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永遠の桜  作者: ふがし
第1章 生誕編
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第3話 受難

 今回は説明多めです。


 異世界。夢が広がる言葉だ。竜、魔族、妖精、神々、人間とは異なる種族が存在し得る、そんな場所。勿論、この世界の住人にとっては、それらは当たり前のものだろうけれど、地球から来た僕が未知なるものとの出会いに胸を躍らせるのも無理からぬことだろう。だというのに──。


「僕は何故異世界まで来て筋トレをしているのでしょう……」

「無駄口を聞く暇があったら身体を動かさんか。……あまり無理をしてはいかんぞ? 水分はこまめにとるのじゃ。自分で思っている以上に水分は不足するものじゃ。術は切れておらんか? 何か異常があったらお姉ちゃんにすぐ言うんじゃぞ?」


 厳しいんだか甘いんだか。いや間違いなく激甘かつ過保護だと思うけれど。


 僕が最初にやろうとしたのは、何の変哲もない普通の腕立て伏せだった。ただ如何せん、僕の身体は普通ではない。素の筋力1、補正込みでも11という、前世と比べても半分程度の数値。正直、一回やるどころか身体を腕で支えるのさえきつい。


 そこで、今は両膝をついて腕立て伏せモドキをしている。正直鍛えられている感じは全然しないのだけれど。というか、この世界でも筋トレでちゃんと筋力が上がってくれるのだろうか──。そんなことを考えていると、


 『筋力』の経験が一定に達しています。『筋力』が1上昇しました。


 頭の中で声が響く。


「桜お姉ちゃん、筋力が1上がったみたいです」

「おお! 思ったより早いのう。一旦休んで、次は腹筋背筋に挑戦じゃな」

「はい」


 草の上に座り込むと、桜お姉ちゃんが布で汗を拭ってくれた。

 1上昇か。かなり苦労したが、確かに早い。凡人と一流の差が30程度しかないことを考えると早すぎるとさえ言える。やはり数値が高くなるほど上がりにくくなるのだろうか。その理屈でいくと筋力2の僕は成長も早いことになる。……あるいは必要になる負荷が違うのか? 今の僕は桜お姉ちゃんの術による補正のおかげで、筋力1でできる以上のことをこなしている。そのせいという可能性もある。


「情報がもう少しあればいいんですけどね……」

「ふむ。まあしかし、この世界の言語も話せんようではどうにもならんのう」


 そう。僕らは今、日本語で会話している。残念ながら日本語がこの世界の言語に自動的に変換されてくれるということはないようだ。これも年齢を指定した転生のリスクだろうか。


 いずれは人里に出て言葉を学ぶことも考える必要があるだろうが、今はとにかく僕の虚弱体質をどうにかしなければならない。なにしろ術抜きでは何もないところでも死ぬのだ。そういうわけで、こうして筋トレなんかしている。


「体温には気をつけるのじゃぞ。運動後は特にじゃ。汗は体温を下げてくれるが、下げすぎは禁物じゃ」

「……あの、ところで桜お姉ちゃん。汗を拭くのにこんなに身体を密着させる必要があるのでしょうか……?」


 今の僕たちは真正面から抱き合うような格好である。明らかに汗を拭くためのスタイルではない。


「やむをえんのじゃ。

 そもそも術というのはマナを媒介として放つ。従って遠方に術を届かせるにはより多くのマナを収束させねばならぬ。攻撃するときは当然離れて使うしかないが、支援や回復の術ならこうして身体を密着して使ったほうが遥かに楽なのじゃ。よってこの体勢は合理性を追求した結果であって決して他意はないのじゃ。わかったか?」

「はあ……」


 分かったかも何も、前世今世通して魔力1の僕に分かるわけがない。……ただ一つ言える事は、今の理屈に則ったとしても、吐息がかかるぐらいまで密着する必要性はないんじゃないかな、ということだけだった。


