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2・鉄砲塚沙弥さんへ

 日本の中央より北部に位置するこのM県では、桜の開花が遅く、その代わりに4月の下旬まではその美しさを楽しむことができた。

 なので、清潤女子学園の校庭に植えられた桜がまだ花を咲かせているのを、部長用の机の後ろの窓から見下ろして、毎日確認するのが、当時私がこの文芸部に入部してからの日課だった。

 その日も授業が終わってすぐに部室に駆けつけると、鍵を開け、中に入って大きく窓を開ける。

 そのまま春風を浴びながら窓枠に頬杖を付き、目に入るピンク色が日毎に淡くなっていくのが切なくて、ほう、と一人小さく吐息をつく。


 ―――んー、このシチュエーション、何かに使えないかなあ。


 ありがちかもしれないけど、例えば満開の桜の下に、転校していく少女と、彼女を密かに想う女の子がいて……いつかまたこの桜の下で、って再会を誓い合い、別れて。

 それから毎年、約束の桜の下で、女の子は来る日も来る日も、学校帰りに彼女を待ち続けるんだけど、桜の花は彼女の想いを裏切るかの様に、いつも儚く散ってしまう。

 やがて彼女に想いを寄せる別の少女が現れて、女の子の心は揺れ動き……最後にもう一度だけ、その木の下に行ってみる……。それは、転校して行った少女への想いを確認するためなのか、或いは……振り切るためなのか、女の子自身にもまだ分からないんだけどね。

 その年も、もう桜は散り始めていて……花びらの舞う中、その光景に自身の恋心を重ねて涙する女の子。

 その時、心から彼女が待ち望んだ懐かしい人影が、桜色の光景の向こうから現れて、こう言うの―――。


「ちゃーっす!誰かいるかーい?」


 ―――突然割って入った、荒っぽいノックと共にドアを開ける音と、ロマンチックさの欠片もない陽気な声に、私は窓枠についた肘を滑らせ、床に崩れ落ちた……ちょ、ちょっと!折角いい所だったのに台無しじゃない!?

 とはいえ、先輩だったりしたら何も言えないよね……と、振り返った私の目に入ってきたのは。


「……??あのう……ここ文化部棟ですけど……?」


 私がそう聞いてしまったのも仕方がない。入口にいたのは、紺色のジャージに身を包んだ、ショートカットで日焼けした、見るからに活発そうな人物だったからで……てっきり、学園を挟んだ反対側にある運動部棟と間違えてこちらに来てしまったのだとばかり思ったのだ。


「んなの分かってるって。文芸部だろ、ここ?世間じゃ『百合部』とか言われてる……」

「そ、そうですけど……」


 な、何だろう……どう見てもこの人、文芸部とも百合とも縁遠そうだけど……いえ、それ以前に何というか、よく見れば……その……。

 あ!そ、そういえば、文芸部の季刊誌って他の学校の人も貰いに来たりするって聞いた事あるし、この人もそうなのかな……着てるジャージは学校指定のにも見えるけど……そ、それにしても、私も入ったばかりで勝手が分からないんだよね……どうしよう。 

 とりあえず、一応言っておいた方がいいよね……うん。


「?何だよ、人の顔ジロジロ見て?」

「……その……ごめんなさい。あのですね……」


 訝しげな顔をしたその人物に向かい、私はなけなしの勇気を振り絞りつつも、床に目を落として、蚊の鳴くようなか細い声で言った。


「……その……ここ、女子校でもあるんですけど……」


 先にこれだけは言っておきたいんだけど、これはあくまで親切心から出た言葉だった……清潤って男子禁制だって聞いてたし、その事でこの人が面倒な事に巻き込まれたら可哀想かな、って思ったから。性別は違えども、百合好きの同志なんだし。

 ―――しかし、私のその親切心は完全に裏目に出た。


「はああ!?何、あたしが男に見えるっての!?」


 彼―――もとい、彼女は、暢気な顔つきから険しい表情に一変すると、私に向かって怒声を浴びせかけてきた。

 私はと言えば、その迫力にオロオロと狼狽えるばかりで―――正直、人をそこまで怒らせた事って、十五年の人生の中でまず無かったから。


「あ、いえ、その、あの……」

「はっきり言いなって!ってかさあ、あんただって分かってんの?ここ、高等学園だよ?こ・う・と・う」

「はい?」


 その言葉の意味が分からず、傾げた私の頭を、彼女は片手で鷲掴みにすると、身体を少しかがめて顔を寄せ、キツい目付きで正面から睨みつけてきた。

 うう……こ、このままじゃ……で、でも我慢よ、史緒。こ、高校生になる時に誓ったじゃない……私はもう子供じゃないんだから、そう簡単には―――。


「……小学校じゃないって事。分った?おちびちゃん」


 う―――!!

