7 王子様と半竜娘
章分けをしてみました。
さて。ここでちょっと服について語ってみよう。日光や寒さ、風雨や乾燥から人を守るために作られたという服は、いつしかその役割を超えて富や権力を誇示したり、身分や所属組織を図るためのものとしても機能するようになった。「TPOをわきまえた服装」というものは人間には重要だよね。でも、譲れない境界もあると思うんだ。
何が言いたいかというと…現在私は着替えから逃走中です。背中の開いてない服なんて着たくないんだよ! 私の翼は普段はしまっている。その状態だと普通に人間の背中そのまま、跡も痣もないわけで。それでも竜として、翼が出せない服は絶対拒否だ! かといってイブニングドレスみたいに、背中が開いていても裾が長いと踏んで転ぶ自信がある。ちなみに現在の私の服装は、ホルターネックのミニスカワンピースである。母様の服を自分で改造したものだが、動きやすいし楽なので気に入っている。
あの後着替えを勧められたのはいいけれども、用意されていたのは露出の少ない、くるぶしまでの丈のワンピース…というよりシンプルなドレスのような服だった。当然背中は開いていない。用意してくれた女官さんと思しき人に言ってみたものの、結局どうにもならず、これに着替えるくらいなら、と逃亡してみた。
情けないのは承知しているけど、こればっかりは譲れないんだ!
神殿の中をふらふら歩いていると、やがて開けた場所に出た。中庭だろうか? 小さいながらも綺麗に整えられ、小さな四阿を中心に配した、白い花が咲くその場所は、久々に見る「意図して作られた美しい場所」だった。
「私」が入院していた病院は長期入院をしている人が多かったから、気分を和ませるために病院の敷地内に小さな庭園もあった。それほど多く訪れた場所ではなかったけれども、何となく懐かしい気分になって私は四阿に足を向ける。花を愛でながらゆっくり歩いてもそれほどの時間をかけることなくたどり着いたそこには…
「「…あ」」
先客がいた。しかも見覚えのある顔だ。お互いに一言発して固まった間を、風が優しく吹き抜けていく。このまま立ち去るわけにもいかずに、私は声をかけた。
「背中はもう大丈夫?」
そう。彼は神竜の谷の傍で怪我をしていた人だ。
「おま…貴女はあの時の。守護竜様の娘様でいらっしゃいますか?」
「そうだよ。怪我は治った? あまり大怪我を治したことはなかったから、心配してたんだよ」
「おかげさまで大事には至らずにすみました」
よかったよかった、一応気になってたんだよね。そういえば、あの時は睨まれたかと思ったけど、この人ただ単純に目つきが悪いだけかも。今も、普通にしてると思うけど若干目が怖い。そうしてやや目をそらしていると、今度は彼が声をかけてきた。
「あの…お迷いになられたのですか?」
しかし…この人はなんでまたこんな変な喋り方をするのか。
「あのね、無理して敬語話さなくてもいいよ。苦手でしょ?」
彼は口を閉ざして視線をふいっと逸らした。図星かな。
「しかし…」
何か言い募ろうとする彼を遮って、私は言った。
「人間はどうか知らないけど、竜は自ら敬意を払うに値すると認めた相手にしか敬意を表さない。私は竜だよ。あなたが私を、敬意を払うに値する存在だと認めてくれたならそれはそれで嬉しいけど、口先だけの敬意ならいらない。あなたが話したいように話せばいいから」
あと、これは言わないけど、今のままだといつ舌を噛むかわかったものじゃない。見ててひやひやするのだ。
彼はしばし考えたり唸ったりしていたのだが、やがて折り合いがついたのか息を吐き出した。
「じゃあ、楽に話させてもらう。正直敬語って奴はどれだけ習ってもどうにもな」
「敬意を払いたい相手が現れたら、自然に何とかなるんじゃない?」
「そうなるといいんだが。改めて、怪我治してくれてありがとな。普通なら死んでるって言われたよ」
そんなに重傷だったのか。真っ赤で何がなんだかわからなかったから大怪我だとは思ってたけど。
「あー…名前、リスティー? だっけか」
「リスティアージェだよ。今度間違えたら決闘を申し込むからね」
「それも竜の習慣か?」
「まあ、そんなところだね。名前は大事なんだから、間違えたり略したりは失礼だよ。ついでに、名乗らないのもね」
私はまだ彼の名前を知らないんだよね。
「あ、悪い。俺はアシェン・ジグリッド・リオ・ラスティーダという」
「人間は姓があるからどこまで呼べばいいのか…名前はアシェン? アシェン・ジグリッド?」
「アシェンでいい」
「了解、アシェンだね。…あれ? ラスティーダってこの国の名前じゃなかったっけ?」
聞き流しそうになったけど、これはどうしてだろう? よくあるところだと王族だとか、姓がない人は国の名を姓とするとかかな?