「ああそうだ、桜お姉ちゃん。一つお願いがあるんですが」

「ん? 何じゃ?」

「僕の名前を考えてくれませんか?」

「名前?」


 訝しげに秀麗な眉目を寄せて、聞き返す。怪訝そうにしている顔も最高に可愛いよお姉ちゃん。


「前世の名前では駄目なのか?」

「駄目という訳ではないのですが、やはり少し気分を切り替えたいと思いまして」

「ふむ……。名前、名前か……。急に言われてものう……」

「別に急がなくてもいいですよ。それに……桜お姉ちゃんが考えてくれたというだけで、とても嬉しいですから」


 言って、微笑む。桜お姉ちゃんは顔を背けて、全く……、と呟いた。背けた顔は少し赤い。


「なるべくなら僕に相応しい名前にして欲しいですけれどね。そう、世界一可愛らしいこの僕に」

「何を言っとるのじゃお前は」


 ふざけていう僕に桜お姉ちゃんは呆れたように返した。くす、と僕は笑う。桜お姉ちゃんにこうして呆れ顔で諌められるのは最高に幸せだ。年下の容姿と熟年者の理性、ロリババアの本質がそこに表れていると言える。彼女が止めてくれるから、僕もこうして自分の気の向くままに振舞えるのだ。その意味で彼女は僕のブレーキ役と──。


「世界一じゃなくて全宇宙一可愛らしいの間違いじゃろ、全く」


 超真顔で言われた。……。あれ、ブレーキ壊れてね?


 仕切りなおして、筋トレを再開する。腹筋背筋なんてやるのは高校の体育以来だ。桜お姉ちゃんに足を押さえてもらって試みたが、予想通り全然身体が持ち上がらない。なんとか身体を上げようとするが、


「ふ、……にゃ、……ふ……!」

 

 ぷるぷる震えてヘンな声が漏れるだけに終わる。……そんな僕を見て桜お姉ちゃんが可愛らしい生き物を見るような、ほんわかした微笑みを浮かべていたが、やっている側としては微笑ましくもなんともない、必死である。背筋も以下略。

 

 続いてスクワットにも挑戦し、見事に足腰がへろへろになって草原に崩れ落ちることになった。結局、この日はそれ以上の能力値の上昇はなかった。


**********


 運動後に汗を流したいと思うのは自然な成り行きだろう。幸い、近場に小さな湖を発見した。水がひどく澄んでいる。水底が完全に見える湖など初めて見た。


 湖の中央では、巨大な亀のような鰐のような生物が悠々と泳いでいたが、桜お姉ちゃんの姿を見た瞬間、そそくさと向こう岸に泳いで逃げてしまった。


 警戒心の強い生物なんだろう、多分。……決して、桜お姉ちゃんから「どけよ、雑魚が」みたいな威圧感を感じて退散したわけではないと信じたい。


「ふむ。悪くない」

「……いや桜お姉ちゃん。何でごく自然に素っ裸で僕と一緒に水浴びしようとしているんですか?」


 僕の言葉に、彼女は「何言ってんだコイツ?」みたいな視線を寄越した。


「当然じゃろ。お前みたいな子供が水浴びともなれば危険も多い。身体が満足に動かせなければ尚更じゃ。監督者はすぐ側にいるべきじゃろ」

「いやそれは分かるんですが。せめてタオルか何か巻いてくれませんか?」

「今更隠すほどの間柄でもないじゃろ。キスまでせがんでおいて何を言っとるんじゃ」

「……いやキスのほうがハードルが低いかと──」

「ええいごちゃごちゃうるさいわ! てい!」


 叫んで、後ろから僕を抱きかかえたまま湖に飛び込む。


「ひゃっ……! つ、つめた……!」

「はは! 水じゃ水じゃ! 心地よいのう!」


 けらけら笑いながら、足で水をかく。……何で子供の僕よりはしゃいでいるんだこの人は。


「もう! 心臓が止まるかと思いましたよ」

「この程度で止まるような軟弱な心臓ではないじゃろ」


 僕を抱きかかえた姿勢のまま、桜お姉ちゃんは背泳ぎの姿勢をとった。僕からすれば、桜お姉ちゃんを浮きにして仰向けの状態だ。眼前に、異世界の広大な空が広がる。思わず、目を細めて息をついた。


