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蓮の檻  作者: echo
1章

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10/18

9話

作ってるときは大丈夫だと確認して出してるんですけど見直すと情景描写がくどいんですよね

ストックを含め添削し直します

3日くらいだけ投稿遅れるかもです

すみません。

とりあえず本日分です


 そしてまた翌日

 朝の空はどこか重たく、雲が低く垂れ込めていた。風は冷たく、街の屋根瓦をなでるように吹き抜けていく。石畳に残る夜露が、足元でかすかに光を反射していた。


 アゼルの調査を始めて二日目。まだこれと言って何の成果も得られていない。  今日、ルフィリアとともに向かったのは、街の南端にある小さな医院だった。木と石で組まれた建物は、通りから少し奥まった場所にあり、軒先には乾かされた薬草の束が吊るされている。扉の前に立つと、ルフィリアが軽くノックした。


「どうぞ、お入りなさい」


 中から返ってきたのは、落ち着いた男の声だった。扉を開けると、薬草と古い紙の匂いが鼻をかすめた。棚には瓶や巻物が整然と並び、奥の机には羊皮紙が広げられている。その机の向こうに座っていたのは、白髪混じりの医術師だった。  年の頃は六十を越えているだろうか。深い皺の刻まれた顔に、鋭い眼差しが宿っている。


「ルフィリア殿。お久しぶりですな。……そちらの方は?」


 ルフィリアは一歩前に出て、穏やかに口を開いた。


「小林裕真といいます。遠くからこの町へ来て、今は私の屋敷で仕事を手伝ってもらっています。信頼できる方ですので、今回の件も共に調べております」


 医術師がこちらに視線を向ける。その目は年輪を重ねた木のように深く、静かに人を見透かすようだった。俺は少しだけ背筋を伸ばし、軽く頭を下げた。


「小林裕真っていいます。……よろしくお願いします」


 医術師は目を細めて頷いた。


「うむ。私はエレンという。どうぞ、お掛けなさい」


 俺たちが椅子に腰を下ろすと、奥の棚の陰から、小さな影が音もなく現れた。少女だった。年の頃は十にも満たないように見える。白い上衣の袖をまくり、手には木盆を抱えている。その上には、湯気の立つ陶器の杯が二つ、丁寧に並べられていた。  彼女は何も言わず、静かに俺たちの前に杯を置くと、また音もなく引き下がった。その動きには無駄がなく、年齢に似合わぬ落ち着きがあった。ただの手伝いとは思えないほど、所作に慣れが感じられる。


「……あの子は?」


 俺が思わず尋ねると、エレンは目を細めて答えた。


「リュミといいます。魔族の子です。もともとこの街の孤児院にいたのですが、他の子どもたちとはあまり交わらず、いつも一人でいました。ある日、ふと目に留まってね……そのとき、引き取ろうと決めたのです。それからずっと、ここで暮らしていますよ」


 リュミは暖炉のそばに戻り、静かに火の加減を見ていた。その横顔には、年齢を超えた静けさが宿っていた。  ルフィリアが記録の写しをエレンに手渡すと、彼は蝋燭の明かりの下で羊皮紙を広げ、目を通し始めた。指先で文字をなぞるように読み進めるその様子は、慎重で、静かだった。


「……ふむ。これは、かなり悪いな」


「どう見えますか?」


 俺が尋ねると、エレンは眉をひそめ、記録の一節を指で押さえた。


「食が細くなり、排泄に血が混じり、脈が乱れ、体温が落ちていた……それに、手足の冷えと反応の消失。この記録を見る限り、身体は極度に衰弱していたようです。もともと意識はなかったのでしょうが――それとは別に、何らかの病によって命の火が消えかけていたと考えられます」


 ルフィリアが静かに頷いた。その表情に、わずかな陰が差す。


「……その状態で、もしも姿を消したとしたら?」


「自力で動けたとは考えにくい。立ち上がるどころか、呼吸を保つのもやっとだったはずです。誰かが手を貸したか、あるいは……」


 エレンはそこで言葉を切り、少しだけ視線を落とした。


「……何か、我々の目に映らぬ出来事があったのかもしれません。だが、それは医術の及ぶところではない。私に言えるのは、彼の身体は限界に近づいていたということだけです」