 一番気にしている身長の事を言われて、必死の自制も利かずに目が潤んでくる。だ、駄目だってば!!こ、高校生なんだから、泣き虫は卒業するんだって―――子供じゃ……小学生なんかじゃ……。


「うわぁぁぁん!!」

「う、うわ!!ちょ、ちょっと!!」


 いきなり泣き出した私に驚いて、頭を掴んでいた手を離すと、今度は逆に彼女が狼狽えだした。


「うえぇぇぇん!!しょうがくせいなんかじゃないもん!!ふみおこうこうせいだもん!!」

「な、泣きながら力説すんなって!!ってか尚更ガキみたいだぞ!!」

「らからちがうもん!!ころもららいもん!!うえぇぇぇぇん!!」

「あーもう!めんどくさいなあ!!大体あんたが先にあたしに喧嘩売ってきたんだろ!?とりあえず泣き止め!!」


 さすがに自分でもみっともないと思い、肩を上下させながらも必死に下唇を噛んで嗚咽を堪える。……うう……またやっちゃった……泣き虫は卒業するって決めたのに……。

 バツの悪そうな顔で頭を掻きつつ、目の前の少女は、ポケットから何かを取り出した。


「……ホラ、飴やるよ。これで泣き止め、な?」

「……う……ヒック……また子供扱い……」

「バッカ、違うって。人間、何か食ってりゃ嫌なことや辛いことなんかすぐ忘れちまうってさ、うちの兄貴の口癖。ホラ」


 そう言って、白い歯を見せてニッコリと笑うと、彼女は、今度は優しく私の頭に手を乗せた。

 ―――それが、彼女・佐久間葵と、私・香坂史緒の出会いだった。


*****


 それから一年とちょっと。ずっと一緒に文芸部で活動してきて、いつもなら、私が何をしてあげても、せいぜい「さんきゅ」とか、あるいは居間で寝転がる休日のお父さんのごとく、「ああ」とか、「おう」としか返さなかった葵が、初めて私に向かって「ありがとう」と言ってきた。 

 本来なら、それは何でもない、ただ当たり前の事なんだけど。

 でも、そう言われてしまったら、例え葵の勘違いだとしても、友達として、何とか力になってあげたいって思っちゃうのは、私が甘いのかなあ。普段はあんなに虐げられてるっていうのにね。


「おい、史緒。何ボーっとしてんだよ、迷子になっちまうぞ?……ったく、あんたときたらただでさえ小学生みたいにちっちゃいんだからさあ」

「ぐっ……!!」


 また小学生って言った……初対面の時はあんなに焦って下手に出てきた癖に、未だに彼女は私を事あるごとに子供扱いする……最も、私も葵との付き合いのおかげか、そう言われるのも流石に慣れっこだから、別に泣いたりもしないし、今更どうとも思わないけど。

 文化部棟の屋上でのやり取りの後、頭の整理もつかぬままに葵に連れられ、私は今S市の駅前、寿通り商店街へとやって来ていた。どこに行くのか聞いても、葵はそっぽを向いてはぐらかすばかりで。

 国道沿いにあるショッピングセンターに影響されて、昔と比べたら客足が減った、なんて言われてるけど、夕方という事もあり、そんな噂を否定するかのように、買い物をしている子供連れの主婦やお年寄り、電車から降りたサラリーマンや学生達で商店街は賑わいを見せている。確かに葵の言う通り、ちょっと油断してたらはぐれちゃいそうだ。

 寿通りは、食料店や服飾、雑貨、本屋さんからゲームセンター、果ては整骨院や犬猫病院まで、雑多に軒を並べた、地元では馴染み深い昔ながらの商店街。とはいえ、雑多過ぎて、魚屋さんとお寿司屋さんに挟まれて、観賞用の魚を売ってるアクアショップがあったり、と中々のカオスぶりを見せている。……いっつも思うんだけど、ここって仲良くご近所付き合い出来てるのかな?まあ仲良かったら仲良かったで、魚屋さんにエンゼルフィッシュが並んだり、お寿司屋さんでピラニアの乗ったお寿司を出されそうで嫌だけどもさ……。

 早速油断して脱線しかけ、余所見をしていた私の顔に、急に足を止めた葵の背がぶつかる。い、痛たた……は、鼻が……。た、立ち止まるなら先に言ってよ!


