1 神竜の谷の半竜娘
今回から、『』を竜語と精霊語、「」を人間語と表記します。
あの混乱を極めた誕生の瞬間から早五十年経ってしまった。結局、あの謎の物体は卵だった。
どうやら私は、いわゆる転生というものをしたらしい。しかも、前の人生の記憶を持って。あまり多くはない前の人生での用語で言えば、「異世界転生型トリップ」とでも分類されるんだろうか? なんだか結構ありがちなジャンルだったという覚えがあるのだが。
とはいえ、現在の私がありがちな存在かといえば、そうとは思えない。
まず、現在の私の家族構成。母様は三十年くらい前に亡くなった。金の髪と濃青の瞳の、非常に美しい女性だった。現在は父と暮らしているのだが…生まれた時目の前にいた竜が父でした。銀の鱗に金色の角の、スマートな美人…じゃなくて美竜だ。理解したときは真面目にどうしようかと悩んだよ、私二歳で外見まだほとんど赤ん坊だったけど。
あと、兄がいる。兄様は母親も竜。父様を少し小さくしたようなくらいの、銀の鱗と角の竜で、かっこいい自慢の兄様です。
つまりは、私は半分竜、半分人間。残念ながら竜の姿じゃない、というか、なりたかったけどなれなかった。現在の私の姿は、父様たちと同じ銀色の髪と、母様ゆずりの濃青の瞳の、見た目人間の女の子です。外見は、大体十五歳くらいかな? ただ、目の色が濃くて目立たないけど瞳孔が縦に割れた竜の瞳だったり、出し入れ自在の竜の翼があるけど。
最初こそ戸惑ったものだが、健康な体に私は満足している。元々外をほとんど知らなかったせいか、この世界にもすんなり順応できた、と思う。
実のところ、まだ私は母様以外の人間にあったことはない。現在暮らしているのは「神竜の谷」と呼ばれている、竜がたくさん住んでいる場所の奥の方。ここは近くの国の人間たちには聖地とあがめられているから、普段はめったに人は近づいてこないし、来ても入り口だけだ、と、魔法を教えてくれた黒竜のおじい様が言っていた。時々遊びに来てくれる精霊の皆が言うには、「弱いくせに狡賢い偉そうな奴ら」らしい。人間の使う魔法は、精霊に強引に言うことを聞かせるというものだからだと思う。
魔法というのは四つあって、人間が使う『魔術』、竜が使う『竜語魔法』、精霊や、精霊と会話ができるものが使う『精霊魔法』、あと一つはまだ教わっていないけど、あまりいいものではないらしい。魔術は「お前ら俺の言うことを聞け」、竜語魔法は「自力で何とかする」、精霊魔法は「お願い力を貸して」という感じ、かな? うまく説明できないけど。
私はこれでも一応竜語魔法と精霊魔法が使える。竜的には五十歳で両方使えるの珍しいそうだが、半竜的にはどうなんだろう。現在半竜って私しかいないらしいから、よく判らない。
さて、いろいろ考えているうちに、神竜の谷の入り口まで来ていた。最近の私の日課は、谷の入り口にある大きな岩の塔の上から、外の世界を眺めることだ。
竜の目は遠くまでよく見えるが、流石にここから人間の町は見えない。背に翼を生やし飛び立つと、喉の奥で「くるる」と小さな鳴き声を立てる。竜語魔法の視力増強の術…といっても、ほぼ私しか使わない術だ。私以外皆「飛んで見に行けばいい」という考えの竜たちばかりだからね。
切り立った岩の塔の、ほとんど崖みたいな端に腰を下ろして、今日も外を見つめる。今日はどこまで見えるだろうか。いつか自分で外に行きたいものだけど、百歳になるまでは外に出てはいけないということになっているのだ。
おや? 竜影発見。誰か帰ってきてるな…あれは…
『またそこか、リスティアージェ』
『あ、エル兄様おかえりなさい』
瞬く間に谷に近づいてきた竜は、私の兄エルディアスだった。ちなみにリスティアージェが私の名前である。
『お前も飽きないな』
『百までは出れないけど、見るくらいならいいでしょ? 私も早く外へ行ってみたいなぁ』
『あと五十年だろう』
エル兄様は苦笑して岩の塔に着地し、長い首で背を示した。
『ほら、乗れ。帰るぞ』
『私も飛べるけど…』
『そう言って落ちただろお前。それに遅いし』
図星を指されてうなだれる。兄様の速度についていこうとしてバランスを崩して落ちたのはいつのことだったか。竜になれない私は、翼はあっても速くは飛べないのだ。
諦めて兄様の背の上に飛んで上がると、兄様はふわりと離陸した。
『落ちるなよ』
『頑張る』
兄様の首元にしっかりとつかまって、私たちは住処を目指した。
読んで頂きありがとうございました。
わかりにくいところ、表記のおかしいところなどありましたら、教えて頂けるとありがたいです。