05 - 日常にさようなら
「アンタは危険だ」
加藤綺華が告げる。
突然の告白に僕は呆気にとられ「……はい?」と間抜けな声が口から漏れた。
そんな僕に構わず加藤綺華は、
「だーかーら」
「ちょ……っ!?」
刹那という短い時間で僕の目の前に移動してきた。
「アンタは危険なのさ」
視界いっぱいに広がる日本人形のように整った綺麗な顔。
けど表情は無。
瞳からは「お前は敵だ」と敵意や殺意が僕に送られてくる。
「今の今までだけであり得ないことだらけだったんだから。イブツが自身を作った主を上位世界に呼んで襲うとしたり。イブツが生物の姿形を取ったり。斬られたイブツが再生して二体に分かれたり。だけどね、一番の問題はアンタ自身。いや、違うわ……アンタの心」
「え? へ?」
加藤綺華と名乗った僕の恩人だった人は言う、
「んなあり得ないイブツを創りだしたアンタの心。故に全てを忘れてもらう。その場に平伏せ」
「ぐはっ……な、なんで……また、だ……っ」
体が一人でに動いて、何故か僕は彼女に土下座をする。
僕の体なのに、まるで僕の体ではないかのように言うことを聞かない。
「命じる。上位世界で見た聞いた体験した出来事は……全て忘れろ」
「あ……ぁ……」
心臓が握りつぶされるみたいに、息苦しい。
体から、心から力がどんどん抜けていく。
意識が遠のいていく……。
なんだろうか。
苦しいのに痛いのに泣きたいほどなのに気持ちがいい。
否。背中から重たい荷物がスポッと落ちたみたいに楽になっていく。
もしかして……僕ってマゾだったのか……。
そんなどうでもいいことを思いながら僕の意識はここで途切れた……。
――――――――
右も左も上も左も前も後ろも真っ暗。
真っ暗闇の中、いつからここに居たのか分からない。
気がついたら何故か僕はここにいる。
ずっと、
ずっと、
ずっと、
――未来永劫。
何も考えない。
何もしない。
ただここにいるだけ。
これが僕の価値だから。
「……まだ気付いてはくれないぬか」
何も無い無の世界……闇の空間に懐かしい声が響いた。
初めて聞いたはずなのに、懐かしく感じる謎の声は、弓から放たれた矢のごとく僕の心に突き刺さる。
君は誰?
なんで寂しいそうにするの?
何で君の言葉は僕の心を動かすの?
「……俺ぬ声が届いているぬか? 俺ぬ声が聞こえるぬか?」
聞こえるよ、痛いほど聞こえるよ。
僕の耳に、違う。
僕の心に届いているよ、君の声……いや、想いは。
君は誰なの?
「僕が誰だか分からないか。なら、いずれ分かることだ。逆に問う……貴様は誰だ?」
僕が何者か?
僕という存在は何なのか?
考えたこともない。
けれど、言えるのは僕は僕。
ただの大学生。
「違うな、間違っているぞ。考えたこともないだと? 貴様は幾度も存在価値について悩みに悩んできたはずだ。ただぬ大学生だと? 自分ぬ存在価値を知る貴様がただぬ大学生? 普通ぬ人間? 笑えぬ冗談は言うな」
言っていることが分からない。
君は僕に何を伝えたいのか。
間違っている?
僕が何回も自分の存在価値を考え込んでいたこと?
僕はただの大学生でも、普通の人間じゃないのか?
存在価値って何?
「それは本当ぬ貴様ぬみが知る……真実」
彼は言う、
「……そろそろ下位空間に戻れ」
下位空間?
ここは上位世界なのか?
「今は眠りから覚める時だ……夏目拓海」
――――――――
「ふわあぁぁ……ってアレ? 何で僕ベットで寝てるんだ?」
起き上がると見慣れたベット。
見慣れた天井。
見慣れた……というか僕の部屋だった。
「……昨日、帰宅中からの記憶がないのだが」
学校を出て、いつも通り天才な長瀬と一緒に電車を乗って、いつも通りばか話をしていたのは覚えている。
だけど、それ以降の記憶がない。
まるで刈り取られたかのように。
「まあ、いっか……」
たぶん寝る前に酒でも飲まされたのだろう。
うん、絶対にそうだ。
と自己納得して僕はいつも通りの日常を過ごしに行く。
否、最後の日常を過ごし終えた僕は。
最初の非日常へと足を踏み入れる――。
存在価値を求めて。