「おい、気を付けろよな、史緒!」

「だ、だって葵が―――あれ、ここって……?」


 文句の一つでも言ってやろうと顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、お肉屋さんと洋食屋さんに挟まれた、一件の建物。店先には、お爺ちゃんが将棋でも指してそうな木製の和風のベンチが置かれ、壁には竹があしらわれている。入口横には風情のある大きな石と、それを囲む様に小さな石が置かれ、間には白い砂利が敷き詰められていた。そして、入口の上には瓦屋根を模したひさしと、木を縦に切った、曲がってるけど木目が綺麗な、大きな看板。

 そこには『甘味処 鼈甲屋(べっこうや)』という文字が彫られていた。


「こ、こんにちはー。あ、あの……すいませーん」


 カラカラと横開きの入口の格子戸を開け、暖簾をくぐると、葵は店内に向かって声を掛けた。……あれ?気のせいか、声のトーンが違うような……それにいつもの葵なら、どこへ行ったって「ちゃーっす」か「ちゅーっす」か「ちょーっす」のどれかだよね……や行促音完全制覇みたいな……。


「は~い。あ、いらっしゃ~い。お二人様……かな?」


 目の前に立った葵が邪魔してよく見えないけど、店の奧の方から朗らかな声が聞こえてきた。途端に、葵の背筋がピン、と伸ばされる。


「は、はい!ふ、二人なんですけど、せ、席、空いてますか?」

「大丈夫よ~。奧が空いてるから、どうぞ~」


 その声に促され、葵が店内に足を踏み入れ……って、み、右手と右足が同時に出てるけど!?

 ギクシャクとロボットダンスでも踊っているかのように、案内されるまま足を運ぶ葵の後ろについて、彼女の行動を不審に思いつつも、私も鼈甲屋の中に入った。この店の前は何度か通った事もあるけど、入るのは初めてだなあ。へえ、こうなってたんだ。

 奥に細長い店内は、二階まで吹き抜けになっていて、天窓からは傾きかけた陽光が中を照らしている。表と同じように竹が張られた漆喰の壁には、和紙のシェードを被せられたランプが幾つかかけられてて、その下に黒い木製のテーブルと椅子が何脚か整然と置かれ、満員では無いものの、何組かのお客さんが入っていた。床もまた黒光りするタイル製だったけど、不思議と暗いイメージはない。

 店内には静かなクラッシックが流れ、奥にあるカウンターの下にはショーケースがついてて、淡いパステルカラーの和菓子が所狭しと並べられている。普通の和菓子屋さんみたいに、お土産に買っていく事も可能らしい。

 うわあ……洒落たお店だなあ。如何にも古風な外観からは想像もつかなかったけど。な、何か気後れしちゃうよね。普段は私、学校帰りなんてせいぜいファーストフードのお店くらいしか行かないし。

 案内されるままに奥の席につき、案内してくれた店員さんがこちらに背を向けてカウンターの中に消えた途端に、葵が小声で私に話しかけてきた。


「史緒、あ、あんたはその……ど、どう思う?」

「どうって……すっごく素敵なお店だよね……わ!メニューも和紙が貼られてるんだ。可愛い!!」

「そ、そういう感想聞いてるんじゃないよ!!あたしが聞きたいのは―――」


 葵が不服そうに何か言いかけた時、私達の前に皿を敷いた小さな湯呑に入ったお茶が置かれた。


「あら?今日はいつも一緒に来る女の子じゃないのね〜」


 見上げると、テーブル脇にはトレイを持った、濃い緑色の着物を来て、その上に肩まである、フリルで縁どられた白い前掛けを付けた店員さんが立っていた。頭にもフリル付きのカチューシャを付けてて……例えるなら、明治時代のウェイトレスさん、って感じ。さっきは葵が邪魔で見えなかったけど、声から察してこの人が案内してくれた人みたい。胸にあるネームプレートには『梅宮』って書いてある。

 見た感じ、年齢は私達より少し上、かな。でもまだ十代っぽい。そばかすがあって、三つ編みにして一本にまとめた黒髪を背に垂らした、アンダーリムの眼鏡を掛けた女の人。何ていうか、凄い美人、って感じじゃないんだけど、色が白くて、清楚な感じの綺麗な人だなあ。


「あ、はい。私はですね、彼女の―――」

「待って!当ててみせるから。う~ん……」


 私の声を制して、梅宮さんはトレイを小脇に抱え、こめかみに指を当てて、分った!とばかりに微笑んで、顔の横で人差し指をピンと立てた。


「ずばり、妹さんね!小学生の!!」


 自信満々なその答えに、私はずっ!!と片方の肩を落とす……。子供扱いには慣れたとはいえ、く……不意打ちだった。ちょっと……この清潤の制服が見えないんですか!?


「あ、違いますよ。こ、こいつ―――彼女は、同じ部活の友達なんです!ね、ねえ?史緒―――ちゃん?」

「ふ、史緒ちゃんんん!!!???」


 思わず椅子から腰を浮かせて、大声を出してしまう……あ、葵が私にちゃん付け!!??

 周囲の視線が一気に私達の方へと向けられたものの、今はそれどころではない……だ、だって『史緒ちゃん』よ!?あの葵が!!

 そ、そうだわ!!沈む船からは鼠が群れをなして逃げ出したり、個体が増えすぎたレミングなんかは集団で身を投げるとか聞いたことある……異常事態に直面すると、動物は不可思議な行動を取るとか……だとしたら、葵が私にちゃん付けするレベルの異常事態というと―――!!


