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蓮の檻  作者: echo
1章

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14話

アゼルの自宅から閉め出された俺たちは、いったん近くの広場にある石のベンチに腰を下ろした。少し落ち着いて今後の方針を話し合うためだ。


 ルフィリアは厳しい表情で、閉ざされたアゼル宅の方向を振り返った。その瞳には、救護対象であるはずの家族に向けられた、疑念と危惧が入り混じっている。


「このルシェラの町に住んでいる魔族はおそらくリュミだけです。魔法が使われたとなれば、本来なら真っ先に彼女が疑われる事態ですが、今まで行動を共にしてきてその可能性はないと判断できます。」


「どこかで、アゼルの家族が魔族と接触した可能性が高いってことか」

ルフィリアは頷く

「なぁー魔法は魔力があれば使えるんだろ。魔族以外に、確かエルフも使えるとかいってなかったか?」


 俺の問いに、ルフィリアは思案するように顎に手を当てた。


「エルフの可能性もゼロではありませんが、彼らが主に扱うのは植物や自然に関する魔法です。今回のような、ものは専門外でしょう。やはり、線が太いのは魔族。まずは、アゼルさんの家族の動向と、外部からの接触者を洗う必要があります」


 ルフィリアは決然と立ち上がった。その背中には、背負う者の覚悟が宿っている。


「そこで私は出入国の履歴を調べます。」


彼女は一度、俺たちの顔を順番に見据えた。


「出入国の管理は憲兵が行っていますから、私はこれから詰め所へ向かいます。不審な入国者がいなかったか、前法期までの記録をすべて借り受け、屋敷で精査します。ただ……」


 そこでルフィリアは言葉を切り、少し申し訳なさそうに俺を見た。


「膨大な記録を遡ることになります。私がその精査にかかりきりになれば、小林さんたちと一緒に現場を回ることができなくなってしまいます。」


「気にするな。事務作業はルフィリアにしかできないことだろ。現場の方は、俺とリュミでなんとかしてみるよ」


 俺の言葉に、ルフィリアは少しだけ表情を和らげ、思い至ったように顔を上げた。


「ロロアにお願いしましょう。彼女なら小林さんとも面識がありますし、私が動けない間の助けになってくれるはずです」


 方針が決まると、俺たちはすぐにベンチを立ち、ロロアが住んでいる屋敷へと向かった。


 メイドの案内で執務室へと向かう。扉が開くと、窓際の机で退屈そうにペンを回していたロロアが顔を上げた。


「おー、るーちゃんじゃん! わざわざアタシの家まで来るなんて珍しいね~。……あ、小林も久しぶり。あと、その子は」


「ひさしぶり。それと、こっちはリュミだ。」


「リュミです。よろしくお願いします」


 リュミが緊張気味に挨拶すると、ロロアは視線を下げてリュミをじっと見つめた。

「へぇ、リュミちゃんね。よろしく。で、本題は? るーちゃんがこんな連れ立って来るなんて、普通じゃないでしょ」


 ルフィリアが、アゼルという男が失踪したこと、そして残された家族の不自然な様子について話し始めた。


「現実崩壊症……ね」


 ロロアはポツリと、その病名を口にした。ルフィリアはまだそこまで断定していなかったが、ロロアの瞳は、まるでその先に待っている結末を見透かしているかのように暗く沈んでいる。


「悪いけど、パス。アタシ、その手の話は嫌いなんだ。」


 その声には、冷ややかさよりも深い拒絶と、自分自身を突き放すような苦しさが混じっていた。ルフィリアはロロアのその表情の意味を知っているのか、痛みを堪えるような顔で、それでも真っ直ぐに訴えた。


「そこを、何とかお願いします。ロロア。あなたが必要なのです」


 長い沈黙が流れる。ロロアは椅子を乱暴に鳴らして立ち上がると、窓の外へ背を向けた。


「はぁ。もう、るーちゃんはズルいなぁ。そんな顔されたら、断りづらいじゃん」


 ロロアは一度深く息を吐き、振り返った。そこには、無理やり貼り付けたような、いつもの歪で明るい笑みがあった。


「分かったよ。渋々、本当に渋々だからね。小林、リュミちゃん。アタシはあんまり乗り気じゃないから、そこんとこよろしくね!」



 「ありがとうございます、それでは、私は憲兵の詰め所へ向かい、記録を借り受けてきます。……ロロア、小林さんたちを頼みますね」


 ルフィリアは何度も振り返り、心配そうな視線をこちらに投げかけながら、大通りを足早に去っていった。その背中が見えなくなると、隣を歩くロロアが低く、吐き捨てるようにこぼした。


「るーちゃんも、お人好しだよねぇ。」


 ロロアの横顔は、屋敷にいた時よりもさらに冷めて見えた。だが、俺と目が合った瞬間、パチンとスイッチを切り替えたように、いつもの無理に作ったような明るい笑顔を貼り付ける。


「さてと! 小林、リュミちゃん。アタシたちの仕事だけど……さっき聞いた感じだと、もう一度アゼルの家に行っても追い返されるのがオチだよね。正直、まともに話ができる状態じゃないし」


