5 旅立ちの半竜娘
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9/2 誤字修正、一部文章を改訂しました。
谷の中でも比較的奥まった場所にある、開けた場所。集会などに使っているそこに行くのは、私は初めてだった。五十歳は竜としてはまだ子供も子供、親と一緒にいるのが当たり前な年齢だから、大人の集会場とかに行くほうが変だと思う。
柔らかい緑の草の上にとん、と着地すると、そこには既に長老様たちが集まっていた。うぅ、緊張する…。と、びくびくしていたのが伝わったのか、長老様のうちの一体がくすくす笑い出す。
『大丈夫よリスティアージェ。別に食べやしないわ』
言ったのは赤の長老様だ。長老というには若い、雌の赤竜は、私にとっては優しい近所のおばさんだったりするのだが、長老様六体勢ぞろいの前で言われましても…。
『いやいや赤の、普通はこうなるだろう』
フォローありがとうございます緑の長老様。しかし本当に何で私は呼ばれたのかな?
『あの、長老様方…私は何故呼ばれたのでしょうか…?』
かなり緊張したがここにずっといるのも耐えられそうにないため私から話を切り出す。長老様方は話をやめて各々顔を見合わせると、おじい様--いや、ここでは黒の長老様と呼ぼう--が口を開いた。
『うむ。ではわしから言うとしようかの。リスティアージェよ、おぬし、外へ行ってみぬか?』
『はい?』
思わず聞き返してしまった。掟どこ行っちゃったんだ?
『疑問に思うも無理ないがの、考えあってのことじゃ』
黒の長老の言を青の長老が次ぐ。
『本来百年の掟は、百年の間は親と共に在り、竜として生きる術を学ぶためのもの。故にそなたのように、親がそもそも谷にいないようでは意味がなかろうということになってな』
次いで、緑の長老様。
『リスティアージェは魔法を良く修めている。外へ出たとて身を守ることに問題はなかろう』
『ええと…』
『実はもう一つあってね』
赤の長老様がちょっと困ったように言う。
『半竜って、竜ほど長生きできないみたいなのよね。例自体が少ないらしいけど、青の長老が調べてくれたわ』
『とはいえ、個体差が激しいようだから一概には言えぬ。が、人間より少し長い程度の時で寿命を迎えたものもおるという』
人間より少し長い程度…何歳くらいだったんだろう? こっちの人間の寿命なんて知らないからどうもよくわからない。向こう基準で考えると…百歳くらいかな? なんだか心配になってきた…。
『そういった事情も鑑みるに、アルフェンストラウドと共に暮らすという条件の下、外にて暮らすことを妥当とした次第だ』
なるほど、大体わかった。
『後はそなたの意思一つ。どうする?』
私は一旦目を閉じて、頭の中に言葉を捜した。答えはもう決まっていたから、後はそれを声にするだけ。それだけのはずなのに、妙に勇気が要るのは何故だろう。
『私は…外に行きたい。広い世界を見てみたい。けれど…』
目を開いて、長老様たちをしっかりと見つめる。
『爪も牙も持たぬ私ですが、この翼が帰るのはこの場所だけ…そう思っていいですか?』
ここは、私の大事な場所だから。ただいまと心から言える場所はここだけだから。長い旅に出る竜たちが故郷に残す言葉を変形して、私の言葉として送る。
『いつでも帰ってくればいい。銀の翼のリスティアージェは、我らの子なのだから』
これもまた、定型の言葉を変形させて、沈黙を保っていた白の長老が送ってくれた。
* * *
行くと決めてしまえば、後は速いもの。元々荷物なんて皆無なんだから、荷造りの必要なんてない。明日朝出立する父様にくっついていくだけ…のはずだったんだが。
『嬉しいけど…どうしよう?』
手のひらに山盛りになるほどの小さな鱗たちを前に、私は途方に暮れていた。
竜の風習で、無事を願う相手に鱗を一枚送る、というのがあるのだが、知り合いの皆に挨拶しに行くたびに一枚ずつ貰っていたら、なんだかすごい量になってしまった。一応皆小さめのをくれたのだがそれでも結構なかさになっている。大体何かしらの形にして身に着けるものなんだけど…どうしよう?
『人間の町に行ってから細工してもらうというのはどうだ? 人間はそういうのが得意だぞ』
『なるほど、そうしようかな』
見かねた父様が忠告してくれる。流石に一枚二枚くらいならともかく、この量だと自分で何とかするのはちょっと無理そうなので、そうすることにした。
眠れなくなる、なんてことはなく次の日の朝。
晴れ渡った空の朝日を浴びて、私は父様の背の上から皆に手を振る。
『行ってきますー!』
気をつけてー、とか、いつでも帰ってこいよー、という声を聞きながら、徐々に遠ざかっていく谷を見ていると、一体の竜が高速でこちらに近づいてきた。
『レン兄様!』
『間に合った…ほら、持っていけ』
上から落ちてきたきらきらと輝くものを受け止める。
『短剣?』
それは、美しい細工の施されたダガーだった。鞘から僅かに抜いてみると、金属にはありえない薄く透き通る刃が覗く。
『知り合いに頼んで作ってもらった。お前の爪代わりにはなるだろう?』
うん、凄く綺麗で…多分これ、材料は兄様の鱗だと思う。この銀の輝きは見覚えがある。綺麗で優しい色だ。ダガーを鞘に納め、掲げて見せた。
『ありがとう兄様! 最高のお守りだよ!』
『馬鹿、お守りじゃなくて使うときには使え! 自分の身は自分で守るんだろ?』
『あはは、そうだねー! そうするよ』
一つ頷いて、兄様は旋回して高度を下げていく。私はダガーを腰に巻いた帯に挿した。
父様が徐々に速度を上げ始める。振り落とされないように首の付け根辺りにしっかりとつかまって、私は身を伏せた。
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