「分かった!!邪神ね、葵!!古代の暗黒神が復活する余兆でしょ、それ!?」

「わ、分かったって……あたしにはあん……あなたの言ってる事が分からない……わよ。史緒……ちゃ、ちゃん。ご、ごめんなさい、この子、たまに変な事を―――」

「じゃ、邪神の復活ですって!?た、大変~!!洗濯物干しっぱなしで来ちゃったのに~―――!!」

「ふ、二人ともちょっと落ち着け……じゃなくて、落ち着いて下さい!!」


 慌てて私の口を手で塞いだものの、私以上にアタフタする梅宮さんに対しては、さすがの葵もツッコミを入れることも出来ないのか、はは……と苦笑いを浮かべるだけ。


「と、兎に角、オーダーが決まったら呼びますから……」

「え?で、でも邪神は~……」

「それはもう忘れて!!そ、それに……その……」


 葵は何故かほっぺたを赤くして、梅宮さんから目を逸した。


「ど、どんな事があっても……その……あたしがあなたを……え、えと……そ、そのですね……ま、守―――」

「じゃあオーダーが決まったら呼んでね~。私はカウンターにいるから~」


 梅宮さんはさっきまでの狼狽振りも何処へやら、ニッコリ笑って手を振ると、またカウンターの向こうへと消えていった。……話を途中で遮られ、今度ズッ!とこけたのは葵の方。う、うーん……変なこと言い出した私が言うのもどうかとは思うんだけど、もしかしてあの人って、さっきの小学生呼ばわりといい、すっごい天然なんじゃ……?

 ん?それにしたって、今葵が言いかけたのって……?

 はああ、と大きく溜息を付いて体勢を整えた葵に向かって、私はヒソヒソと問い掛けてみる。


「ね、ねえ……も、もしかしてなんだけど……あの人が……そ、その……葵のラブレターの……?」

「う……そ、そうだよ……文句あるか?」


 腕組みして、顔を真っ赤にしてむくれる葵。

 い、いや……べ、別に文句は無いんだけどね。な、何て言えばいいのかな。あ、葵の好きになるタイプっていうにはちょっと意外……。何となく、筋骨隆々なムッキムキの肉体派、っていうのを想像してたから……。ロシア出身のレスラーとかさ……ホラ、『俺より強い奴を好きになる』、みたいな。

 それがまさか、あんな華奢な女の人だったなんて……う、ゆ、百合好きの血が騒ぐ。


「……そ、そうかあ……うん、ちょっと変わってるけど、悪い人じゃなさそうだよね。あ、葵はその、あの人のどこがいいって思ったの?」


 私の疑問に、葵はもじもじと照れながらも、嬉しそうに頬を緩ませて―――う、うわぁ……失礼なのは重々承知だけど、こ、恋する乙女みたいな葵って……正直、すっごい違和感が……。この子、普段は乙女っていうより漢女(おとめ)だもんね……。


「ど、どこって……そ、そのさ……よくあたしに新メニューの試食品をくれるとことか……」

「へえ、優しいんだ。それから?」

「あ、後は、その……サービスで、パフェの生クリーム増量してくれたり……」

「あ、ああ、うん……えっと、心配りができる、って事かな……他には?」

「それと……芋羊羹をひと切れオマケしてくれるとことか……も、もう!言わせるなよ、恥ずかしいなあ!!」

「あ、あは……あはは……そ、そっかあ……」


 あ……事の発端はやっぱり葵らしいというか、なんというか……。

 頭に浮かんだ『餌付け』という言葉を必死に追い払う……。ど、どんな理由であれ、恋は恋でしょ、史緒!!お、応援してあげなきゃ駄目!!

 葵は自分の頬を両掌でペチペチと叩き、軽く熱を覚ますように首を振ると、真剣な表情で私を見つめてきた。


「―――で、ど、どうかな?ら、ラブレターの件なんだけど……か、書けそう?」


 あ、そうか!すっかり忘れてたけど、葵はその事で私をここに連れてきたんだ。多分、相手が分からないと書きようがないとでも思ったんだろう。 んー……でもおかしいなあ?


「あのさ、葵。今更だけど、どうして代筆を頼むのが私なの?」


 普段いっつも私の書く作品を「メルヘンぽい」って貶す癖して、何で寄りに寄って私に頼むのか。力になるとは決めたけど、私以外にだって選択肢はあるでしょうに。例えば―――。


「……言っとくけど、果恵は駄目だからな。あいつにこんな事頼んだら、とことんネタにされるに決まってるんだから……」


 果恵―――宮嶋果恵は、私達と同じ清潤女子学園文芸部の二年生だ。去年の春、葵に少し遅れて文芸部に入ってきた、栗色のウェーブがかった髪と、おっとりした口調、いつも微笑んでるかのような優しくて可愛らしい顔つきと、い、言いたくはないけど、私とは正反対の、お、大きな胸がトレードマークの、どことなくお母さん、ってイメージの明るい女の子。

