電気カミソリのブルース
飲み過ぎが祟ってとうとう血便が出たのかと思って焦っていたら、辛いものの食べ過ぎで一時的に切れ痔になっただけだと判明した事がある輪島政義です。(マジで怖かったぞ!)
はぃ、皆さんコンバンワ!
今回は、自動車教習所の合宿に行った時のお話をピックアップです。
十七歳の終わり頃、UV指数の高い初夏の日差しが皮膚を痛めつけていた六月下旬。
建築関係の職人をしていた私は、今まで以上に仕事を頑張って金を稼がねばならない理由に直面していた。
それには職長として現場を切り盛り出来るようになるのが先決であるが、幾ら職長として一応レベルの技術・ノウハウを身に着けてもそれだけでは足りない。
それは、当然一人で現場に行く場面も多々発生するようになる事から、どうしても車の免許が不可欠になってくるからだ。
そこで私は、なけなしの貯金を叩いて(ググッ)少しでも短い期間で取得出来るようにと教習所に合宿で行くことを選択する。
ゆらゆらと揺れる電車の窓から見える灰色の排気ガスにまみれたコンクリートジャングルが緑一色に塗り替えられて暫くすると、ようやく目的の駅名がアナウンスされる。
手渡しの改札口を抜けると、目の前には申し込んだ教習所の名前入りのマイクロバスが待機していた。
集合時間の十五分前には到着したはずだったが、どうやら私が最後だったらしく十人程乗せたバスは直ぐに出発した。
小一時間ぐらいは走っただろうか。
どんなド田舎まで連れて行かれるかと心配(たまには旨い空気も良いもんだけどね)していたが、以外にも若干開けた街らしき地帯に突入してバスは停車した。
さっそく寮に荷物を降ろして軽い適性検査を受け、各個室では飲酒・喫煙等の全面禁止云々や、その他諸注意の長い説明を聞き終えてから自分の部屋に戻った。
日が落ちてきて食堂で晩御飯を済ませた時に、二十歳ぐらいのヤンチャそうな四人組が声を掛けてきた。
「後で俺の部屋来て一緒に酒飲まへん?」
初対面の相手に馴れ馴れしく話し掛けるという行為は『敵対宣告』という発想しか無かった私は困惑した(むむむ)。
20数万円も支払ってやって来て、いきなりトラブルでも起こして退所処分にでもなったら大変だからだ。
「おお、ほな寄らしてもらうわ。」(ぇ・・?)
やってしまった。私は動揺とは裏腹に『酒』というキーワードに引き寄せられて、ついつい快く承諾してしまったのだ。
少しして警戒しながらも声を掛けてきた一人の部屋を訪れると、他の三人もしっかり大量のビールとつまみと共にスタンバっていて、とても明るく迎い入れて(おや?)くれた。
私はこんな素敵な奴等に対して、トラブルがどうとか、即日退所処分がどうだのと不要な心配をしてしまっていた自分が恥ずかしくなった(ぶひひ)。
お酒とは神様がくれた魔法の水である。
私はつい数時間前に知り合ったばかりの四人組とすっかり打ち解けて、部屋は大盛り上がりになっていた。
「よーし!今日はとことん飲むぞーっ!」
恒例の一気飲みなどを繰り返していると、二十五歳のヤマジという男がウツロな目つきで水を差してきた。
「ごめん、俺もう酔ってもてこれ以上飲まれへんわ・・・」
アルコールがとうとう私のお茶目な悪戯心に火を着けた。
「なにぃ!?ほな次の1本を一気で飲み干したら許したるわっ!」
戸惑う様子で何故か持参していた電気カミソリを、まるで『お守り』のように握り締めるヤマジに続けた。
「んで、もし飲み干せへんかったら、その電気カミソリで自分の陰毛を剃らんかいっ!」
「イェ~ィッ!!」 「イェ~ィッ!!」
いつの間にか場の主導権を私が握っていたようで、他の三人も誰も止めることなくヒートアップしてきて一緒に催促していた。
部屋中が反目になったことで完全に往生したヤマジは、おもむろに電気カミソリのスイッチをONにした。
ウィ~ン ジジジ ウィ~ン
下半身を露にし、もう一人が差し出したT字カミソリも駆使して器用に無言で自分のアンダーヘアを刈りこんでいく姿に我々は腹を抱えて大爆笑した。
「がははははっ!!! 死ぬーっ!息できへんー! がははははっ!!!」
部屋のボルテージが一気に最高潮に達したその瞬間だ。
ガラーッ ドーーンッ!!