「きれい……」

「うむ」


 それから無言のまま、しばし湖をたゆたう。幾つもの白い雲が静かに流れていった。その隙間を縫うように、巨大な翼竜じみた生物の群れが渡っていく。岸では、先の鰐だか亀だかが大きく口を開けて欠伸をしていた。遥か遠くから「ゴオオオ……」と何らかの生き物が上げる大きな咆哮が聞こえてくる。咆哮の主は、一体どんな姿をしているのだろうか──。


**********


 身体を洗い、服を着るころには、辺りは薄暗くなっていた。


「食事は果実と肉ぐらいしかないが、いいかの?」

「果実はともかく、肉はどうするんですか? 今から狩るんですか?」

「いや。さっき撃墜した」


 ……撃墜? 彼女が顎で指した方を見やる。少し離れたところに、何かが倒れ臥しているのが見えた。近寄ってみると、翼竜のような鳥のような、奇妙な生き物が頭を吹き飛ばされて死んでいた。やだグロい。


「……食えるんですか、これ?」

「『調査』してみたらよいじゃろう」


 調査。技能の一つだ。ちなみに、僕はレベル1だが持っている。



 調査   ランク1 Lv1 

 あなたは対象を調べることで、知りたい情報を得ることが出来ます。



 得られる情報の質と量はレベルに依存するようだ。因みに桜お姉ちゃんに対して用いると、


種族 神霊

年齢 約1300歳


能力

筋力 42

耐久 80

敏捷 101

器用 120

知能 207

魔力 288

信仰 12

意志 119

魅力 122


技能

方術  ランク3 Lv231

料理  ランク1 Lv30


 と、能力と技能などが分かる。但し対象が敵対している場合、抵抗される場合もあるようだ。そして生物以外に用いると──僕は桜お姉ちゃんが撃墜した生物に向かって『調査』をしてみた。


 ?肉 → マヌケリュウモドキの肉

 それはマヌケリュウモドキの肉だ。

 それは食べられる。


 このように、性質が分かる。……しかしマヌケリュウモドキって。アホウドリなみに酷いネーミングだ。乱獲されてるんだろうか。ともあれ、火を炊きながら、食事の準備をする。

 

「ふむ。しかし、『調査』をとっていたのは良い判断じゃった。生物非生物問わず情報を得られるのは大きい」


 微笑んで、いい子いい子、と頭を撫でてくれる。しかし、言えない。言えないよ。『調査』をとった真の目的は、相手の年齢を読み取ってロリババアかどうか判断するためだったなんて──。


**********


 マヌケリュウモドキは鳥っぽい味で、さっぱりして美味しかった。草むらに生えていたイチゴのような実も、小ぶりでやや酸っぱいが悪くはなかった。


 食事を終えるころには、辺りは真っ暗だ。早々に寝る準備をする。『持ち物袋』から『寝袋』を取り出す。一人用なので、桜お姉ちゃんと抱き合うようにして入る。二人とも子供体型だが、流石に二人で入るにはやや狭い。


「異世界、悪くないですね」

「あまり油断しておると足元を掬われるぞ。ただでさえお前は向こう見ずなんじゃ」

「耳が痛いです」


 昼はやや暑いぐらいだったが、夜は存外冷える。桜お姉ちゃんの温もりに身を委ねながら、僕は瞼を閉じた。


 異世界生活も悪くはない。筋トレも、学生時代を思い出して中々楽しかった。


 そう……。今日のトレーニングの内容に思いをはせ、明日確実に訪れるであろう地獄の如き筋肉痛に内心戦々恐々としながらも、僕は刹那の安寧に溺れるのだった──。



 次回は新キャラ出したい

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