 おそらくは、さっき梅宮さんが口にした「いつもの子と一緒じゃない」というのはその果恵の事だろう。葵と果恵はよく二人で寄り道してるらしいから。果恵は電車通学だし、葵はここからちょっとのとこから自転車で通ってるしね。最も、今その自転車は修理に出してるんだけど。


「ま、まあ果恵なら葵を徹底的にからかいそうではあるけどさ……。あ!じゃ、じゃあ、自分で書くっていうのは?確かに書いた事は無いだろうし、恥ずかしいかもだけど、もらった経験なら散々ある訳でしょ?」


 ラブレター等という物に一切免疫がない私とは違い、沢渡さん曰く、葵は何十通ものラブレターを貰ってきたという実績があるはず!スルーしてたってのは許せない事だけど、だったら、それを参考にすれば―――。

 しかし、私の台詞に対し、葵はキョトンとした表情を浮かべるだけ。


「もらった経験って……何それ?」

「は、はあ?だ、だって噂じゃ……本当に心当たりがないの?」

「いや……中学の頃はそういう事もあったかもしれないけど、清潤に入ってからはもらった事あったっけなあ……?」


 んー、っと葵は唇に人差し指を当て、記憶を探るように天井を見た。あれれ……嘘ついてるようにはとても見えないけど、でも確かに沢渡さんのメモには何人もの女の子の名前が……?

 突然、「あ!!」と大きな声を上げて、葵が顔を両手で覆った。ど、どうしたの?何か身体がガタガタ震えてるけど??


「うわぁ……あんたのせいで物凄く嫌な事思い出しちゃったよ……」

「?嫌な事って?」

「昔の話だけど……清潤に入学してすぐの頃に、一通だけもらった事あったんだ……ラブレター……」


 顔を覆っていた手をどけると、さっきまでの紅潮した頬は何処へやら。葵の顔は血の気を失い、青ざめていた。


「……あたしもついに高校生だ、ってウキウキしながら登校してさあ……下駄箱を開けたら、中には血の色みたいな、真っ赤な、差出人も書いてない封筒が入ってて……」

「い……な、何よそれ……?」


 まるで夏の夜にお寺の境内で百物語を語るが如く、葵は前かがみになり、段々と声のトーンを落としていく。それにつられて、私も思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。う……な、なんか突如として冷え込んできたような……まだそういう話には時期が早いでしょ!?


「で、何だろって深く考えもしないで封を切ったら、中から束になった黒い便箋が出てきて……」

「ひ……そ、それで……?」

「流石に気味が悪くなりつつ、恐る恐るそれを開いたんだけど、そこには封筒と同じような、まるで血で書いたような赤い文字で……『愛してる愛してる愛してる愛してる』って、細かくビッシリ、延々と書き込まれてたんだよ……何枚も……何枚も……」

「ひ、ひい!!あ、葵!も、もう止め……」

「でさ……最後の一枚を、震える指で捲ったら、そこにはただ一言だけが、こう大きく書き殴られてたんだ……。―――『絶対に、逃がさない』―――ってね……」

「い、いやあぁぁっ!!!」


 またまた私達に集まる他のお客さん達の目も気にせず、私は恐怖から仰け反り、思い切り悲鳴を上げてしまった。

 その声を聞きつけ、梅宮さんがカウンターの奥から小走りに駆けてくる。


「あら~?ご注文決まった~?」


 い、今のをどう聞いたらそう思えるんだろう……本当に天然……で、でも今の私達にはこの人のボケが何よりの救いだよね……。

 い、いえまだです、と出来るだけ明るく手を振って彼女にお引き取り願うと、私は葵に向き直った。


「そそそ、それでどうなったの!?」

「止めてとか言ってたのに、結局聞きたいのかよ……それでお終いだよ、それっきり。だから今まで忘れてたんだ。誰かのイタズラだったんだろうけど」


 葵はテーブルから身を起こすと、冷め切ってしまったその身体を温めようとするように、目の前のお茶を口に含んだ。私もカラカラに渇いた喉を潤そうと、お茶を飲む。う……こ、怖かった……。


「ま、嫌な事忘れるには何か食べるに限るってね……注文しようか?」

「あ、ああ、そ、そうね。じゃ、じゃあ私はこの刻み柚子のプリンを―――」


 メニューを開いて言ったわたしの言葉に、うげ、と目の前の葵が嫌そうな声を出す。あ、そっか。葵酸っぱいの大の苦手だもんね。柚子とかレモンとか、私は割と好きなんだけど。

 葵は、とりあえず、と言いながら、わらび餅と栗きんとんと抹茶パフェを指さした。あ、相変わらず食べるなあ……どうしてこの子はこれで太らないんだろう?