「……ありがとうございます。とても助かりました」


 俺がそう言うと、エレンは小さく頷いた。


「役に立てたのなら、何よりです。ただ、これはあくまで記録からの見立てにすぎません。真実を知るには、まだ多くの声を集めねばなりますまい」


 リュミは暖炉のそばで静かに座ったまま、こちらを見ていた。その瞳は深く、何かを見透かすように揺れていたが、結局、何も言わなかった。ただ、ほんの少しだけ、唇が動いたように見えた。  ルフィリアが立ち上がり、深く頭を下げる。俺もそれに倣った。  そのときだった。医院の扉が、勢いよく叩かれた。


「先生っ! 先生、いますかっ!」


 声は若い男のものだった。慌てた様子で、息も荒い。  エレンが立ち上がり、扉を開けると、そこには顔色を失った青年が立っていた。手は震え、額には汗が滲んでいる。


「どうした、落ち着きなさい」


「す、すみません……! 隣の家の人が……! 倒れてて……もう、息をしてなくて……!」


「……わかった。案内してくれ」


 エレンはすぐに上衣を羽織り、棚から小さな鞄を取った。


「先生、ついて行ってもいいですか?」


 思わず声が出ていた。アゼルの件とは関係ないかもしれない。けれど、何かが引っかかっていた。エレンは足を止め、こちらを振り返る。


「先生! 俺たちも見学させてください」


「……おそらく遺体を見ることになります。慣れていない者には、あまり勧められません」


 一瞬ためらいかけたが、俺は視線を逸らさずに言った。


「それでも、行きたいです。見ておきたいんです」


 エレンはしばらく黙ったまま、ルフィリアの方へ視線を向けた。ルフィリアは一歩前に出て、静かに頭を下げた。


「私からもお願いします。どうか、同行をお許しください」


 エレンは少しだけ目を細め、俺を見つめた。やがて、静かに頷いた。


「……わかりました。だが、自己責任でお願いしますよ。途中で気分が悪くなったら、すぐに外へ出なさい」


「はい」


「リュミ、留守を頼む。火の番を忘れずにな」


「うん。気をつけて」


 少女の声は小さかったが、しっかりと届いた。エレンの背に近づき、鞄の紐を整えるその手つきは慣れていて、言葉はなくとも、何もかもを理解しているようだった。


 俺たちは医院を出て、青年の案内で路地を抜けていく。空は相変わらず曇っていたが、風が少し強くなってきていた。街の片隅に、何かが静かに崩れていくような、そんな気配があった。  やがて古びた石造りの家の前にたどり着く。扉は半開きになっており、空気が重く淀んでいる。中に入ると、すぐに鼻をつく異臭が襲ってきた。


「……っ」


 思わず息を止める。部屋の奥、床の上に、ひとりの男が倒れていた。すでに息はなく、肌は土気色に変わり、腐敗が進んでいる。窓は閉ざされ、空気の流れもない。蝿の羽音だけが、静かな部屋に響いていた。  エレンは表情を変えず、ゆっくりと近づいてしゃがみ込む。鞄から手袋を取り出し、慎重に遺体の様子を確認し始めた。


「……死後、三日は経っているな。この状態で気づかれなかったとは……」


 鼻を突く強烈な異臭に、俺は胃の奥がせり上がるのを感じた。

前の世界にいた頃、テレビの特番で孤独死や特殊清掃の現場を特集しているのを見たことはある。凄惨な現場だとは知識では知っていたつもりだった。だが、実際に目の前に転がっている「かつて人間だった塊」の生々しさは、画面越しの情報の比ではない。 こみ上げる吐き気を堪えて立っているのが精一杯だったその時、ルフィリアがそっと俺の袖を引いた。 ふと見ると、彼女の指先がわずかに震えている。俺を見つめるその瞳は、凄惨な死を前にして、亜神としての気高さよりも、一人の女性としての恐怖と不安に揺れているように見えた。あるいは、この不気味な空間に漂う、俺には分からない「何か」を伝えようとしていたのかもしれない。


 俺もまた、震える指先を隠すように拳を握り、彼女にだけ伝わるように小さく頷いた。  もう一度部屋を見渡す。そこにあるのは、間違いなく誰かが生きていた痕跡だ。それなのに、ここには決定的な何かが欠けている気がした。  死者が横たわっているという事実以上に、この空間そのものから「生命の残り火」までが根こそぎ奪い去られたような――そんな、寒気のするような空虚さだった。


 エレンは立ち上がり、手袋を外しながら、淡々と事務的な処理を進めていった。


「……一度、外へ出ましょう。少し空気を吸ったほうがいい」


 エレンの言葉に促され、俺とルフィリアは逃げるように家の外へ出た。外は相変わらずの曇り空だったが、肺に流れ込む冷たい空気だけが、今の俺たちには何よりの救いだった。俺は壁に背を預け、荒くなった呼吸を整える。ルフィリアも隣で、胸に手を当てて深く息を吐いていた。


