9 鍵と記憶と半竜娘
説明と謎しかない回となっております。
投稿が遅れた理由については、あとがきにて。
「うわぁ……!」
町に出てから、私の口から出るのはこんな言葉ばかりだった。レンガ造りの家、石畳の道、そこを歩く沢山の人々。見るもの全てが新鮮。それでもどこか懐かしさのようなものを感じるのは、前の「私」が見たものとどこか共通する部分があるからだろうか?
ただ、行き交う人々の中には見慣れない外見をもつ者たちも混じっていた。
細身で背の高い、髪の中から長く尖った耳が飛び出している人たち。動物の耳と尾を持つ人たち。がっしりした体格の背の低い人たち。背が高くがっしりした、何故か皆髪型がポニーテールな人たち。
個性豊かな人たちに目を白黒させていたら、どうやら足が止まっていたらしい。手を繋いだ父様が笑って説明をしてくれた。
「リスティアージェ、彼らは皆『人』と呼ばれる種族に属するものたちだよ。
人には五つの種がいる。一つ目は、魔法に優れ精霊と生きる、『森の人』とも呼ばれるエルフ族。長い耳としなやかな体躯が特徴だ。
二つ目は、俊敏さと感覚に優れる、『草原の人』とも呼ばれる獣人族。獣の耳と尾を持つのが特徴だ。
三つ目は、頑強な体と器用な指を持つ、『山の人』とも呼ばれるドワーフ族。背は低いががっしりとした体つきをしている。
四つ目は、勇猛さに優れ情に厚い、『荒野の人』とも呼ばれるケンタウルス族。彼らの伝統である『馬の尾』と呼ばれる髪型と高い背が特徴で、町の外ならば常に傍らに馬がいるはずだ。
最後に、確たる特徴を持たぬが故に、あらゆるものに勝る可能性を秘めた、『平原の人』とも呼ばれる人間族。人の中で最も数が多く、多種多様さこそが特徴とも言える」
エルフに獣人、ドワーフまではそこまで違和感がなかったが、ケンタウルスって……見た目背が高いだけの人なんだけど。イメージ的には、人間の上半身に馬の下半身って感じだったから、何となく違和感がある。
「ケンタウルスの人の、馬って?」
まさか前の「私」の持つイメージをそのまま伝えるわけにもいかず、何とでも取れるような曖昧な言い方になってしまったが、とにかく父様に聞いてみる。
「ケンタウルス族は、生まれた時から荒地馬という種の馬と共にあるという。常に傍らにいるその馬は、彼らにとってはもう一人の自分とも言える存在らしい。『人馬一体』と謡われるように、彼らは馬に跨り戦うときにこそ最大の強さを発揮する。とはいえ、荒地馬は他の馬より大きいから、町の中に連れて入るのは難しいんだ」
「なるほどー。でもその馬と離れるのって、ケンタウルスの人たちは嫌じゃないのかな?」
「嫌だろうね。だから彼らは町の中にいることは少ない。夜に宿で泊まるのを避け、野宿するのが普通とも聞くよ」
ふむふむ、馬と人の共生関係にある種族というわけか。なんだか初めて、「私」の常識とは違うという意味で異世界らしいものに出会えた気もする。
「これら五つの種族は全て、二本の足で歩行し、自由に動かせる二本の手を持ち、言葉を解する。これが人と呼ばれるものの定義となるよ」
なるほど。この定義に従うなら、私は完全に人の部類に入るんだなぁ……。
* * *
そんなことを言っている間に、服屋の集まる場所に着いていた。一応女の子の着替えということもあって、父様とアシェンは店の外にいる。私はそのあたりあまり気にしないけれども、アシェンは言わずもがな、父様も「セリセラ曰く、女性が着替える時は、身内であってもそれを見てはいけない」とのこと。
私? 昔は物心ついたころから日々診察当たり前、しかも心臓に病気があった身だよ? 心音・心電図・心エコー等検査の数々。上半身を人目に晒すのを恥ずかしがるような可愛さなんて最初からないんだよね。まあ、それなり程度に常識はわきまえているつもりだけど。
靴まで一式買って着替えていくつもりだから、店もあちこち回っている。あれやこれやと手に取り体に当て、としていると……唐突に、私の耳に途切れ途切れの声が聞こえてきた。
「--王家--瘴--弱い--鍵--」
「---でも--覚悟--」
父様と、アシェンの声。もちろん、本当は聞こえるはずのない距離だ。それでも聞こえてきたということは……
『こら、精霊さんたち!』
しゃらしゃらと、葉ずれのような音が連続する。案の定、風の精霊さんたちの悪戯だった。
精霊さんたちは、好意を抱く対象には進んで力を貸してくれるし、危険から守ってくれたりもするんだけど、基本的に皆悪戯好きだ。
世界には全部で六種類の精霊さんがいる。私は一応全種類の精霊さんと面識があるが、親しいのは光の精霊さんと風の精霊さん、次いで水の精霊さんだ。地の精霊さんもそれなりに親しいかな? 火の精霊さんと闇の精霊さんは、会ったことがある程度だ。
精霊語は喋れるし、精霊さんたちにお願いして精霊魔法を使うこともできるけれど、『精霊の加護』はないから精霊さんの言っていることはわからない。『精霊の加護』は……一人の精霊さんにベタ惚れされてるような感じ、と言えばいいのかな? ちなみに父様はイルミナという光の精霊さんの加護を受けている。父様曰く、イルミナさんだけは意思疎通ができるらしい。
それで、この遠くの声が聞こえるという現象は、大体風の精霊さんの悪戯なのだ。精霊さんたちに一言言ったら二人の声が聞こえなくなったから間違いない。
その中で、私は一つの単語が頭に引っかかっていた。
(鍵、ねぇ……)
鍵。錠前を開けて閉めるもの。図案としても用いられるし、暗号解読に使う鍵っていうのもあるけど、まあそれは置いておいて。
(どこかで聞いたことがある気がするんだよねー。鍵、鍵……)
そう、私はどこかで聞いた。何か特別な意味を持って、『鍵』という言葉を聞いたのだ。
それはとても大事なことで……
どこかで、かちりと音がした。それは風の精霊の悪戯ではなくて、それどころか物理的な音ですらない。何かが頭の中でかみ合った、そんな感じだった。
「〈暁拒む黎明訪れし時 凪の門、黒の扉を閉ざす鍵となれ〉」
言葉が零れ落ちた。言ったのは私。でも、それは意識した言葉ではない。そして……それは、この世界では誰も知らない言葉、日本語。
私は、一つだけ思い出した。
『私がここにいるのには理由がある。けれども今はその理由を忘れている』ということを、思い出した。
閲覧ありがとうございました。
さて、本来なら九日に投稿予定でしたが遅れてしまいました、すみません。活動報告にも書いたのですが、風邪を引いてしまいました。現在は熱も下がり、若干のどの辺りの扁桃腺に違和感がある程度なので、もう大丈夫だと思います。ご心配お掛けしました。
季節の変わり目ですので、皆様も体調には十分お気をつけ下さい。