 すいません、と声を掛けると、梅宮さんがトレイに何か乗せてやって来た。


「は~い。今度こそご注文決まったかしら~?」

「あ、はい。あの……それって……?」


 トレイの上に目をやって、先ほどの怖い話さながらに震えた声を出す葵。

 彼女に向かって、梅宮さんはこれ以上ないくらいに優しい微笑みを浮かべながら。


「ご新規さん連れてきてくれたサービス~。今日のはね~、梅肉入りの餡を包んだ、お餅なの!巻いてあるのは紫蘇の葉でね~―――」


 再び葵の顔から血の気が引いていくのを、私は憐憫の情を込めた目で、ただ見守ることしか出来なかった。


*****


 翌日の放課後、いつもの清潤女子学園、文化部棟は文芸部部室。私は部長の席につき、ああでもない、こうでもないと頭を捻っていた。葵のラブレターの代筆を引き受けたものの、同じ文章とはいえ、やはり筆が乗らなくて……そ、そりゃあ私は元々が遅筆だけどね!!

 けど、筆が乗らないのはそれだけが理由じゃなくて……どうにも勝手が分からないのだ。ただシンプルに葵の気持ちを代弁すればいいのだと思うんだけど……。


「『苺大福みたいに魅力的な、あなたの柔らかな笑顔に私の胸は高鳴りを隠せなくて、あなたが優しい手で和風パフェやあずきパフェをサービスしてくれるのを想像すると、思わずこの手紙を濡らしてしまいそうな程に、涎が口元から滴っちゃうんです』……だ、駄目だあ……」


 どうしても葵っていうと食べ物、って連想が出てきちゃうんだよね……。うーん……何か参考になる資料でもあればなあ……。インターネットで昨日遅くまでいろいろ調べたりもしたんだけど、どうもしっくり来なくて……。

 溜め息混じりにノートパソコンに打っていた文章を見直してた時、コンコン、とドアをノックする音が響いた。


「こんちはー……あ、香坂部長!昨日はヒドイじゃないすかあ、沢渡一人部室に残して……しかも佐久間先輩と二人でどっか行くなんて!!」


 部室に入ってくるなり、沢渡さんはツンとアヒル口を尖らせて、頬を膨らませたむくれ顔。

 ご、ゴメンね、と言いつつも、私は焦って、沢渡さんを警戒しつつ、手探りでキーボードのデリートキーを探し、あちこち連打して、文章を削除。葵の書く作品って食べ物絡みが多いから……昨日大食いだって喋っちゃったのもあるし。もし何かの拍子に噂好きなこの子に見られた上に、そういうとこから勘繰られて、これが葵のラブレターの代筆なんて気付かれたら、清潤中の人間にバレちゃうもんね……。


「あ、そだ。佐久間先輩のラブレターの話なんすけど―――」

「え!?な、何であなたがそれを―――」


 考えが伝わったかのような絶妙なタイミングの沢渡さんの発言に、私は慌てて聞き返してしまう。な、何で!?も、もしかして、昨日こっそり尾けて来てたとか!?はっ!!そ、それとも、よもやこの子、読心術でも使えるんじゃないでしょうね!?サトリの怪ならぬ、サワタリの怪みたいな―――うーん……どうも昨日の怖い話のせいか、脱線もオカルトじみてるなあ……。

 取り乱した私を、まん丸な目でポカーンと見ている沢渡さん。


「何でって……昨日話したじゃないすか。佐久間先輩宛のラブレターの話」

「あ、そ、そうだっけ……」


 ああ、ビックリした。そっちの話かあ。

 もう怖い話はこりごり、と、ホッと安堵の息を漏らした私を他所に、沢渡さんは部長用の机の前へとくると、口元に手を添え、声を顰めて、ボソボソと、まるで耳打ちするように話し出した。


「……それなんすけどね……実は続報があるんすよ……」

「続報って……あ、そういえば葵、ラブレターなんてもらった事ないって言ってたけど……沢渡さんの調査ミスなんじゃないの?」

「そう……まさにそれなんすよ、香坂部長……なぜ出したラブレターに返事がないのか調べてたら、それがどこに消えてるのか……判明したんす……」


 目を細めて私を凝視する沢渡さん。それに合わせたかのように、窓から見える、つい先程まで澄み切った五月晴れだった空が、一転にわかにかき曇り、部室内が突如として暗くなる。ひ……な、何で無駄に雰囲気が出てきてるの……!?


「……佐久間先輩にラブレターを送った女の子の一人が、返事が来ないのを怪しんで、早朝、先輩の机にこっそり新たにラブレターを入れて、隠れて教室を見張ってたらしいんすけど……」

「うん……そ、それで……?」 

「……まだ誰も来ていなかったけど、机には既に何通か、前日にラブレターが入れられてたみたいなんすけどね。そこに、佐久間先輩じゃない、一人の女生徒が入っていったって……」

「だ、誰なの、それ?」

「髪が掻き乱れたみたいに顔にかかってて、生憎と誰かは分らなかったって事すけど……見張ってた女の子によると、どす黒いオーラみたいのを身に纏った、都市伝説に出てくる妖女みたいだったって……」


 よ、妖女って……。な、何だろう、昨日葵が言ってた、怖いラブレターを思い出したんだけど……も、もしかしてとは思うけど、そ、その子が!?だとしたら、悪戯なんかじゃなくて、未だに葵の事を追いかけて……ひ、ひいぃぃ!!


