01 - 天才とアホ
「うわぁー、セックルしてぇー」
「おい変態さん、一話冒頭からいきなり何いってんだよ。しょっぱなから下品な発言したら読者さんたち逃げちゃうだろ」
「すまん、すまん。暇だったんで、つい本音を……」
「一度あの世に送ったろうか?」
「いいねぇ。リクエストを受け付けてくれるのなら、あそこにいる女子中学生のスカートの中という天国に送って欲しいものだね。あの中で死ねるのなら本望だぜ……」
「ごめんなさい、ごめんなさい、謝るからそれだけはやめて。やらないからあの中に行って死なないでください。ロリコンで変態な男子大学生さんが女子中学生さんのスカートの中で親友さんに殺されました、とかマジ勘弁。つーか、もっと小さな声で話そうよ。周りの目が痛い……」
帰宅中の電車の中で、一方的に変態(犯罪)話を聞かされている。正直、アホな僕にはレベルが高い内容です。
何で幼い子が好きなの!?
何で電車の中で堂々と変態話が出来るの!?
しかも何で指さして!?
というか冒頭の「セック○してぇ」ってアレもしかして女子中学生さんに向けて言ってました?
マジでやめてください。勘弁してください。
本当にありえないと思う。けど親友さんたちに「ありえない」と言えば、必ずこう返されるはずだ。
――ありえないなんてありえない。
「どうしたんだ、タクミ。頭を抱えて。腹でも減ったんだろ?」
「違う。ありえないと思ってさ……」
「ありえないなんてありえない」
「わーってるよ。何万回も聞いたから」
「つまりだ。女子小学生のスカートの中で死ぬなんてこともありえなくないってわけだ」
「それとこれとは別だ! というか女子中学生さんよりもヤバイから、それ!」
帰宅ラッシュで混んでいる電車の中で、堂々と変態発言をしているのは僕の親友さん。
彼の名前は長瀬(下の名前は知らないけど本人曰くきぼうの希があるらしい)。
僕は夏目拓海。ありとあらゆるところが普通の兄さんを持つアホな弟さんです。
僕たちは歌空大学に通っている大学生二年生さん。
もちろん成績は余裕でトップをキープ。
幼稚園の時から下から数えて常にトップの座を守り続けていると、胸を張って言える。
それが唯一、自慢できそうでできないことだ。
「タクミー。三ヶ月後、試験期間じゃん? 一緒に勉強しないか?」
「……」
世界は、神様は本当に不公平だと思う。否、理不尽だ。
勉強なんか全く分からないし先生からもアホと呼ばれるほどの僕の性格は至ってノーマルのはずなのに勉強以外の事も全然できない。
しかし。長瀬は天才だ!
いや、違うな。中学までは長瀬も僕と同じアホな人間だった。しかし強くなりたい賢くなりたいと願い続け、努力の末に手に入れたのはチート能力。
詳しいことを書くと長くなるので後ほど。
「んでさ、勉強のあとは……うふふふ。スク水すきか? スゲェのが手に入ったんだぜ」
「……」
悲しくなるので、言わせてください。
何で僕はノーマルなのにアホなんですか?
何で長瀬は変態なのに天才なんですか?
ありえないなんてありえねぇだ? それは幻想だ。先ずはそのふざけた幻想ぶち壊す!
ありえないなんてありえないなんてありえない!
世界なんてありえない事だらけじゃんか!
なくなっちゃえ!
――刹那、世界が一変した。
それが訪れたのは突然の出来事だった。
瞬きをした短い間に、日常が文字通り崩れたと直感で感じ取れた。
目の前で変質者と間違われそうな会話をしていた親友が消えた。
ギュウギュウ詰めとなった車両から全ての人が消えた。
「なにが一体……」
瞬間、それは現れた。
僕はそれの出現と同時に察した。
周りにいる人がいなくなったのでは、ない。
消えたのは、僕なんだ。
人が。
物が。
星が。
宇宙が。
銀河が。
万物が。
拒絶するかのように、僕が”知る普通の世界”から弾きだしたんだ。
「うあぁ、あぁ……」
言わないと呼ばないと叫ばないと……とにかく声を喉から出さないと。
口から言葉を大声に乗せて、求めるんだ。
――だけど、出ない。
喉に恐怖という名の蓋を閉められているかのように、思うがままのことを現実に出来ない。
僅かな口の隙間から雑音みたいな音しか出ない。
「う、くぅ……く、来るなっ!」
押し出すように吐き出した台詞を、襲い来る異物にぶつける。
だが、止まらない。
一歩。
また一歩。
確実に迫る。
更に近寄るたび、徐々に異質な体を変化させている。
肉体、表情はおろか光すらも感じられない”黒い何か”は、無音で形状を作る。
その姿は……巨大なオオカミ。余裕で二メートルは超える。
怖い。逃げたい……心の底から望んでいる。
「いや……く、来るなよ……」
でも、脚が凍りついたみたいに動かない。
どうしよう……どうしよう……死にたくない!
――刹那、跳ぶ。
怖い。
死にたくない。
生きたいよ。
動けよ、何で動かないだ僕の体!
――刹那、視界いっぱいに広がる巨大な牙。
ああ、そうか。僕は、ここで死ぬんだ。
まだアイツらに「ありがとう」と伝えてないのに……。
ゴメンなさい……っ。
「……邪魔」
「え……っ!?」
スパッ! 綺麗な音が車両内に響いた。
次の瞬間。
目の前で僕に噛み付こうとした異物が真っ二つになり倒れていく。
そして、下から少女が舞い上った。
そう。舞い降りたではなく、舞い上った。
ドロロンと緊張感の欠片もない効果音を出し、床から大鎌を両手で持って現れた。
異物を、ガラスの様に透明で綺麗な大鎌で切り裂いた。
翡翠色の長髪を靡かせて、小柄な体で自身の身長の倍はある大鎌を軽々と振り回す少女。
「退いて」
死んだ魚のような目をした少女は、イラついた口調で言った、
「――一ようやくアキラとカケルが性別の壁を超えた瞬間だったのにさ。バケモノ、アンタの体で全力で罪を償いなさい」
「ちょっとまってええええ! 何でそこでボーイズラブ!?」
「ダマレ、邪魔って言ったでしょ。キサマモコロスゾ」
「はい、すみません」
天国のお兄さん……僕、また天才さんに会っちゃったみたいです。
これからいったいどうなっちゃうんでしょうか……。