「コラァーッ!お前ら何をしとんやーっ!!」
ヤマジも慌てて電気カミソリを落とし、全員が驚いて凄い勢いで開けられた扉の方に目をやると、そこには寮長を担当している教官が鬼のような形相で仁王立ちしていた。
「あんまり五月蝿いからて周りの部屋から苦情があったから来てみたら、なんやこの酒や煙草の吸い殻わっ!」
その言葉で、そういえば各個室が禁酒・禁煙であったと思い出したが、すっかり酔っ払っている私はたいして気にも留めなかった。(ゲフ)
怒りの納まらない寮長は一人ずつ名指しで説教を始め、まず三人が叱られる。
次に私の順番が廻ってきた時に、酔いとともに血の気も引いていく台詞をつぶやかれた。
「輪島ぁ、お前もぅ帰るヵ。。?」
怯む私に呆れた表情で寮長は続ける。
「そりゃ、来た初日からこんな違反を犯して周りから苦情出るようなトラブル起こしたんやから、即退所処分も仕方ないぞ。」
ノォォォォォォオオッッ!!
なんという事だ。
道中の経緯こそまったく違うが、恐ろしい事に数時間前の心配が奇妙な角度からの鋭い変化球によって現実のものになろうとしているではないか。
必死に謝罪を繰り返し、その甲斐あってなんとか内密にして貰えるようになったので、私はようやくホッと肩を撫で下ろした(この一件が切欠で寮長とも仲良くなったんだよね)。
次に、すっかり冷静になった寮長がヤマジに寂しそうに語りかける。
「ヤマジ・・お前この中で一番年長者やのにそのカッコは何なんや・・?」
・・・。
・・・。
♪・・ウィ~ン ・・ウィ~ン ・・・ィ~ン ・・♪
さっきまでのドンチャン騒ぎが嘘のように静まり返った部屋で、下半身を丸出しにしてうつむいたまま黙りこくるヤマジの縮み上がった指揮棒の向こうで、電気カミソリが奏でる哀愁のメロディー。
私たち三人は肩をプルプル震わせながら、込み上げてくる笑いを必死に押し殺した。
教習は至って順調に進んでいた。
もともと無免許で乗っていた時期があったので車の運転には問題無かった。
学科も予習・復習こそしなかったが、毎回最前列で真面目に受講していた。
その姿をいつも見ていた寮長兼任の教官が、たまに細工をしてくれたお陰で(内緒やけどね)試験も全て一発クリアを果たしていた。
そろそろ終盤に差し掛かった七月中旬。寮に私宛の一本の電話が掛かってきた。
それは、この日で十八歳の誕生日を迎えた私に予定通り婚姻届けを出したという妻からの報告だった。
ロビーで寛いでいる時にそれを何気なく話すと、寮の皆がお祝いだと言って居酒屋に連れていってくれた。
電気カミソリの四人組が卒業してしまってから、寂しい日々を送っていた私にはとても感動的な出来事だった(うひょー)。
更に数日が過ぎ、再び寮に妻から電話が鳴った。今度は元気な長男を出産したとの報告だった。
この時も寮の皆が心から祝福してくれて、なんだかもうすぐ卒業してしまうのが寂くさえ感じられた(じーん)。
幾多の思い出が刻まれた教習所とも、いよいよお別れの日がやってきた。
この日も以前に一瞬だけ話した事のあった美容室の女の子を口説きに行ったせいで(まぁ結局フラれたんですけどね)、一人だけバスに乗り遅れるという失敗をやらかしてしまったので、すぐさま寮長に泣きついた。
教習車でバスの到着地点である駅まで送ってもらって(マジ助かったぜ)いる時も、初日のあの哀愁の電気カミソリの音色がチラチラと頭を過ぎっては私にクスッと笑みを零させた。
この三週間の合宿生活から帰ると夫であり父親に変身しているという不思議な感覚に不安と期待を感じながら、私はまたコンクリートジャングルに突撃した。