「で、教室から出てきたその女の手には、見張ってた女の子の書いたラブレターも含め、何通か握られてたらしいんす。その子も怖かったけど、どうしても気になって、その後をこっそり追ったって言うんすけどね」

「う、うん、そ、それからそれから!?」

「……校舎裏に大きな焼却炉があるじゃないすか……そこに着いた女は、その中にラブレターを放り込むと、手にしたマッチで火を付けて―――」

「な、何それ!ひどい!!」


 その怪しい少女に対する恐怖を、心に湧いた怒りが微かに上回った。今まさにラブレターに悪戦苦闘してる私にはよく分かる……想いを込めた手紙を書くっていうのがどれほど大変か……ううん、それだけじゃない。代筆してる私なんかとは違い、そこには、本気の、少女達の心からの愛情が綴られているはずだ。それを葵の目に触れさせないどころか、灰にしてしまうなんて……!!


「流石に自分の書いた手紙を燃やされた訳すから、尾けてた女の子も怒ったんすけど、余りにも異様な雰囲気に飲まれて、取り敢えずその場を離れようとしたって……」

「むー、そりゃそうかあ……でも、そこまで後を尾けた、って勇気ある行動に拍手喝采だよね!私ならとっくに気を失ってるところだもの……最初にその人を目にした段階で!!」

「早!!……と、ともかく、結果的には何とか逃げられたんすけどね。その時、女の子は運悪く足元にあった石ころを蹴飛ばして、音を立てちゃって……そしたら、その女が有り得ないような角度で、グルン!と首だけ後ろに回して、血走った、大きく見開いた目を髪の毛の隙間から覗かせて―――」


 な、何よそれ!!本当に人間!?常世の者とかじゃないの!?

 勿体付けるかのように一旦そこで俯いて、言葉を溜めると、沢渡さんは地の底から響く怨嗟の如き声で―――。


「『そこにいるのは誰だああああああああああああ!!!』」


 同時に、バン!!とノックもなく部室のドアが開かれ、私のみならず、沢渡さんまで驚愕して跳び上がる。


「ひいいいいぃぃぃぃぃっ!!!」

「うひゃあああぁぁぁぁっ!!!」


 絶叫を迸らせる私達を、一人の女の子が、猫みたいな大きな目で不思議そうに見つめていた。


「誰だーっ!て……あたしですケド?おっきな声出してビックリさせないで下さい……つか、何かあったんですか?」

「の、の、の、ノックくらいしなさいよね……鉄砲塚さん……」


 椅子から転げ落ち、ゼエゼエと荒い息を吐きつつ、私は机にしがみつくように身体を起こした。沢渡さんも床に尻餅をついて、恨めしそうに鉄砲塚さんを睨んでいる。

 鉄砲塚さんはツカツカと足早に部長用の机の前へとやって来て、沢渡さんに手を貸して起き上がるのを手伝うと、肩にかけたスポーツバッグを私の目の前に置いた。

 あれ?そういえば、この子いつも通りに見えるけど……もう機嫌は直ったのかな?

 けど、私の予想に反して、鉄砲塚さんは未だフテ腐れているのか、無言でバッグのチャックを開けると、一気に逆さまにする。その中からバサバサッ!!と音を立てて、机の上に広げられたのは……。


「……コレ、昨日話してた、あたし宛に来たラブレターなんですケド」


 え!?こ、これ全部そうなの!?見た感じだと百通くらいありそうだけど……て、鉄砲塚さんってまだ入学してひと月しか経ってないよね!?

 唖然として、色とりどりの封筒の山を見つめる。鉄砲塚さんは自信満々って感じに胸を張り、そんな私を、遊んで欲しい子猫みたいなキラキラした瞳で見下ろしていた。


「どーですかあ、ブチョー?ジッサイ目にしたら、いくらブチョーがドンカンとはいえ、サスガに心の中にフツフツと湧いてくる感情があるっしょ?ね?」


 また鈍感って……失礼な!それにしたって、ふつふつと湧いてくる感情って何よ?……いや、そりゃ確かに驚きはしたけどさ……それ以外でって言うと……うーん……。

 あ、待って!!―――そうだ!!これだけラブレターがあったなら、代筆の参考には丁度いいんじゃないかな!?

