第2話 神の怒りの日
ロリババア。僕の魂の恋人、僕の命の灯。下の先が口蓋を三歩下がり、唇が二度滑る。ロ・リ・バ・バ・ア。
……某文豪に聞かれたら絞め殺されそうなことを考えながら、僕は至福の時を過ごしていた。
「……そもそもお前という奴は後先を考えなさすぎなんじゃ! 筋力1耐久1!? 前世の! 運動不足のモヤシじゃったお前ですら! 20はあったんじゃろーが!? 20分の1じゃぞ!? そりゃ自重を支えきれないレベルの虚弱体質にもなるわ!」
耳元でがなりたてるのは、黒髪黒目、一見美少女のロリババア様。口調も言葉の内容もきついが、それは僕を案じているからだということがよく分かる。現に彼女は今、こうして僕を正面から抱きしめて、小さく咳き込む僕の背中を優しく撫でてくれているのだから。……相手からの心配を受けることで愛を実感し、充足を感じてしまう僕は少し歪んでいるのだろうか?
「お前の目的はロリババアを愛でることじゃろ、その前に死んどったら元も子もないわ! ロリババアなんぞこの世界にいくらでもいる、それだからこそこの世界に来たんじゃろ。それをなんじゃ、成功するかどうかも分からん大博打で儂を現出させようとする!? 到底正気と思えんわ!」
「……だって」
僕は少し、拗ねた気持ちで言った。
「桜お姉ちゃんに、少しでも早く会いたかったから……」
「んなッ……」
大口を開けて呆然とした後、彼女は見る見るうちに顔を真っ赤にさせた。その様子をくすり、と笑いながら、一方で僕は自分の思考や口調が子供じみたものになりつつあるのを実感していた。
僕の体は10歳の少年のそれだ。思考と精神が脳の産物でしかない以上、僕の意識は肉体に従属する。僕の身体が作り出す神経伝達物質は僕の心を容易く作り変え、僕はいまや理性ある研究者ではなく一介の少年でしかなくなっていた。ついでに言うと、知能63から40の落差が想定より大きかったのかもしれない。
まあ、そんなことは。羞恥と怒りで顔を真っ赤にしている桜お姉ちゃんの可愛らしさの前では、些事でしかないけれど。
「本当に……本当に……救いがたいバカ者じゃな……! 百歩譲ってそれはよいとして、魅力200は一体なんじゃ!? どー考えても要らんじゃろーが! バカを通り越してイカレておるわ!」
ああお説教はまだ続くんだ、と緩んだ思考をしながら、僕は答えた。
「当然、それは愛されるためです。前世の僕は十人並みの容姿でしたが、今の僕は絶世の美少年でしょう?」
絶世の美少年というのは比喩でもなんでもない。『持ち物袋』に入っていた『鏡』で自分の容姿を確認した。流れるようなさらさらの長髪も、強い輝きを放つ瞳も、桜お姉ちゃんとお揃いの漆黒。肌は抜けるように白いが、頬と唇は熱を孕んだように赤い。線の細い顔立ちはさながら妖精のよう。全体から受ける印象は病弱な深窓の令嬢といったところだろうか。
ちなみに服装は丈の短い、着物に似た衣装だった。これがこの世界の一般的な服装なのか、それとも僕の感性に合わせたものなのかはまだ分からないが。
「さあ、桜お姉ちゃん。存分に愛でてください。んっ……」
目を閉じて唇を突き出す僕の頬を、桜お姉ちゃんはガシィッ! と両手で挟みこんで阻止する。ピキピキ、と桜お姉ちゃんの額に青筋が浮かんだ。
「そ・の・思・考・が! イカレとるっちゅーんじゃ! 儂に愛されたい!? ハッ! 1000年早いわ! そういう台詞はせめて自分の足で立てるようになってから言わんか洟垂れの小僧が! 儂の術に頼らねば生きられんなど情けないと思わんのか! お前という奴は前世からしてだな……!」
なおも続く説教を聞きながら、僕は幸せだった。僕が創り出した彼女は、決して僕の人形ではない。『桜』という存在の概念、背景、それを背負ってここにいる。
どういうリクツなのか今一つよく分からないが、僕の中には今、『桜が存在しなかった前世』と『桜がずっと僕と過ごしていた前世』の記憶が等しく存在している。彼女もまた、自分が『存在しなかった存在』である自覚と、『前世でずっと僕と過ごした』記憶を等しくもっているらしい。『僕とずっと一緒にいた』という設定を持った彼女を創造したことの辻褄合わせのようなものなのだろうか。
彼女は僕の行動の是非を彼女の倫理観に基づいて判断できるし、僕を大事に思っていても、僕を男として愛してくれるかはまた別の話だ。それだからこそ……。
「……たかが風邪ごときで七転八倒するなど、身体を鍛えとらん証拠じゃ。男子たるもの常に……。……? お、おい、どうしたのじゃ、泣いておるのか? ま、まだどこか痛むのか? 早くお姉ちゃんに見せて──」
「……がう、違うんです。嬉しいんです。堪らなく嬉しいから、泣いてるんです……」
しゃくり上げながら、僕は言う。
「やっと会えたから……。ずっと会いたくて、けれど会えないって分かってて、それでも諦められなかった……」
愛しています、桜お姉ちゃん。前世から愛していました。ずっとずっと、愛していました。
僕の告白に、桜お姉ちゃんは困ったように、ふ、と吐息を漏らした。
「本当に……救いがたいバカ者じゃな」
「馬鹿でも、いいです」
「夢ばかり見ていては大人になれんぞ」
「諦めて大人になるくらいなら、ずっと子供のまま夢を見続けていたかった」
それから、彼女は沈黙してしまった。僕も何も言わない。
異世界の風が頬を撫でていった。少し、肺が苦しい。この世界の空気も、地球と同じ組成なのだろうか?益体もないことを考えていると、桜お姉ちゃんが口を開いた。
「……これから、どうするのじゃ?」
「決まっています。この世界のありとあらゆるロリババアを探し出し、愛するのです。ゆくゆくはロリババアハーレムを」
「……お前に尋ねた儂が馬鹿じゃった」
ため息をひとつ、つく。暫く考え込んだ後、彼女はにやり、と……いたいけな少女の姿に似つかわしくない、けれど彼女らしいと思ってしまうような、意地の悪い笑みを浮かべた。
「まずは、特訓じゃな」
EL○NAでプチピアニスト魅力極振りペット多数プレイでPCの戦闘力が全く上がらなかったのはよい思い出