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第1話 田中太郎、シンバ・キャモンになる。

気がつくと、俺は真っ白な空間に立っていた。


 最後に覚えているのは、仕事帰りのコンビニの自動ドアに挟まれたところまでだ。

 そのまま何かすごいことになった気がする。


 見渡す限りの果てしない白。

 手抜き作画みたいな空間に、俺と目の前の女神だけがいた。


 長い銀髪に、透き通るような白い肌。

 光る羽衣を纏って、やたら神々しい立ち姿。

 あと、背後にふわっと浮いている輪っか。


 完全に女神である。


「田中太郎さん」

「はい!本名です」


 女神は一瞬黙った。

 何コイツって顔だったのを俺は忘れない。


「……疑ってませんよ?」

「あ、すいません。つい癖で」


 女神は優しく微笑んだ。


「あなたは、先ほど命を落としました」

「あ、やっぱり?」

「えぇ、しっかりと」

 言ってることとその笑顔のアンバランスがエグい。


「死因ってなんですか?」

「……聞きたいですか?」


 女神の目が曇っている。


「あ、もしや、しょうもないヤツ?」


 女神は咳払いをした。


「田中太郎さん。あなたには、異世界へ転生していただきます」


「キタッ!異世界!」


 俺は食い気味に身を乗り出した。

 死んだ直後の人間にしては、かなり前向きだったと思う。


「剣と魔法のワンダーランド的な?」

「はい」

「ドラゴンとか?」

「います」

「スライムも?」

「います」

「ギルドは?」

「あります」


 女神の返答は滑らかだった。

 たぶん、このあたりは転生者からよく聞かれるのだろう。

 マニュアル対応に近い安定感がある。

 オートマティカルだ。


「エルフは?」

「います」


 ここまで来ると、俺の質問は世界観の確認ではなく、欲望の棚卸しになっていた。


 そして最後の質問。

 異世界行くなら、これだけはしっかりと聞かねばならない。


「ネコ耳は?」


 即答オートマティカル女神が少し処理落ちした。


「……います」


「っしゃ!行きます」

 俺は拳を握った。


「け、決断が早いですね」

「ネコ耳がいるなら行きます」

「世界の危機もありますが」

「あ、そっすか。じゃ、ついでに救います」

「……つ、ついで」


 世界の危機なんぞ、ネコ耳の有無と比べたら問題にもならない。

 語尾が『にゃん』または『にゃ』だった日には、それだけで俺の勝ちだ。


 女神は遠い目をしていた。

 俺は胸を高鳴らせた。


 田中太郎として終わった俺の人生。

 だが、次の人生は違う。


 俺は異世界で勇者になり、伝説になる。

 そして、俺の名が異世界の歴史に刻まれるのだ。


「それで、女神様」

「はい」

「転生後の俺の名前って、自分で決められるんすか?」


 女神はにっこり笑った。


「いいえ。もう決まっています」

「……決まってるんだ」

「はい。魂の性質、前世の因果、来世で担う役割。それらを総合して、最もふさわしい名が与えられます」

「おお……!」

 なんかすごい。

 めちゃくちゃすごい。

 神に授かりし、俺専用の名前ということだ。


 女神は厳かな声で告げた。


「あなたの新たな名は――」


 白い空間に、神聖な光が満ちる。

 俺は息を飲んだ。


「シンバ・キャモンです」



「シンバ……、キャモン。カ……、カッケェ……!」


 その響きに俺は震えた。

 黒いマントと伝説の剣と、決めポーズのカッコいい俺が確かにそこにいた。


 俺の中で何かが弾けた。


「シンバ・キャモン!? なにそれ、めちゃくちゃ強そう! 完全に主人公じゃん! 田中太郎からシンバ・キャモン!? 出世感がすごい!」


「あ、あの、田中太郎さん?」

 女神は何か言いたげだったが、新たな名に俺は胸を張った。


「もう田中太郎じゃないっす。シンバ・キャモンっす!」


『田中太郎』


 小学校の名簿では、先生に二度見され、中学校では、初対面のやつに「え、本名?」と聞かれ、

 就活の際には、履歴書の書き方例に自分の名前を見つけて、軽く魂が抜けた。


 親に一度だけ由来を聞いたことがある。

 答えは「覚えやすく」「間違えにくい」だった。


 愛はあった。……たぶん。

 だが、方向性は完全に市役所の『書き方例』だった。


 しかし、それも今日で終わり。


 異世界。

 剣と魔法。

 ドラゴン。

 ギルド。

 エルフ。


 そしてネコ耳。


 俺のセカンドライフ、最高すぎる予感しかしない。


「ありがとーッ!異世界転生、ありがとーッ!自動ドアーッ!」

 ありったけの感謝を俺は叫んだ。


「……き、気に入っていただけたなら、何よりです」

 女神は口元を引きつらせながら微笑んでいた。


「最高っすよ。俺、ついに書き方例を卒業したんすね」


「そういう感動の仕方をされた方は初めてです」


「いや、女神様にはわからないかもしれないですけど、田中太郎って名前、マジで大変なんですって。何か登録するたびに、向こうが疑うんすよ?『本当にこれで合ってますか?』って。合ってるつーの。そんな日常に俺が一番びっくりしますよ」


