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バタ足の罪びと  作者: 輪っかパパ。
7/8

三上君

 ナルの長さにはそこそこ自信のある輪島政義です。


はぃ、皆さんお早う御座います。


今回は私が二十一歳の頃に体験した、ある自動車事故のお話をピックアップ。

 近頃は仕事も私生活も至って順調で申し分がない。そのお陰で酒がやたらと美味い。

しかし、この日ばかりは少し飲み過ぎたようだ。


 ッダン!


 どうやら帰路きろの途中で居眠り運転をしていて、信号待ちの車に結構なスピードで追突したらしい。

「やヴぁっ!」

思わず声が出た。

私は車の免許が無い。数ヶ月前に取り消しになったのだ。

一気に酔いも醒めて真っ先に取るべき行動に選択の余地は無かった。

「風のように逃げろぉぉぉっ!!」

急いで10mほどバックして、そのまま左の路地に入るとアクセル全快だ。

そうしてその場はなんとか切り抜けた。

ボンネットが折れ曲がったコイツは、少し前に信三君が格安で譲ってくれた車だっただけにかなり気は引けたが、購入金額よりも修理費用の方が大きいと予想出来たので渋々手離す事を選択する。

ほんの一~二年前なら見ず知らずの人におぎなってもらっていた所だが、なんせ生活が軌道に乗っているこの時期に、あまり余計な波風を立てるような事件を起こしたく無い。

そこで仕方なく龍政会の頃の知り合いに二束三文で引き取って貰った。


 わずかな予算で次に用意したのは、種類は同じだが信三君から買ったやつよりももっと古い型の車だ。

乗り換えてからは飲酒運転もひかえ気味で、それまでよりも注意深く慎重に運転するようになった。

この日も一滴も飲まずに真っ直ぐ帰路についていた。

対向車が多く、右折待ちをしていた信号が黄色になり、赤に変わってようやく曲がれるようになったその時だ。


 シューンッ ガンッ!


一瞬何が起こったか分からなかった。

気を落ち着かせてよく見ると、私の車の前にはデカイ箱の付いた原付バイクが倒れていて、その横にはそれを運転していたと思われる人間が転がっていた。

車内からガラス越しに周囲を見回すと多数の歩行者が驚いた様子でジロジロとこちらに注目している。流石にこんな大勢の前で逃げ去るのは難しいし、それこそ死んでいたら具合が悪いので車を降りて声を掛けてみた。 そうしたら、すぐにムクッと体勢を起こして以外にもハッキリした反応があったので一安心する。

すると、横断歩道を渡ろうとしていた中年男性三人組が怒りをあらわにして近寄って来た。

「コラッ ピザ屋!俺らをひき殺す気かっ!」

その男性たちの話をよく聞いてみて、ようやく事情が把握できた。

歩行者の信号が青になって横断歩道を渡ろうとした時に、目の前を信号無視のピザ屋が猛スピードで横切り、私の車に衝突したそうだ。

事故的には私は一切悪くない。しかしだ。私は無免許むめんきょなのだ。

この不幸なとばっちりを打破すべく、私は若いピザ屋の青年のわきを抱え上げた。

「オイ 兄ちゃん。病院連れてったるからワシの車に乗りぃや。」

もちろん、そんな所へ連れて行く気などさらさら無い。

山にでも運んでめてやろうかと思っていたのだが、ピザ屋がかたくなにこれを拒む。

「い いえ、本当にもう何とも無いですから。すいません。」

そこに野次馬中年三人組が私に加勢するつもりで口を挟んでくる。

「このピザ屋が信号無視やっちゅうんは、俺らがしっかり警察に証言したるから安心しいや!」

弱った。この目撃者である野次馬共にずっと居られては、通報を受けた警官が来る前にピザ屋を拉致らちれない。

まだひどく動揺している事もあって、これといった案も思いつかなかった私は、観念して車道の端に車を寄せて停車させ警官が来るのを待った。

その間にピザ屋の免許証を見てみると、事故を起こした三上みかみ君という青年は、なんとその日が二十歳はたちの誕生日だった。

私もこれで欠格期間が1年も延びるのだから辛いのは山々だが、こんな成人としてのブラックバースデーを迎えた彼にちょっぴり親近感さえ湧いた。

警官が到着するが一応双方に怪我も無かったという事で、その日は赤切符を切られるとすぐに開放された。


翌日の昼間にピザ屋の店長という男から携帯に連絡が入り、詫びらしい言葉も口にしていたので、こちらは車の修理さえして貰えればそれで良いと伝えた。

しかし、店長が鼻で笑いながら信じがたい言葉を吐き出す。

「フフッ いやぁ、こんな事を言うのも何ですけどね、輪島さんて無免許らしいじゃないですか。」

落ち着き払った余裕の口ぶりで店長は続ける。

「無免許っていうと、それだけで重過失じゅうかしつといって過失割合が2割付くんですよ。しかも車と原付バイクの事故ですからね。普通は大きい方が過失が大きくなるのが常識ですから、こちらが修理してもらう事も有り得るかも知れませんね。」

