真実の愛は素晴らしい
途中で視点がレヴィアス→ビアンカと切り替わります。
「……旦那様、このことは奥様にもお伝えしますか?」
「いや、妊娠中の妻にいらぬ負担を与えたくない。僕が対処するよ」
昼間に会った妻の元夫、カミーユ・アルシア公爵子息を捕縛したとの知らせを受けた僕は寝ている妻を起こさぬようそっと寝台から出た。
どうやら門番が追い返そうとした途端に激高し、そのまま無理矢理侵入しようとしたらしい。
従僕に案内され向かった先には縄で体を縛られたアルシア公爵子息が地面に転がっていた。
そしてその傍らには物凄い目でその男を睨むジェニーがいる。
「あ、旦那様! このキモいおっさん海に捨ててきていいですか!? こんな夜中に他人の家を訪ねるとか正気とは思えません! というか近所迷惑です!」
ジェニーの物言いは公爵家の人間に対してだいぶ不敬だが、言っていることは正論だ。
こんな夜中に馬で人の邸に来るなんて非常識だし、周囲にも迷惑でしかない。
「ジェニー、気持ちは分かるが貴族にそれをやったらマズい。それより街の警備兵に不法侵入者として引き渡してしまった方が早いな」
「えー……そうですか……「おい、お前! 早くこの縄を解け!」」
無様に転がっている男が僕を見るなり居丈高に叫ぶ。
すると発言を遮られたジェニーが射殺すような視線を男に向けた。
「なんです? 人の邸に不法侵入しようとして偉そうに!」
あれだけ偉そうな態度をとっていた男はジェニーのやけに迫力のある視線に硬直した。
温室育ちの貴族にとっては彼女の暗殺者もかくやという目力は恐怖でしかないだろうな。
「き、貴様……不敬だぞ……」
「あぁん!? お前、自分の立場分かってんのかよ……? 今すぐ岩抱かせて海に投げたっていいんだぞ?」
どこの破落戸かと言わんばかりのジェニーの凄みに男は小さく「ヒッ」と悲鳴を上げた。
うん、怖いだろうよ。蝶よ花よと育てられた貴族がこんな凄まれることはないからな。
「ジェニー、貴族の子息を始末することは色々マズい。さっさと警備兵経由で家に連絡を入れてもらった方がいい」
「ええ……? はあ……旦那様がそう仰るなら……」
渋々といった様子でジェニーは門番の一人に警備兵の詰め所へ行くよう指示を出す。
気持ちとしては僕だって妻を傷つけたこの男に制裁を与えたい。
だが平民が貴族に手を出すのは色々と面倒だ。
縛って転がす分には正当防衛になるだろうが、始末してしまっては罪に問われる。
「くっ……お前達、この私を誰だと……」
「誰って、人の妻に言い寄ってくる未練がましい元夫ですよね?」
僕がそう言うと彼は悔しそうにこちらを睨みつけてきた。
「……ちょっとした行き違いで離婚しただけだ!」
「行き違い、ね……。王女を妻に迎えたいからビアンカを追い出したことの何が行き違いなんだか……」
「なっ……! 貴様、どうしてそれを……!?」
「妻から全部聞いておりますよ。それに貴方が王女一筋で結婚を拒否していたことは社交界で有名でしたからね。世代が違う僕ですら知っておりましたよ」
「社交界だと……? お前、貴族なのか?」
「ええ、元、ね。ビアンカがまさかある意味で有名な貴方に嫁いでいたとは……。それはそうと、ビアンカのような才色兼備を捨ててまで欲した王女と結ばれるんだから、もっと喜んだらいかがです?」
「廃嫡されるのに喜べるわけないだろう!? リリアーヌだって廃嫡された私と貧乏暮らしをするくらいならそのまま王宮で暮らしてもらった方が幸せなはずだ!」
「んん……? 王女との結婚は諦めたということですか?」
なんだかこの男の言っていることは支離滅裂だな。
そもそも結婚は王命で決められてしまったのだから、お前が嫌でも止めることなんて出来ないだろうよ。
「……仕方ないだろう。まさか廃嫡されるなんて思ってなかった……。それにリリアーヌは変わってしまった! もう私の愛する彼女じゃない……!」
当主の決めた結婚相手を勝手に追い出しておいて、どうして廃嫡されないと思ったんだ?