 ロロアは指先でトントンと顎を叩きながら、淡々と提案した。


「だからまずは、近所の人とか、あの家族がよく買い物に行ってそうな店を回って聞き込みをしよ。外から固めていく方が効率いいしさ」


 彼女は軽やかな足取りで歩き出し、アゼル宅の隣にある家の呼び鈴を迷わず鳴らした。


「おっはよーございまーす! ちょっとお話いいかな?」


 さっきまでの暗い雰囲気はどこへやら、ロロアは満面の笑みで「亜神」としての光を振りまく。そのあまりに鮮やかな切り替えに、俺とリュミは顔を見合わせた。


「あら、ロロア様! 珍しい、こんなところまでいらして」


「ちょっと調べ物しててさ。ねえ、お隣のアゼルさんの家、最近どう? ほら、ちょっとしたことでもいいんだけどさ」


 ロロアの明るい、けれど一切の隙を与えない問いかけに、隣家の住人は少し困ったように眉を寄せた。


「……そういえば、ここ一週間くらい、あそこの奥さんもお子さんも、外に出るのをパッタリ見なくなりましたね。窓もずっと閉め切ったままで……」


「洗濯物とかも、出してない感じ?」


「ええ。夜になると部屋の明かりはついてるんですけど、外で見かけることが全然なくて。なんだか、ずっとこもってるみたいなんです」


 ロロアは「ふーん」と相槌を打ちながら、笑顔を保ったまま話を聞いている。


「情報サンキュー! 助かったよ、神カゴ~~~!」


 ロロアは軽やかに手を振って住人のもとを離れると、俺たちの前まで戻ってきた。その瞬間、貼り付けたような笑顔がふっと消える。


「窓は閉め切り、外出もなし。どこの家も、最近のあの一家を見てないか」


「ねえ、小林さん。ずっとお家にいて、お外に出ないでお腹空かないのかな?」


 リュミが不安そうに俺の服の裾を引いた。子供らしい素朴な疑問だが、確かに商店の並ぶこの通りで、一週間も食料を買う姿が見られないのは不自然だ。


「そうだね。何か備蓄でもあるのか、それとも……」


「さあね。お腹が空くっていう感覚さえ、もう忘れてるのかもよ」


 ロロアはリュミの問いに視線を合わせず、突き放すように言って歩き出した。


 それから俺たちは、アゼルの家族がよく利用していたという近くの商店へと向かった。  店に入ると、ロロアは再び「亜神」の顔を作り、明るい声を上げる。


「おじさん、おっはよー! ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


「おお、ロロア様か! 何だい?」


 店主は手を止め、愛想よく応じる。ロロアは世間話のついでといった体で、アゼルの家族について切り出した。


「最近、ここら辺のアゼルさんの奥さん、店に来たりした? いつも買い物に来てたでしょ」


 すると、店主は少し意外そうな顔をして、思い出したように頷いた。


「ああ、アゼルさんの奥さんなら三日ほど前に来たよ。ただ、いつも買っていく野菜やパンには目もくれず、お香を棚にある分だけ全部、ごっそり買っていかれたんだ」


「……お香を、全部?」



「そうなんだよ。そんなに一度に使い切れる量じゃないはずなんだが。結局、店にあったお香を全部袋に詰めて持ち帰っていったよ。それ以来、姿は見ないねぇ」



「あはは、おじさんサンキュー! 助かったよ、神カゴ~~~!」


 店を出た瞬間、ロロアの表情から一切の光が消えた。  彼女はアゼル宅がある方角を、冷ややかな目で見据えたまま動かない。


「お香を大量に……。一体、何のためにそんなものを?」


 俺が首を傾げても、ロロアは答えなかった。自分の腕を強くさすりながら、不快そうに鼻を鳴らす。

生活必需品を差し置いてまで、必死に「お香」を求めた奥さん。それが何を意味するのか、窓を閉ざしたあの家の中で、何かが異様な速度で変質していることだけは、肌に刺さるような予感として伝わってきた。

 

 一通りの聞き込みを終えた俺たちは、ルフィリアの屋敷へと向かっていた。 傾き始めた陽光が石畳を赤く染め、長く伸びた俺たちの影が歩調に合わせて揺れている。ロロアは先ほどまでの賑やかな振る舞いを止め、視線を足元に落としたまま、静かに前を歩いていた。


 その背中からは、先ほどまでの「亜神」としての覇気が感じられない。どこか遠くを見つめているような、ひどく暗い気配が漂っていた。


「……ロロア? 何かあったのか、急に黙り込んで」


 俺が声をかけると、彼女は一瞬だけ足を止め、それからゆっくりと振り返った。夕闇が混じり始めた光の中で、彼女の瞳はひどく冷えて見えた。


「……別に。ちょっと昔のことを思い出してただけ」


「昔のこと?」


 ロロアは自嘲気味に口角を上げたが、それは笑みと呼ぶにはあまりに歪なものだった。彼女は自分の手首を無意識に、皮膚が赤くなるほど強く握りしめる。


「アタシさ、前も言ったけど、この病気が嫌いなんだよね」


 ポツリと、独り言のように彼女は零した。


「ほんと、、、嫌い」


 その言葉に含まれた重みに、俺は返すべき言葉を見つけられなかった。  彼女はそれ以上何も語らず、自分の中に広がりかけた静寂を振り払うように、乱暴に頭を振った。


「あーあ! 忘れて。今のはアタシの独り言。ほら、さっさと戻るよ! るーちゃんが山のような書類を抱えて待ってるんだから」


 彼女は再び歩き出したが、その背中は、明るい仮面の奥で燃え続ける自己嫌悪を必死に隠しているように見えた。隣を歩くリュミは、ロロアから漏れ出た一瞬の「影」に何かを感じ取ったのか、不安そうに俺の服の端をぎゅっと掴み直していた。


 ロロアがなぜ、ことさら明るく振る舞い、無理をしてまでこの事態を早く終わらせようとしているのか。その理由の片鱗に触れた気がして、俺は何も言えず、ただ彼女の背中を追ってルフィリアの屋敷へと道を急いだ。

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