このあまりにも傲慢で失礼な態度が私の怒りに火を着けた。


前の車の任意保険の期限がまだ残っているので保険屋を出す事も可能だったが、保険屋同士が適当な所で勝手に手打ちをしないように、とりあえずは個人でピザ屋と戦う事を決意する。

「謝罪で掛けてきたんか、ただおちょくりたかっただけなんか分かりまへんけど、次にお話さして貰う時を楽しみにしときますわ。」

私が若いからと完全に舐めきっている店長は、必ず何か仕掛けてくるに違いなかった。

はらわたを煮え繰り返らせて電話を切ると、私は仕事を早めに切り上げてその足で病院へ向かった。

事故から少しでも早いうちに診察を受けなくてはならなかったからだ。

病院という所はレントゲンを含むあらゆる検査で異常が見当たらなかったとしても、首筋なり何なりを「痛い。痛い。」と言っておけば、必ず全治一週間~二週間の診断はりる。

いつでも診断書を作成できるようにしておいて、店長が攻撃してきた時に反撃するための『そなえ』だけはしておく必要があったのだ。


 数日後、ピザ屋の保険屋が連絡をしてきて、とうとう私を型にめに掛かってきた。

突然、信号無視では無く交差点に進入した時は黄色信号だったと意見を変えてきたのだ。そこで事故の当事者である三上君に一応確認をする。

「よくよく思い出してみたら、やっぱり黄色やった気がしてきたんです・・・。」

まったく困ったガキだ。

少し叱り付けた上で、今から直ぐに会って少し話がしたいと伝えると、隆に車で迎えに来てもらって三上君の自宅へ飛ばした。


到着して本人を呼び出し、後部座席の私の隣に案内する。この時、隆は運転席に座ったまま一言もしゃべらずにじっと待機だ。

まずは不安そうな表情の彼に、今置かれている状況を説明する。

「横のドアの窓も鍵も開いたまんまやから、怖いと思たら大声出したらエエし、危ないと思たら逃げ出しや。」

「は はい、大丈夫です。」

形の上では『密閉されていない空間』を演出してやる事で、これは監禁でも軟禁でも無いのだと認識させた。

「いやぁ、きみも二十歳はたちの誕生日に災難やったのぉ。」

少し緊張を和らげると、さっそく本題に入った。

「改めて聞くけど、ほんまに信号の色は黄色やったか?」

「あまり覚えて無いですけど、たぶん黄色やったと思います。」


店長に指示をされた通りの呑気な発言をしていた彼に、細かく事故の経緯を整理してやる事にした。


(1) 東西を走る車道の信号が黄色の場合、南北の信号が青になる事は絶対に無い。


(2) 東西が赤になって一拍置いてから南北が青になり、歩行者が横断歩道に足を踏み出した時に、目の前を三上君の原付が横切った。それであの中年男性三人が危険を感じて激怒していた。


(3) 東西の交差点内で右折待ちをしていた私が曲がり始めたのも赤になってからだが、『矢印表示』の出ない交差点での黄色、もしくは赤になり立てというのは、道路交通法的には『矢印』が出ているのと同じ状況とされるので全く問題が無い。