「あー…まあ、一応親父はこの国の王をやってる」
「王子様ってやつなんだ」
前者だったようだ。まあ、言われれば納得の外見ではある。さらさらした金髪に宝石のような碧眼。目つきは悪いが、涼しげな目元とかクールな眼差しとか言えなくもないしね。
私が黙って観察していたせいか、アシェンは不機嫌そうに顔を逸らした。
「そうは見えなくて悪かったな」
ぼそりと、まさに吐き捨てるといった感じの言葉に、私は首をかしげた。
「王子っぽく見えなきゃだめなの? 見た目だけで決まるなんて、随分と薄っぺらい王家だね」
「何だと!?」
「王家が忠誠を誓われる対象なら、表面一枚の美醜じゃなくて態度で示せって言ってるのよ。いくら外見ばかり良くたって、馬鹿ばっかりやってるの相手に敬意なんて持てないわ」
前世は王とか皇族に対する敬意なんてとうの昔に忘れ去った日本人、今は敬意の対象は自分で決める竜の私だ。顔がいいだけの王族なんてそこらの顔だけアイドル程度の存在でしかない。ついでに「私」はアイドルは嫌いだった。
私は更に言い募る。
「不躾にじろじろ見たのは謝るわ。でも、私は見た目で何かを判断するようなことはしない。地位も身分も関係ない。アシェンが私に何かを示したいなら、その行動と生き様で見せてよ」
ぽかんとしたアシェンの前に、私はぴっと指を立てた。
「と、いうのが私の考え。竜としては一般的な考えだと思うよ」
そう笑ってみせると、つられてアシェンも笑ってくれた。
「変わってるな、お前」
「人間の常識に当てはめれば、変わってるのかもね。私は竜だけど、外見がこのとおりほとんど人間だから、そう感じるんだと思うよ」
四肢を伸ばしてひらりと回ってみせる。濃い青に阻まれて縦に割れた瞳孔は目立たない。翼さえ出さなければ、私は容易に人間に紛れられるだろう。
それでも私は竜で、更に前は人間だったけれども、五十年の歳月の前にその感覚は大分薄れてきている。その人としての感覚も、こことは異なる世界のものだ。変わっていると感じるのも当然だろう。
「そういうものなのか?」
「そういうものよ」
そして私たちは、また少し笑った。
* * *
「ところで」
ひとしきり笑いあった後で、アシェンが口を開いた。
「どうしてこんな入り口近くにいるんだ? 迷ったのか?」
「あ、えと、それは…」
着替えから逃げ出してきたことを白状させられて、爆笑するアシェンを叩き倒すまで、もうあと数分。
ストックは残り一話あるのですが、少々誤字誤用が増えてきたので校正をやり直します。
今後は2日に1話を目標に投稿していこうと思います。更新が遅くなりますが、ご了承ください。ある程度ストックが溜まりましたら、また毎日更新にしようと考えております。