 私は一気に立ち上がって、鉄砲塚さんの手を両手で握り締めた。


「うん!感謝の気持ちで一杯だよ!!頼りになるね、鉄砲塚さん!!」

「……か、カンシャ……ですか……?」

「助かったよー!本当にありがとうね!このお礼はきっとするから―――」


 ブンブンと上下に握り締めた手を振って、私は鉄砲塚さんに満面の笑顔を向けた。しかし、対する鉄砲塚さんの目からは、キラキラした光は失われ、その顔には心底落胆したかのような表情が浮かんでいる。

 握り締めらた手を静かに振りほどき、鉄砲塚さんは私達にくるりと背を向けると、さっきまでの自信有り気な態度もどこへやら、トボトボとドアへと歩いていった。


「……ブチョーって……ドンカンどころか……フカンショーなんですね……」


 寂しそうににポツリとそう呟いて、彼女は部屋から出て力なくドアを閉めた。ちょ、ちょっと待ちなさい!!ふ、ふ、不感症ってどういう事よ!?あなたが私の身体の何を知ってるっていうの!?

 鉄砲塚さんが去っていったドアと、そのドアへと手を伸ばした私とを交互に見ながら、沢渡さんは不可解そうに首を傾げる。


「……沙弥っちも相変わらずよく分かんないんすけど……香坂部長もなんでまたラブレターなんか必要なんすか?」

「あ、い、いえ、これはちょっとね、今書いてる作品の参考にしようかと思って―――あ、あはは……!」


 掌を横に振って笑って誤魔化すと、私は早速、鉄砲塚さんの置いていったラブレターを一通手に取る。あれ?まだ封も切ってないじゃない……あ、これもこれも……わ……ぜ、全部手つかずじゃないの……しょうがないなあ。スルーしちゃ駄目って言ったのに。まあそれはまた今度でいいや。じゃあ取りあえず、参考までに拝読させて―――。

 ペーパーナイフなんて洒落た物はないからと、引き出しからハサミを取り出し、いざ封を開けようとした瞬間、私の心に罪悪感が走った。


 ―――私、何やってるんだろう。


 ここにあるのは、全部、鉄砲塚さんに向けられた、女の子達の純粋な想いなんだ。それを、文章の参考に、なんて理由で、私なんかが無遠慮に見てもいい訳がない。

 それじゃあさっき沢渡さんが話してた、焼却炉で手紙を燃やしてたって人と、程度の差はあれ、少女の想いを土足で踏み躙るという意味では、何も変わらないもの。

 以前に、鉄砲塚さんの作品を白峯先輩に読ませた時の事を思い出す。あれもまた、鉄砲塚さんの想いが込められてた物だったから……作品と、ラブレターという差異はあるけどね。今の状況と置き換えたら、鉄砲塚さんが想いを寄せてくれてるのは、私な訳だし……あの時の彼女と同じように、もし私が読んだ、なんて知れたら、手紙を出した少女たちも激しく怒り、悲しみ―――そして傷付くだろう。


 ―――最低だな、私。無神経過ぎる。


 自己嫌悪に陥って、手にした封筒を手紙の山に戻すと、私は机に肘を付いて、両手を組み、そこに額を付けて俯いた。

 そう考えたら、きっと、代筆っていうのも良くない事なんだよね。葵に初めて「ありがとう」って言われたのが何か嬉しくて、安請け合いしてしまったけど……ラブレターっていうのは、どんなに照れくさかったり、稚拙な文章だったとしても、本人が真心を、愛情を込めて書く物だからこそ意味があるんだし。

 なら、友達として私が葵にしてあげるべきは、代筆なんかじゃなくて―――。


「あれ?これがその香坂部長の新作すか?」


 その声に頭を上げると、いつの間にか私の隣に来た沢渡さんが、ノートパソコンのモニターを覗き込んでいる。私も釣られてそこに目をやると、あ、あれ!?け、消した筈の文章が残ってる!?あ、で、デリートキーを押してたつもりだったのに、どっか違うとこ押してた!?


「い、いえ、違うの、沢渡さん!!これはね!!」

「う、うわあ……香坂部長……これって―――」


 ああ、もう終わりだ……この子に見られた以上、葵のラブレターの件が学校中に知れ渡っちゃう!!!


「……香坂部長、沙弥っちの影響受けるのも程々にしといた方がいいすよ……」


 え?て、鉄砲塚さん?葵じゃなくて?沢渡さん、何を言って……?

 彼女が何やら引いた様子でそう言ってる意味が分からず、眼鏡を掛け直して、モニターに映る文章をよく読む。……どうやら、適当にキーを押しまくったせいで、中途半端にあちこち削除された形で残っていたのであろう、そこに並んでいた文章は。


『苺大福みたいに魅力的な、柔らかな胸は隠せなくて、あなたが優しい手でパフパフしてくれると、思わず濡らして、滴っちゃうんです』


「は……あ、あはははは……し、新境地を開拓しようかなって―――」


 葵のラブレターだって気付かれなくて良かった……と胸を撫で下ろしつつも、私はただ、唇を歪め、虚ろな笑顔を浮かべるのみだった。

 ―――は、はは……代わりに、私がこんなの書いてたって、明日には学校中に広まっちゃうんだろうなあ……ははは……はぁ……。

 

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