ふふ。いいんですよ」
僕が微笑むと、桜お姉ちゃんは喉の奥でク、と軽く笑った。僕の耳元に唇を寄せて、囁く。
「泣いた子がもう笑っておる」
……今更ながら、さっき感情に任せて泣いたことが恥ずかしくなってきた。顔が少し、熱を帯びる。
前世でとはいえ、三十目前の大人が、情けない。やはり思考が10歳の体に引きずられているようだ。
低く笑う彼女をキッ、と睨むが、微笑ましい生き物を見るような目を向けられてしまった。やはり、かなわない。
抱き合ったまま、沈黙が流れる。一陣の風が、優しく髪を撫でて走り去った。ふと、桜お姉ちゃんが僕を見つめているのに気付く。僕たち二人は吸い寄せられるように唇を近付けて──。
「これ」
……触れる直前、桜お姉ちゃんに額を押さえて止められる。ちっ、今のはいける流れだと思ったのに。
彼女はやれやれと首を振った。
「お前、前に裸よりキスの方がハードルが低いと言っておったな」
「ええ、まあ」
「儂は、逆じゃと思っておる。キスというものはな、心の底から思いあった男女が、自分の全てを相手に委ねるような気持ちでするものじゃ。いわば最上級の愛の表現じゃな。軽々しくするものではない」
むう。そこまで言われてしまっては仕方ない。もっと桜お姉ちゃんに愛して貰えるよう、僕も──。
「じゃから、な」
ちゅっ。
「……えっ……」
今、何が。
訳もわからないまま、体がくるりと半回転する。桜お姉ちゃんと向かい合っていたはずが、気付けば後ろから彼女が覆い被さるような姿勢になっていた。
唇に、微かに触れられた感じが残っている。僕ではない温もりが、淡く舌先から風に浚われていった。
キス、された。
気付くと同時、体中が内側からカッと熱くなった。
「あ、わ、わ、わ、わ、あ」
ぞく、と背中に痺れが走る。
桜お姉ちゃんの言葉が頭の中にリフレインした。
心の底から思いあった男女が。全てを委ねるような気持ちで。最上級の愛。
「あ、う、うあ、」
言葉が出て来ない。頭の芯から痺れる。目尻に涙さえ浮かんできた。
真っ赤になった顔を手で覆いたかったが、両手は後ろから抱き締めるかたちで桜お姉ちゃんに押さえられている。ただ、悶えることしか許されなかった。
「や、ず、るい。ずるい、です」
「……何がずるいんじゃ」
平静な彼女の声が今は憎らしい。
「だって、こ、の姿勢……ぼ、僕の恥ずかしい顔ばっかり、見えて、桜お姉ちゃんの顔は、見えないじゃないです、か!」
「なんじゃ、そんなことか」
彼女は僕の耳元に口を寄せた。
「いいことを教えてやろう。……儂は今、お前と全く同じ顔をしている」
言い終わるや、頬に熱い感触がした。それが真っ赤になった桜お姉ちゃんの頬だと気付いた時には、限界だった。
「あ。う、あ、あ、あ……」
桜お姉ちゃんの腕に抱かれたまま、体を震わせる。やがて、グッタリと彼女にもたれかかった。
「お前、今……」
「……! 桜お姉ちゃんのばか! 変態! サディスト! ロリババア!」
「それは罵っておるのか……?」
「う~!」
……恥ずかしくて死にそうだった。
僕が唸っていると、桜お姉ちゃんが不意に、ん、と軽く声を漏らした。
「……どうしたんですか?」
「今、頭の中で声が──む、技能を獲得した、ようじゃな。技能のレベルも上がったのじゃが……これは……」
例の声か。僕だけじゃなく、他の人にも聞こえるようだ。
「見せてください」
「あ、待──」
桜お姉ちゃんが何故か制止しようとした気がするが、気にせず『調査』を行う。すると、
言葉責め ランク1 Lv3
あなたは言葉によって相手を責めることに長けています。効果は魅力と相手の好感度に依存します。
「……」
「…………」
「………………」
重い。重い沈黙が横たわる。
やがて。
「なんですかこの技能は!? 何ですかこの技能はぁあ!!! 桜お姉ちゃんのばか、ばか、ばか!」
「し、知らんわ! 儂のせいにするでない!」
僕たちの言い争う声が、草原に虚しく響くのだった……。
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