 どれくらいそうしていただろうか。  ふと、鼻先をかすめるものがあった。先ほどまでの耐え難い腐敗臭ではない。どこか懐かしく、そして厳かな、木を焼いたような、深く重みのあるお香の香りだ。  見れば、半開きになった家の扉の隙間から、細い煙がたゆたうように漏れ出している。俺は吸い寄せられるように、再びその家の中へと歩みを進めた。


 中では、エレンが遺体の枕元で、小さな香炉に火を灯していた。青白い煙が、淀んだ部屋の隅々へと広がっていく。

 エレンは煙を見つめながら、現実的で淡々とした声を継いだ。

「死因はおそらく、かねてからの持病が悪化したものでしょう。周辺の人々に聞き込みを行いましたが、この方は長く一人で暮らしており、親族も不明とのことです。……天涯孤独の身ですから、このまま街の墓地に土葬することにしました」


 エレンは少しだけ目を伏せ、香炉の火を整えた。


「ただ、これほど腐敗が進んでいると、そのまま埋めては周囲に匂いが広がって、近隣の迷惑になりますからな。だからこそ、こうしてお香を焚き、死臭を抑える必要があるのです。……まあ、気休め程度ではありますが」


 エレンが語る「孤独死」という現実に、俺は胸が締め付けられるような思いがした。前の世界でも聞いたことのある話だ。だが、この世界でも、誰にも気づかれずにひっそりと命を終える者がいる。


「……寂しいものですね」

俺がぽつりと呟くと、エレンは香煙の向こう側で、わずかに目を細めた。  青白い煙は、部屋に染み付いた死の気配を少しずつ覆い隠していく。俺はその様子を見つめながら、ずっと気になっていたことを口にした。


「……先生、この街では、亡くなった方はこうして土に埋葬するのが一般的なんですか?」


「この地では、昔からそうなのです。土に還すことで、大地の循環に身を委ねる。それが、こちらの風習でしてな」


 俺は黙って頷いた。文化の違いに戸惑いながらも、どこか納得できるものがあった。けれど、やはり心のどこかで、火の中で静かに還っていく姿を思い浮かべてしまう。


「俺の元いた場所では、火葬が主流でした」


 静かに口を開くと、エレンは目を細めてこちらを見た。


「ほう、火葬とな。どのあたりのご出身で?」


「遠いとこで。山が多くて、冬は雪が深くて……亡くなった人は、火で弔って、煙とともに空へ還すんです。それが、魂を天に送るって考え方で」


「なるほど……」


 エレンは顎に手を当て、しばし考えるようにうなずいた。


「土に還すか、空に還すか。どちらも、命を自然へ返すという点では同じですね。ただ、その土地の風が、どちらを選ぶか……それだけの違いかもしれません」


 その言葉に、俺は少しだけ肩の力が抜けた。違いを否定するのではなく、受け入れてくれるその姿勢に、この町の人々の懐の深さを感じた気がした。  エレンはしばらく黙っていた。そして、ふと視線を落とし、静かに言葉を継いだ。ふと、気になっていたことを口にする。


「……リュミさんは、どうしてここに連れてこなかったんですか?」


 エレンは少しだけ目を細め、静かに答えた。


「……リュミを連れてこなかったのは、彼女がまだ幼いからです。死というものに、無理に触れさせるべきではない。それに――リュミは魔族です。人とは違い、見えている世界も多少異なるでしょう。我々には感じ取れぬものを、あの子は敏感に察知することがあります。だからこそ、あまり強い刺激を与えるわけにはいかないのです」


 その声は、どこか遠くを見つめるようだった。まるで、彼自身もまた、何かを思い出しているかのように。その静けさの中に、深い思慮と、言葉にできない想いが滲んでいた。  俺はその言葉を静かに受け止めた。そして、胸の奥に浮かんだひとつの考えが、ゆっくりと形を成していく。


 ――リュミなら、何かを見つけられるかもしれない。


俺たちには見えないものを、彼女なら感じ取れるかもしれない。


「……先生。実は、今回ここに伺ったのには、もうひとつ理由があります」


 エレンがこちらを見た。その目は変わらず穏やかで、続きを促しているようだった。


「数日前、現実崩壊症患者の収容院から、アゼルという患者がいなくなったんです。扉も窓も閉まっていて、誰かが出入りした形跡もない。建物の中を何度も探しましたが、どこにもいなくて」


