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永遠の桜  作者: ふがし
第1章 生誕編
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第1話 たとえ地獄に落ちたとしても


 カッ、と照りつけるような太陽の熱を感じる。意識を取り戻したとき、僕はすぐさま地面に倒れ臥した。


「かはあッ、あ、はあ、はあ、はあ……!」


 猛烈に咳き込んで、身体をよじる。青臭い草の匂いが突き刺さるように鼻腔を満たした。俯瞰したなら、今の自分はさながら地面を惨めに這いずる虫けらのようだろう、と頭の妙に冷静な部分が思考する。


 覚悟はしていた。筋力1、耐久1という数値がもたらす結果を。最低値ということは即ち、人間が生存できるぎりぎりの数値、いやひょっとしたらそれより下ということだ。前世の僕はお世辞にも運動ができたとはいえない。そんな僕でも20はあった。それがいまや、1。萎えた足は身体を支えるに足りず、紙装甲ということすらおこがましい耐久力ではただの草原すら地獄の熱砂のような感覚を覚える。ことによると免疫力すら低下するのかもしれない。このままでは、1時間ともたずに、僕は死ぬ。その過程にいささかの違いはあるにしても、だ。


 だが僕の90越えの意志は自身の魂が萎えることを許さない。ことは迅速になさなければならない。僕は直ちに技能『創造主の指先』を発動させた。

 

 創造主の指先   ランク3 Lv200 

 あなたは自身の想像力が許す限り、無から有を創造することが出来ます。成功率は意志に依存します。


 カミサマが言っていた、極めてクセが強いスキル。一見便利そうに見えるが、想像力が許す限りということは、裏を返せば想像力が足りなければ何もできないということでもある。考えてみて欲しい。たとえば1円玉を想像したとき、実物を見もせずにそのデザインを、大きさを、質感を、重さを匂いを硬さを、完璧に想像できる人などどれほどいるだろうか?


 無から有を生み出すには、人間の想像力は貧困に過ぎる。結局この能力は実物の粗悪なイミテーションを作る技能にとどまるだろう。それならば他に有用な技能はいくらでもある。


 けれど。僕の魂には1つの影が刻まれている。僕は彼女を想像できる。彼女の香り、声、顔、体型、微笑み、怒り、悲しみ、涙、髪の質感、拗ねたような甘えたような独特の笑み、小さな手の温かみ、抱きしめたとき細やかに震える睫。僕は、彼女を、創造できる。


 絶対の確信を持って、不自由な手を突き出す。ぽつり、ぽつり、と、小さな光の粒が集まり出す。それらは徐々に大きくなり、ぼんやりとした人型を作り、そして……そして……唐突に、霧散した。


 呆然とした表情で、僕はそれを見詰めることしかできなかった。


「失敗……失敗したのか!? そんな……ここまで来ても、ここまでしても、会えないのか……!?」


 魂から振り絞るような叫びは、しかし声にならず、微かな呻き声として風の中に消えた。我知らず、涙が流れた。


 ……いや。いや! ただ1度の失敗がなんだ。僕の思いはその程度のものだったか!? たとえ地獄の煮えたぎる瀝青にこの身を焼かれたとしても、地獄の獄吏の鉤爪に身を裂かれたとしても、僕は僕の思いを捨てられない。必ず。呼び出してみせる。彼女を、この世界へ……!


 意志が130に達しています。特性『不屈』が発揮されます。


 ……不意に、頭の中でそんな声が響いた。特性? 不屈? という疑問が浮かんだが、それよりも驚きが勝った。頭が澄み渡る。痛みも苦しみも引き、世界から一切の光と音が消え去って、自分ひとりだけになったように感じた。


 今なら、やれる。そんな確信が湧き上がって、技能『創造主の指先』を再び発動させた。

 

 想像しろ! 彼女の流れる黒髪の一本一本を、あどけない顔立ちを、全てを透徹するような漆黒の眼差しを。子供らしい高めの体温を、脈打つ心臓の鼓動を、熱を孕んだ吐息を。身体を構成する筋肉を、骨を、皮膚を、内臓を。さらにそれらを構成するタンパク質を、核酸を、糖を、脂質を、金属イオンを。分子同士を繋ぐ結合と相互作用の強さを、原子の振動を!


 集まった光の粒の数は先ほどとは比べものにならない。激流とすら呼べるような光の集合を御しながら、僕はその名前を叫んだ。


「……桜!」


 変化は一瞬だった。人型に集まっていた光が収束したかと思うと、一際眩い閃光を放ち、そして──。


 ふわり、と風が香った。僕の背中に誰かが覆いかぶさる。熱い吐息と強い鼓動が背中を打った。


「……『兵の祝福』」


 囁くような高く澄んだ声と共に、金色の光が僕の身体を覆った。


 『桜』から『兵の祝福』を受けました。

 600秒間『筋力+10』の補正を受けます。

 600秒間『耐久+10』の補正を受けます。


 脳内に響いた声と共に、身体が一気に軽くなる。苦痛が少し、和らいだ。それに何より──魂の奥底から満たされるような、温かな幸福を感じる。


 どれだけ待ち望んだだろうか。その名前を呼ぶ日を、その身体を抱きとめる日を、その声を聞く日を。


「桜お姉ちゃん」


 そう、彼女の名前を呼んだ。背中越しに巻きつけられた腕に、僕の手を重ねる。


「ずっと、会いたかったです。ずっと、愛していました」


 『創造主の指先』によって現出した彼女──僕が前世の全てをかけて愛したロリババア。年経た桜の木が化生し、力を得て神の一柱となった、齢1300歳、けれど外見は着物姿の幼い少女。僕の理想の体現者。


 震えるように告げる僕の言葉に、彼女は少しだけ身じろぎした。彼女は僕の耳元に唇をよせ、そして──。


「このッ! バカモンがッ!!!!!」


 ……予想通り、激怒してそう叫んだ。


 転生した直後に何もないところで死に掛ける虚弱主人公がいてもいい。自由とはそういうことだ。

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