「で でも本当にあまり覚えてないんです・・・。」


なんとあわれな男なのだ。これだけ丁寧に整理してやっても、まだ与えられた台詞せりふを繰り返す事しか出来ない。

しかし、次の私の溜め息交じりの言葉で彼の顔色が一変する。

「三上君・・・。気づいてない様やから教えたるけど、これは犯罪やぞ?」

「えっ!?」

「当たり前やろがいっ!これで、もしワシの保険屋から一円の銭でも支払われてみ?これはもう立派な偽証による保険金詐欺やっ!」

みるみる青ざめていく彼に追い討ちを掛ける。

「残念ながら三上君はもう成人やっ!お前、懲役ちょうえき行ってまうどっっ!!」


保険屋と店長の書いたの通りに忠実に発言していただけの三上君。

成人になった当日の出来事が原因で前科者ぜんかものになると宣告せんこくされた彼に、もう立ち向かう気力など残っていなかった。

「最後にもう一回だけ聞いたるから、今後の人生も踏まえてよぅ思い出しや。信号の色は何色やったんや?」

「すいません・・・すいません、赤でした。」

目に涙をにじませながら、とうとう白状した。

たとえ裁判になろうが、あの時に跳ねられそうになった三人組が喜んで証言してくれるのは間違い無かったので、ここまでは必然なのだ。

これで、とりあえず一つ目のミッションはクリアだ。


次に、いよいよ大切な作業に取り掛かる。

私は先程家を出る前に書いたばかりの1枚の紙を取り出した。

そこには【今回の事故は間違いなく自分の信号無視によって起きた事故だ。】というのがもっともらしい文体ぶんたいで書いてあった。

そして、空欄にしておいた部分に署名して拇印ぼいんを押す様にうながすと、つい先ほど認めたばかりの内容なので断る理由が無かった彼はアッサリと言われた通りにした。


ここからが最も重要だ。

これで開放されるとホッとする彼に、1枚目の裏書の様な物だと説明して、2枚目の紙を差し出す。

内容をを凝縮すると【理由を問わず、この事故に関わった事によって輪島政義に発生する全てを賠償する】というものだ。

これには流石さすがに三上君も躊躇ちゅうちょした様子だったので背中をポンと後押ししてあげた。

「何かえ まだ言うた事ひっくり返す可能性があるっちゅう事か!?残念ながらきみらの事はもう信用出来へんねや。せやからこその裏書や。」

「でも・・・」

三上君が犯罪者になるかどうかは私のサジ加減一つだと匂わせながら続けた。

「何を心配しとんねや?支払いはピザ屋の保険屋がしてくれるやろ。きみは自分のふところ具合よりもこの話がこじれた場合の自分の将来を一番に心配しいや。」

ようやく往生した彼は二枚目にもサインした。

これで準備は全て整った。後は相手方の出方を待つだけだ。


次の日、信号無視を認めたと聞かされた保険屋がさっそく連絡を入れてきた。

三上君の怪我が悪化したので『物損ぶっそん事故』から『人身じんしん事故』に切り替えると言い出したのだ。 セオリー通りのなかなかツボを押さえた攻撃た。

「ほぉ、まぁお大事にー!」

その際、実は私も直ぐにでも人身事故に切り替える用意がある旨を伝えておいた。

すると、ほんの十分程して『二枚目』の念書の存在を知らされたのであろう保険屋が慌てて再び電話をしてきた。

「あのぉ、過失割合も10対0で結構ですし、人身への切り替えも取り下げますので、どうか輪島さんも物損でお願い出来ませんでしょうか・・・?」


勝った。そりゃそうだ。理由を問わず私に降りかかる全額を賠償なのだ。

これで私の無免許での人身事故による高額の罰金ですら、三上君自信にね返ってくるのだ。

それに、これ以上私の機嫌を損ねてしまうと、適当な理由と領収書を段取りされて、無制限に請求され続けかねないのだから。

せっかく仕事もプライベートも上手くいっているのに、それに水を差されて少々ムキになってしまったが、この辺で許してやる事にする。

相手方の攻撃を退けたので、それで満足だ。もう私は昔の私では無いのだ。


念書の署名が個人のものだった事もあり、保険屋が充分支払える金額におさえて三上君に負担が掛からないようにしておいた。

それでも保険屋からすれば、初めから黙って払っておけば五万円ぐらいで済んだものを余計な事をしたせいで十倍近くの額を支払わなければならなくなったのだから、三上君と同様にこれも良い勉強になったと受け止めて、是非とも今後に活かしてもらいたい。

しかも、教唆きょうさした店長と実行じっこうした三上君の二人の犯罪を未然に防いでやったのだから感謝されても良いぐらいかもしれない。


これで一応は一件落着だ。



さて、最後の仕上げに入るとする。

最初に鼻で笑いながら小馬鹿にしてきた店長とケリを着けねばならないのだ。

私はピザ屋に電話を掛けて店長を出させた。

「コラァッ!ワシになんぞ言う事あるやろがいっ!」

受話器越しからでも周りの従業員にまで聞こえるような大声で怒鳴りつけると、体裁ていさいを悪そうにしながら、もごもごと謝罪を口にするそいつにたたける。


「いやぁ、せやけど釈迦しゃかの手の平の孫悟空そんごくうみたいに、ワシの手の平でちょろちょろと走り回っとるアンタと保険屋を見とったら、なんやごっつい可愛らしかったで!がはははははっっ!!」


お仕置き完了。

落胆した様子を隠し切れずに重たい溜め息が漏れてきたが、こんな奴を慰めてやる様な仏心はあいにく持ち合わせていなかった。




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