 エレンの表情がわずかに動いた。


「確かに、先ほど見せていただいた記録の状態はかなり悪かった。仮に奇跡的に意識を取り戻したとしても、自力で歩くのは不可能でしょう」


 その言葉に、胸の奥が冷たくなる。やはり、普通の失踪ではない。


「……先生のお話を聞いて、思ったんです。リュミさんは魔族で、人とは違う感覚を持っている。だから、もしかしたら――彼女なら、何かを感じ取っているかもしれないって」


 エレンは少し考え、答えた。


「……なるほど。事情はわかりました。つまり、リュミに手伝ってほしいということですね」


 俺は静かに頷いた。


「はい。無理をさせるつもりはありません。ただ、彼女が何か感じていることがあれば、教えてもらいたいんです」


 エレンはしばらく考えるように目を伏せ、やがて、ゆっくりと顔を上げた。


「……では、一度医院へ戻りましょう。あの子に直接話してみるのがよいでしょうな。判断は、リュミ自身に委ねるべきです」


 その言葉に、俺とルフィリアは頷いた。曇り空の下、三人で静かに歩き出す。風は少し冷たくなっていたが、その中に、どこか新しい気配が混じっているような気がした。


 医院に戻ると、リュミは暖炉の前に座っていた。火の番をしていたのだろう。薪をくべたばかりなのか、炎が静かに揺れている。  俺たちの足音に気づいたのか、リュミがこちらを振り向いた。その瞳が、まっすぐに俺を捉える。変わらず静かな表情だったが、どこか、待っていたようにも見えた。


「リュミ。少し、話をしてもいいかい? この方が、君に聞きたいことがあるそうだ」


 エレンに促され、リュミはゆっくりと立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。その足取りは軽やかで、けれど慎重だった。まるで、空気の流れを読むように、一歩ずつ確かめながら近づいてくる。


「……わたしに?」


 俺は一歩、彼女の前に進み出る。リュミは黙ったまま、まっすぐこちらを見ていた。


「実は、収容院から一人、患者がいなくなったんだ。でも、俺たちには見えないものが多すぎて……だから、リュミさんの力を借りたい。君が感じること、見えるもの――それを、教えてほしいんだ」


 言いながら、胸の奥が少しだけざわついた。まだ幼い彼女に、重いことを頼んでいるのかもしれない。けれど、それでも――彼女なら、きっと何かを見つけられる。そう思わせるだけの何かが、彼女にはあった。  リュミはほんの一瞬だけ目を伏せた。そして、静かに息を吸い込むと、まっすぐこちらを見た。


「……わたしに、できることがあるなら、やりたい」


 その声は、驚くほどはっきりしていた。次の瞬間、リュミはふっと視線を落とし、小さく、けれどどこか嬉しそうに呟いた。


「……こういうの、初めて。誰かのために、ちゃんと何かできるかもしれないって思ったの」


 その頬が、ほんのりと赤くなっているのがわかった。けれど彼女は気にする様子もなく、暖炉のそばに置かれた小さな鞄に目をやると、そっと手を伸ばして中身を確かめ始めた。


「えっと……あれと、これも持っていこう」


 まるで遠足の準備をするみたいに、ひとつひとつ、確かめながら道具を選んでいく。その姿は静かで落ち着いているのに、どこか浮き立つような気配があった。


「……あの子が、あんな顔をするのは久しぶりです」


 エレンがぽつりと呟いた。その声には、どこか安堵と、言葉にできない複雑な情愛が滲んでいた。俺は思わずルフィリアと目を合わせた。彼女もまた、口元にかすかな笑みを浮かべていた。


「……頼もしいですね」 「うん。正直、ちょっと圧倒されてる」


 リュミは振り返り、首をかしげた。


「なに?」


「リュミさん、ありがとう。でも、出発は――明日の朝にしようと思ってる。今日はもう遅いから」


 リュミの手が、ふと止まった。瓶をしまおうとしていた指先が、わずかに揺れる。


「……そっか。明日、なんだ」


 声は変わらず静かだったけれど、その語尾に、ほんの少しだけ沈んだ色が混じっていた。期待していた分だけ、肩の力が抜けたように見える。けれど、すぐに彼女は小さく頷いた。


「……わかった。じゃあ、ちゃんと準備しておくね」


 その言葉には、まだ残っているわくわくと、少しだけ押し込めた残念そうな気持ちが、まるで重なり合う波のように、静かに揺れていた。

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