だがそれを言っても無駄な気がするし黙っておくか。
それよりも阿呆みたいに愛していた王女に対して心変わりか?
いったい何があった?
「はあ……王女が変わったとは?」
「私が愛したリリアーヌは虫も殺せぬ優しくか弱い女性だったんだ……。なのに、今はどうだ? 隣国で妊婦を毒殺するような悪女へと変わってしまった! それに、その時飲んでしまった毒の影響で日に日に醜くなってゆく……そんな女を妻として愛せるわけがない!」
つまり王女の性根が実は恐ろしく、しかもどんどん外見がブスになっていくから嫌になったと?
呆れた言い訳だな……。
「それなのに久しぶりに会ったビアンカの姿ときたら……益々美しくなり色香も増し、以前よりもずっと魅力的になっていた! それで思ったのだよ、私が本当に愛するのは彼女なのだと……!」
こいつ、人の妻に対して何気持ち悪いこと言ってんの?
ビアンカの言った通り頭に満開の花畑が咲いているんだろうな……。
「……貴方が妻を愛するのは勝手ですが、妻が愛しているのは僕ですよ? だからその愛は無駄でしかありませんね」
「なっ……若造が! ちょっと容姿がいいからといって調子に乗るな! どうせその顔で彼女を誑かしたんだろう!? それで愛されているだなんて自惚れもいいところだ! だいたいこの屋敷だって我が家が支払った慰謝料で購入したものなんだぞ? なら私にだって住む権利があるはずだろう!?」
こいつ何言ってんの……?
え? どうしてここにお前が住むような話に飛躍するの?
こいつの思考が意味不明だ……。
一年とはいえこんな奴の妻をやっていたビアンカは相当苦労したんだろうな……。
「あー……色々言いたいことはありますけど、まずこの邸は慰謝料で購入したものじゃありませんよ? 最初は小さな一軒屋だったんですが、妻の父君が結婚祝いに改修してくれてここまでの広さになったんです。あ、ちなみに慰謝料はもうありませんよ? 僕を買うのに全部使ってしまいましたからね」
「は? お前を買う……? どういう意味だ!?」
「僕は元男娼です、それでビアンカが身請けしてくれたんですよ。僕がいた店は高級店ですからね。そこまで上位の方にいなかった僕でも身請けには相当な金額を使います。彼女は大金はたいてまで僕を欲してくれたというわけですよ。……分かります? 彼女がそれだけ僕を愛してくれている証拠ですよ?」
「だっ……男娼だと!? なんて汚らわしい……! そんな穢れた体でビアンカの夫になるなんて……」
「ええ、彼女はそんな汚れた僕でも受け入れて愛してくれますよ? ちょっと過去に汚点があるくらいで心変わりする貴方とは違ってね……」
僕の言葉に一瞬俯くも、すぐに顔をあげてまた意味不明な言葉を吐いた。
「ビアンカは……本当はお前みたいな汚れた男よりも高貴な私の方がいいはずだ! そうだ……きっと嫌なはずだ……! お前のような男娼に触れられるのは……」
「いいえ? 妻は毎晩喜んで床を共にしてくれますよ? それに『愛している』や『大好き』という言葉も毎日かかさず伝えてくれます。……貴方は彼女と床を共にしたことは? 愛の言葉を囁かれたことはありますか?」
ないだろうな。お前とは白い結婚だったと聞いてるし、実際彼女は処女だった。
それに、お前のことも気持ち悪い男だった言っていたしな。
「そ……それは……。私が初夜にビアンカを抱かないと宣言したから……」
「初夜に花嫁に向かってそんな宣言した時点で無理ですね。そんなこと言われて傷つかない女性がいます? そして自分を傷つけた男を愛せます? 無理でしょうね」
傷ついた顔でこちらを見るが今更だ。
なによりビアンカから直接「気持ち悪い」と言われたはずなのに、どうして自分が選ばれるなんて思うのだろう?
