ノック
友人の名村が、円盤を呼ぶというので僕は夜の9時過ぎに指定の場所へ出かけた。住宅はまばらで倉庫の多い区域だった。街灯の灯りに浮かびあがった大きな建物は潰れた元スーパーストアだった平屋で、店名を剥がした形跡のある屋根の上の看板がなければ、商業施設だったとは思えない朽ち果てた現状だ。僕は建物の裏手にまわった。割れたアスファルトのすき間から雑草が生えている駐車場だった場所には何人かの人影があった。
その中に、ひょろりと背の高い長髪の人物がいる。僕の顔を見ると頷いてあいさつした。名村だった。彼はこの駐車場に円盤が着陸するという。
「南沢さんですね? わたし高根と申します」
ふいに名村の横にいた整った顔立ちの女性に声をかけられた。
「名村さんからお話しはうかがっております」
「そうですか」
僕は無愛想に返事をした。この女性も名村の取巻きの一人だろう。名村伸一は空飛ぶ円盤は実在すると吹聴していた。僕もその話は散々聞かされていた。そして最近では自分を円盤に乗ることができる選ばれた人間だとも公言してはばからなかった。疑似科学の自説をブログで展開することに力をそそぎ、一種のコミュニティを作って中心に収まっていた。
「今日はコンタクトできる最良の夜だ。君も自分の目で確認することが出来れば信じるだろう」
名村は僕にそう言うと、街灯に照らされた駐車場のアスファルトにしゃがみ込み、手にしたチョークで丸に矢印の突き刺さった図形を書き始めた。そして立ち上がると万歳をするように両手を挙げて夜空を仰いだ。
「友よ、と呼びかけるプロキシマ・ケンタウリの記号です」
と隣に立っていた高根という女性が僕に言った。
僕は訊いた。
「4・2 光年離れた惑星の事ですか?」
「そうです。名村さんの念によって呼びかけているのです」
女性は当たり前の事のように話した。
名村はと言うと、両手を挙げたままの姿勢で空を見つめていた。
やがて上空に点滅する光点が認められた。何かの物体だった。駐車場にいる人間たちが上空を凝視する。僕はその大きさからやや大型のドローンだと思った。夜のことで距離感がうまくつかめなかったが、少なくとも人が乗れる大きさではない。
しかし、夜空を背景に複数の光点を点滅させながら浮遊しているその物体は、しだいにドローンだと推測する僕の判断を崩すように異様な雰囲気をあたりに醸成しだした。次の瞬間、不安感に襲われた僕はその場を離れ、夜道を自宅へと足早に歩き出した。背後で僕を呼ぶ声を聞いたが、振り向きもせず、廃屋のスーパーをあとにした。
アパートに帰り着いたところで、僕は、はっとした。ドアに円形と矢印を組み合わせた記号が書かれていたのだ。動揺した僕はすぐに部屋に入ると、施錠して居間の中央にうずくまってしまった。
ふと気付くと、サッシの窓の外から点滅する光が射し、低い機械音が聞こえた。
テーブルの上の携帯の着信音が鳴っていた。表示は名村だったが、僕は応対する気力もなくなっていた。
しばらくすると、ドアがノックされた。南沢、開けてくれ、という名村の声が聞こえた。ノックの音は途切れることなく、室内に響いた。
それから数時間は不思議なことに僕の記憶はなく、いつの間にか夜が明けていた。
カーテンを開けた。サッシの窓の外には住宅街の風景が拡がっているはずだった。しかし、明け方の空を埋め尽くしているのは、びっしりと空に浮遊している円盤の編隊だった。
プロキシマ・ケンタウリの侵攻の最初の朝だった。




