6 王都の空の半竜娘
ここから第二部となります。そろそろストックが尽きそうになってきました…。
父様の背に乗って空を行く。この速度に目も慣れてきて、少しずつ回りを見渡す余裕も生まれてきた。日の傾きで大体の時間を計ってみる。どうやらそれなりに長時間飛んでいるようなのだが…父様でこれだけかかるとなると、私の翼では一日かけても谷までたどり着けないんじゃないかな? 予想していたより大分遠かったようだ。
纏わりついてくる雲を抜けて、広がる青い空の下、広がる光景に…私は息を飲んだ。
『何、あれ…』
眼下から東にかけて広がるのは、少々まばらながらも広がる木々。遠くに見える背の高い影は建物だろうか? 町の方へと伸びる道も数本見える。そこから視線を転じて西を見ると…そこには、何もなかった。ただ黒一色の、どこか生物的な収縮を繰り返す靄のようなものに覆われている。黒い靄と木々の茂る場所との境には境界線のように、見える限りどこまでも続く高い壁と、そのところどころに建てられた物見塔。その中でも特に靄が活発に動いている場所の近くに、大きな町があった。
黒い靄に背を向けるように--あるいは黒い靄に相対するかのように建つ、砦と言った方が正しいであろう城。その反対側、黒い靄から一番離れた場所にも、大きな建物が一つ。城郭に囲われたその中は、遠目には普通の城下町のように見える。いわゆるファンタジー小説にありがちな、中世ヨーロッパに近い雰囲気を持つ町だ。しかし、その目前まで迫る得体に知れない黒い靄が…そして物々しい砦と壁が、その町を異質なものに変えていた。
ラスティーダ王国王都クリムウォルト。「最果ての戦士の都」、「世界の盾」、「王都にして最前線の町」。さまざまな呼び名をもつこの町こそが、これから私が暮らす場所だった。
* * *
父様が降り立ったのは、城の反対に位置する大きな建物、その奥にある天井のない広い空間だった。石造りのがらんどうの空間はどこか寒々しく空虚で、私は父様の背から降りて問いかけた。
『ここはどこ?』
天井がないにも関わらず音響効果抜群のようだ。発した声は反響して天から降り注ぎ、柔らかな余韻を残すと緩やかに消えていく。
『神竜神殿と呼ばれている場所だよ』
父様の穏やかな声も、いつもよりもっと高い場所から降ってくるように聞こえた。
と、遠くから音が聞こえてきた。複数の、硬い音だ。この場にひとつだけある人間サイズの入り口の向こう側から、だんだんこちらに近づいてくる。思わず父様に寄り添う私を、なだめるように父様が顔を寄せてくれた。
「守護竜様ぁ! よくぞご帰還くださいました!」
「控えよアンルフィア、無礼だぞ」
「というかこの人の暴走止めて下さい隊長殿ー!!」
煩い…失礼、賑やかな人たちだなぁ。
一番最初に走りこんできたのが、白い、けれど華やかなローブを着た茶髪の女の人、その次に女の人を追いかけてきたのが鎧を着たそこそこ年齢の高そうな男の人、鎧の人とほとんど同時に来たのが、まだ若い黒髪の男の人。
『ええと…』
戸惑う私とは違い、父様は慣れているのか落ち着いた声色で言った。
「王都の防衛、御苦労であった」
三人が父様の前にひざをつく。真ん中の鎧の人が父様に答えた。
「いえ。我らの力が及ばず守護竜様のお手を煩わせてしまったことをお許しください」
「普段ならあの程度の魔獣、何とでもできたんですけれどもー…魔族どもは流石にどうにもなりませんでしたわ」
女の人がそう続けると、鎧の人が若い人に視線で合図を送った。
「守護竜様にはお初に御目文字仕ります。私は王の侍従をしております、ユスウェルと申します。王は今だ外にて魔獣討伐の指揮を執っておられますので、取り急ぎ私が王の言葉を伝えに参りました」
「聞こう」
ユスヴェルというらしい若い人は、それを受けて再び口を開いた。
「申し訳ない。残存の魔獣どもを仕留め次第急ぎ戻る故に、姫共々今しばらくお待ちいただきたい、とのお言葉でした。その間のことは神殿に任せてございます」
「『…姫?』」
私と父様の声が重なった。
ところで、さっきから女の人がきらきらした目でこちらを見てくるんですが…。
「お嬢様を伴って参られるとの報告を受け取っておりますー。そちらの方がお嬢様でいらっしゃいますか?」
女の人がにこりと笑った。
「王に先駆けてではありますが、自己紹介をお許しいただけますか?」
どうすればいいのか戸惑っていると、父様がしっぽで軽く背を押してきた。押されるがままに一歩前に出ると、女の人が深く頭を下げた。
「私は、王立魔術師団所属、風の魔術師団第二小隊長を勤めさせていただいております、アンルフィア・ラークと申します」
「儂はラウル・リディアード。王立騎士団第三中隊を任されております」
「先に申し上げたとおり、王の侍従を勤めております、ユスウェル・ディーンと申します」
緊張するというか恥ずかしいです本気で。しかしまあ、名乗られた以上名乗り返すのが礼儀だ。私は前みたいに噛まないように、慎重に人間の言葉を喋りだした。
「私は、銀竜アルフェンストラウドの娘リスティアージェ。ええと…よろしくお願いします?」
人間の礼儀なんて知らないので、これが精一杯。
女の人がぽつりと「可愛い…!」って言ったのが聞こえたけれども、可愛くないもの! 少なくとも多分私貴女より年上だよ! 年上に可愛いは変だよ!
こんな感じで、私の人間社会での生活は始まったのだった。やれやれ、我ながら先が思いやられるよ…。
少々短めになりますが、キリがいいのでここで一旦区切らせて頂きます。
評価等々、いつも励みにさせて頂いています。今後ともよろしくお願いします!