幕間 親馬鹿たちの夕べ
タイトルに反して、半分以上がシリアスで構成されています。
今回は三人称視点となりますので、ご注意ください。
谷の奥に位置する集会場。普段は広々とした場所であるはずのそこに、今は沢山の竜が詰め掛けている。
『限界が近いと?』
青の長老が重々しく口を開いた。それは普段とは打って変わった、どこか沈痛な声色である。頷きを返すアルフェンストラウドもまた沈んだ声で、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
『元より、セリセラが予見していたことではありますが…これほどに早く訪れるとは思っておりませんでした』
『魔獣どもの動きの活性化、魔族の出現…ラスティーダに今だ次代の巫女は現れず、瘴気の流入も増えている。全くもって、忌々しいことだ』
ふと溜息をつく。認めたくはない事実ではあったが、認めざるを得ない。
『この谷は、リスティアージェが生きられる地ではなくなってきておる、ということか』
重い沈黙が落ちた。
リスティアージェ誕生の折に、母たるセリセラが告げたこと。それは、リスティアージェが瘴気に弱い体質であるということだった。
竜たちですら昔と感じるほどの昔、魔獣が世に現れ始めた頃より出現した、精霊を狂わせ生あるものを蝕む『瘴気』。今では多かれ少なかれ生き物は瘴気に対する耐性を持っているはずなのだが、リスティアージェにはそれがほとんどないという。それは長命ゆえに次世代へ受け継ぐ力が弱い竜の血を色濃く引いているからなのか、歴代最強とも言われ、瘴気浄化能力を合わせ持つ結界巫女セリセラの子だからか、その理由は定かではない。唯一つ確かなことは、世界に瘴気が増え行く中で、リスティアージェが暮らせる地はそう多くは残っていないということだけだ。
『住処にはセリセラの残した浄化結界が生きています。しかし、狭い住処にあの子を閉じ込めるのはあまりにも不憫でしょう』
『しかし、最近は住処で眠る時間も増えておるようじゃ。あの場にいることが一番良いと本能でわかっておるのじゃろう。住処の内に篭らせるを否とするならば、早急に策を立てねばならんのう』
『そのことについて、本日は皆に集まってもらった次第です』
アルフェンストラウドの声に、沈黙の中に緊張感が生まれる。
『ラスティーダ王国王都クリムウォルトへ、リスティアージェを伴っていこうと考えております。確かに危険な地ではありますが、巫女不在の間ですら瘴気を寄せ付けぬあの町ならば、あの子も暮らせましょう』
『あの町か…』
長老たちが唸る。周りで聞き耳を立てていた竜たちも、にわかにざわつき始めた。
『確かにあの町なら…いやしかしあの町は魔獣との戦いの最前線。世界最高峰の結界に包まれているとはいえ、少々危険すぎるのではないか?』
『内に入ってしまえば、あの町ほど安全な場所もありません。何より常に瘴気を浄化し続ける機構の整った場です。何より…長老方。正直に言ってしまいますが、私も娘と暮らしたいんです』
長老たちは再びむぅ、と唸る。ざわめく周りの竜たちが、『私たちにとっても娘みたいなものなのに…』とか『いっそクリムウォルトをしゅうげ…じゃなくて住み着くか』とか言うのが聞こえてきて、アルフェンストラウドは不機嫌そうに尻尾を揺らした。
そもそも長命であり子供がめったに生まれない竜、子供は谷の全員の子供という感覚で、皆で育てるものだ。半竜とはいえ、リスティアージェは母セリセラ共々谷の竜たちに受け入れられているため、考えられない反応ではない。ないのだが…。
『静まれ! リスティアージェのためを思えばそれ以上に良き場はあるまいて!
それとレイヴェン、襲撃などと馬鹿を申すでない。あの町が無くなれば、困るのは人のみではない。我らにとってもあの町の存続は重要だと何度言えばわかる!?』
『わ、わかってますよ! 冗談です!』
『ならばよい』
最後に場を纏めるように、白の長老が言った。
『リスティアージェはクリムウォルトに。アルフェンストラウド、良くリスティアージェを導くように。ああ、それと…もしもあの子に何かがあれば、谷の竜全てを敵に回すと思え、と、人間に一字一句違えず伝えるように』
『はい、間違いなく』
結局全員親馬鹿であった。
リスティアージェが谷から旅立つ二日前の、そんな夕暮れ時であった。
いつもとは違った視点からでしたが、いかがでしたでしょうか?
今後も、基本章の終わりに「幕間」と称して三人称視点を入れていこうかと思っております。
誤字脱字やわかりにくいところ等ございましたら、是非ご指摘お願いします。