「で、でしょうね」


「でも、これからは違う!」

 俺は天を仰いだ。


「うおぉぉ!! 俺はシンバ・キャモンだぁ!」


 俺は拳を天高く突き上げた。


 女神は小さく拍手した。

 なぜか、とても目がやさしかった。

 

 哀れみの方向に。


「それでは、シンバ・キャモンさん」

「はい!」

「あなたに一つ、特殊な加護を授けます」

「トクシュナカゴ……。うおおお、チートっすか!?」


 自然と脚が一歩前に出た。


「い、言い方は軽いですが……、まあ、そうです」


「よっしゃ!」

 俺はガッツポーズをした。

 異世界転生&新しい名前。

 そして、チート能力。


 完璧だ、完璧すぎる。

 現状足りないのはネコ耳だけだ。


 女神は両手を広げた。

 光が集まり、俺の胸に吸い込まれていく。

 熱い。

 だが嫌な熱さではない。

 胸の奥に、何かが宿る感覚。


「キタキタキタァ!チート実装ゥッ!」

 俺は両手を広げ、天を仰いだ。


 ――が、肝心な事を聞くのを忘れていた。


「……ちなみに、どんな能力っすか?」


「あなたに授ける加護は――」


 変な間があった。


「《空気を読まない者》です」


「……」


「……」


 沈黙。

 白い空間に、沈黙が落ちた。


「え? 悪口っすか?」

「違います」


 即答。

 あ、今、目を逸らした。


「親戚のおばちゃんに言われたこと確かにあるけど」

「神聖なるスキルです」

「……弱そう」

「いえ、そんなことはありません……ブフッ」


 女神が下を向いた。

 今、最後ちょっと吹いたよね。


「名前が弱そうっす」

「効果は強力です」


 即答する女神は真顔だった。肩は震えていたけど。


「どんな効果なんすか?」


「精神干渉、威圧、恐怖、魅了、呪い、支配、神託、洗脳などを、だいたい無効化します」

 女神が今日一番自信ありげな笑顔で答えた。


「……だいたい」


「内容はめちゃくちゃ強いですよ」


 優しい微笑みがどうも信用できない。


「でも名前がなぁ……、《空気を読まない者》かぁ」

「はい、《空気を読まない者》です」

「もうちょっとこう、《混沌を切り裂く勇者》とか」

「切り裂きません」

「《神殺しの覇王》とか」

「殺しません」

「《漆黒のなんとか》とか」

「あなたの魂に合いません」


 俺は腕組みをして、しばらく考えた。


「……俺の魂、空気読まないんだ」

「はい、それはもう」


 女神はまっすぐ俺を見た。


「どのくらいっすか?……かなり?」

「はい。かなり」


 少し傷ついた。


 まあいい。

 内容は普通に強い。

 名前はダサいが、効果は強い。

 つまり、俺と同じだ。


「わかりました。ありがたく受け取ります」

「では、最後に注意事項です」

「はい」

「異世界では、あなたの行動が多くの人々に影響を与えます。決して軽率に動かず、慎重に判断し、周囲の声に耳を傾け――」


 そのとき、俺の足元に魔法陣が浮かんだ。

 光が強くなる。

 女神の声が遠くなる。


「ちょ、まだ説明の途中――」

「あ、あ、女神様!女神様ッ!」

「は、はいッ!」

「――ネコ耳ってぇ、どの辺にいます!?」

「そこですか!?」

「重要っす!」

「南の――いえ、まずは王都で――」


 言い終わる前に、俺の体は光に包まれた。


 視界が白く染まる。

 意識が浮き上がる。

 最後に聞こえた女神の声は、


「最後までちゃんと聞いてよ、これだから――」

 だった。


 たぶん「空気読まないって言われるんだよー」と続くのだろう。


 任せろ、女神様。

 空気読めなくても、世界はちゃんと救うから。


 たぶん。


 ネコ耳を見つけたあとで。



 そして、俺は転移した。



「シンバ・キャモン……。ま、本人が満足してるならいっか」

 騒がしいシンバが去った後の真っ白な世界に女神の独り言が響いた。


 なお、この名前が現地でどう聞こえるのかを知るのは、今から三分後のことである。

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