本当に理解不能な思考をしているな……。
「それでも……やり直したい。公爵になれないのならせめてビアンカと慎ましく暮らしたいんだ……」
せめて? 自分からビアンカを裏切っておいて、なに図々しいこと言っているんだ!?
「……貴方にはもう何を言っても届きそうにない。無駄な会話はここまでにしましょう。ちょうど警備兵も到着したようですしね……」
警備兵の制服を身に着けた数人の男が門をくぐりこちらに向かって来るのが見えた。
ビアンカを傷つけたこの男に一言文句を言いたくて話をしたのだが、予想を超えて頭のおかしい奴だったな。これ以上会話していると頭がおかしくなりそうだ。廃嫡されて当然だろうこんな奴。
いまだに煩く喚く男に警備兵が猿轡を噛ませて担いでいった。
「旦那様~、あのおっさんまたここに来るんじゃないですか……?」
警備兵を見送ったジェニーが僕の元に来て嫌そうな顔で呟く。
相当あの男が嫌いなんだろうな。その気持ちは分かる。
「いや、おそらくもうここには来ないだろう」
人の屋敷に侵入しようとして警備兵に連行されたなんて貴族にとって醜聞でしかない。
しかも相手は高位貴族のアルシア公爵家だ。当主がこれ以上あの男を野放しにするとは思えない。
僕の言葉にジェニーは「それならいいですけど……」と返し、屋敷の方を一瞥した。
彼女はあの男が妊娠中のビアンカに危害を加えないかが心配なのだろう。
口は悪いが主人想いの優しい子だ。
「ああ、大丈夫だ。それにもし来てもまた僕が相手をするよ。ビアンカにはもう二度と会わせないから安心していい。さあ、屋敷に戻ろうか」
早く戻り、愛しい妻の寝顔を見て心を落ち着かせたい。
僕は釈然としない様子のジェニーを促し、屋敷へと足を向けた。
*
「あら……? これって……」
すっかり大きくなったお腹を撫で、椅子に座り大衆紙を読んでいると、ある記事が目に入りました。
『アルシア公爵子息、リリアーヌ王女に刺されて重傷』
「紅薔薇の館にてアルシア卿と鉢合わせたリリアーヌ王女が激高し、持っていた短剣で滅多刺しに……? まあ……!?」
あまりにも衝撃的な事件にわたくしは驚愕し、大衆紙を持ったまま震えてしまいました。
するとそんな私を心配したレヴィアス様が慌てて傍へと駆け寄ってくれたのです。
「どうしたビアンカ! 何かあったのか!?」
「レヴィアス様……! これ、この記事……!」
震える手でレヴィアス様に大衆紙を渡し、件の記事を見せると彼は「ああ……」と呟きました。
「紅薔薇の館……か。娼館での刃傷沙汰はよくあることだよ。ただ、それを起こしたのが公爵家の人間と王女だったからこうやって記事にまでなったんだろうな」
「……娼館? この紅薔薇の館とは娼館の名称なのですか?」
「ああ、僕が元いた店から少し離れた場所にある中流階級向けの娼館だよ。アルシア卿は王女という最愛がいながら娼婦を買いに行ったんだろうね」
「まあ……! あれほど真実の愛だと謳っておりましたのに……。ひどい心変わりですわ!」
わたくしを追い出すほどリリアーヌ王女殿下を愛していながら簡単に娼婦に手を出すなんて……。
元々好感度はマイナスでしたけど、さらに見損ないましたわ!
そういえばわたくしを正妻にして王女殿下を第二夫人に、と気持ち悪い提案をしてきたこともありましたね。
あの辺りから王女殿下への気持ちが薄れていたのかしら……?
その程度で薄れるようなものを真実の愛と呼べるのでしょうか?
「所詮その程度の愛だったんだろう。中身はおろか外見も醜くなったらもう愛せない程度のね」
外見?
王女殿下の性根が悪いというのは元夫から聞きましたけど、外見も醜くなったとはどういうことでしょう?
「外見も、とは?」
「アルシア卿が言っていたんだが、王女は毒の影響で外見が日に日に醜くなっているそうだよ」
「毒の影響? ……王女殿下はすぐに解毒薬を飲んだのでは?」
毒についての知識はある程度習っております。
少なくてもわたくしが知る限りの毒はすぐに解毒薬を飲めば後遺症はないものがほとんど。
それとも、わたくしが知らない王家所有の秘毒があるのかしら?
「これはあくまで僕の想像なんだが、容姿の衰えに毒は関係ないと思うよ。 王女は単に手入れされていないだけじゃないかな?」
「え? どういうことです?」
手入れされていないって……。それは……身だしなみを整えられていないということですか?
「実はさ、あまり公にされていないけど国王陛下って割と金に汚いんだよね……。ほら、昔さ、僕の家が大公家に慰謝料請求された時、何故か王家がしゃしゃり出てきて、王命まで出しただろう? あれって王命出す代わりに慰謝料の何割かを王家が貰ったらしいんだよ」
「えっ……! そんなことが……!?」
今思えば、確かにあれは不思議でした。
いかに大公殿下が王族といえども、あくまであの件は大公家とターナー家との間での出来事。
貴族間の出来事に王家が介入することは滅多にありません。それがまさかお金欲しさにしたことだとは……。
「王家って割と貧乏だからね。でさ、そんな金に汚い国王陛下が出戻りの王女に金を使うと思う? 多分必要最低限しか使わないと思うよ。少なくとも身だしなみを整えるための資金はないだろうね。髪も肌も磨かないと衰える一方だし、皺も出来る。でも世話されて当然の王女やアルシア卿はそんなの知らないから勝手に毒のせいにしているんじゃないか?」
「それは……確かにそうかもしれませんね」
考えの足りないあの人らしいわ。
それにあの……被害者意識が強く自分の理想と違うと勝手に悲観する性格は、お変わりないのね……。
「あら……? そういえばさっきアルシア卿から聞いたと言っていたけど、レヴィアス様はいつあの人と会ったの?」
レヴィアス様が私と一緒に元夫と対面したときは王女の外見には触れていなかったはず。
いつそんな話を聞いたのかしら?
「ああ、君に心労をかけたくなくて黙っていたんだけど、あの後、一度だけ屋敷に来たんだよ。そこで王女の外見云々について話したんだ。聞いていて不愉快だったけどね。……真実の愛を語るなら、相手の外見がどう変わろうが愛し続けるのが道理じゃないかと僕は思うからさ」
「……レヴィアス様は、わたくしの外見が変わってしまっても愛してくださるの?」
年をとれば容姿は衰えてしまいます。それは人間であればある程度仕方のないこと。
でもそれでレヴィアス様から愛されなくなったら……と考えるととても恐ろしいです。
「そんなの当然じゃないか。いくら容姿が変わろうと愛しい人であることに変わりはないもの。君の外見はもちろん美しいが、何より好きなのは僕を一途に愛して大切にしてくれるところだ。ビアンカは僕が年をとって髪も薄くなり皺も出来たら嫌いになるかい?」
「いいえ、わたくしもレヴィアス様の外見がどんなに変わろうとずっと愛しておりますわ。貴方を嫌いになることなど有り得ません」
どんなに離れてもずっと忘れられなかったほど愛した御方。
そこまで愛しい貴方のことを、外見が変わったくらいでどうして嫌いになどなれましょうか。
元夫もそれくらい王女殿下のことを一途に愛してほしかったです。
周囲にどれだけ蔑まれようと王女殿下へ変わらぬ愛を捧げていたのに、中身や外見が変わったくらいで潰えてしまう程度のものだったのですね。あの人が語った『真実の愛』というのは……。
ですが、その『真実の愛』によってわたくしは本当に愛する方と幸せになれました。
元夫の『真実の愛』に対して私は「貴方がた以外に何の利益ももたらさない」と言いましたけど、撤回させていただきましょう。
だって、結果的にわたくしにだけ利益をもたらしましたのですから。
「ああ……真実の愛とは素晴らしいものだったですのね……」
わたくしの小さな呟きは、誰にも聞こえないまま風に消えていきました。
ここまでお読みいただきありがとうございました!




