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喝采~新しい婚約者候補は歌姫に沼っていました  作者: 弍口 いく


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その6 届かなかった手紙、二通目

「ゲイリー! よく無事に帰ってきてくれたわ、心配していたのよ」

 キャプラン侯爵邸に戻ったゲイリーを、母親のエレノアは満面の笑みで迎えた。


 エントラストホールには侯爵邸の使用人たちがズラリと並び、一歩前に父親のキャプラン侯爵、妹のキャロラインとその婚約者バートン、そしてなぜかシャーロットがにこやかに立っていた。

 スタイン伯爵令嬢のシャーロットは、黄金を溶かしたような金色の髪に翡翠の瞳のたいそう美しい女性だった。隣にいるキャロラインも美少女ではあるが、彼女の横に立つと霞んで見える。それがわかっているのでキャロラインは居心地悪そうにしていた。


「さあさあ、早く入って武勇伝を聞かせて頂戴、もちろん噂は聞いているわよ、武勲を立てて陛下から褒賞を堪る予定なのでしょ、キャプラン侯爵家の誇りだわ! でも予定よりずいぶん遅かったのね、午前中に到着すると聞いていたから今か今かと待っていたのよ」

 一気にまくし立てる母親をゲイリーは冷ややかに見下ろした。不信感を抱いている彼は自然と顔に出て仏頂面だったが、エレノアは気付きもしない。


「先にフォンダ伯爵家へ行ってきましたから」

「なんですって?」

 ゲイリーの言葉にエレノアは眉をひそめた。

「当然でしょ、一番に会いたいのは愛しい婚約者ですから、でもグレイスはいませんでした」


「なにを言っているの? グレイスとの婚約はもう破棄したのに」

 エレノアは困惑した。

「そんなことは承諾していません、俺がいない間に母上はなにをしたんです!」

 ゲイリーは肩を怒らせながら立ち止まった。


「ちゃんと手紙で伝えたじゃないの、返事がなかったから異論はないのだと思って、こちらで婚約破棄を進めたのよ」

 ゲイリーの剣幕に戸惑いながら、エレノアは食堂のほうへ促そうとしたが、ゲイリーは動かない。


「母上からの手紙など受け取っていません」

「ちゃんと出したわよね」

 使用人の列に並んでいる一人の侍女に目配せした。

 侍女は頷くが、目が泳いでいる。どうも様子が変なことにゲイリーは疑念を抱いた。


「途中でどこかへ紛れてしまったのかしら、戦場だからそんな事故もやむを得ないわね。そんなことよりお腹が空いているのではなくて? すぐに用意させますから、食堂へ行きましょ」

 エレノアはゲイリーの腕を取ったが、彼は振り払った。


「そんなこと? 俺の承諾も得ず勝手に婚約破棄されたのが、そんなことなのですか?」

「だって、戦争はいつ終わるかわからない、あなたはいつ戻るかわからないでしょ、キャプラン侯爵家の為にも悪い噂の元は一日でも早く斬り捨てる必要があったのよ、それにあなただって傷物は嫌でしょ」


「そう言ってグレイスを傷付けたのですね」

「自業自得でしょ、市井に出て男を漁っていたという噂じゃない」

「グレイスはそんな女じゃありません」

「騙されていたのよ、その点、シャーロットなら真面目だし美しく気立てもいい」

 なぜここにシャーロットが当然のようにここにいるのか、ゲイリーは激しく違和感を覚えた


「淑女教育は完璧だし、侯爵家の嫁として申し分ないわ、幸い彼女には今、婚約者がいないから、あなたとの婚約の準備を進めているのよ、今度の戦勝祝賀パーティで発表するのはどうかしら」


 なぜいきなりそんな話になっているのかゲイリーは理解に苦しんだ。

「それは無理です、俺はグレイスとの婚約破棄に納得していませんから」

「なにをいまさら」

 母親を無視して、シャーロットに非難を込めた鋭い目を向けた。


「君は確か王立学園でグレイスと同窓だったな、旧友の婚約者を横取りするような真似をして恥ずかしくないのか?」

「なんてことを言うの!」


「いいのですお義母様、なにか行き違いがあるようですし、混乱されるのも無理ないことです。でも時間が経てばきっと納得されるでしょう。それにグレイス様の方は非を認めて破棄に同意されていますし、もう新しい婚約者の元へ行かれたそうですから」


(非を認めた? グレイスはなにもやってないのに!)

 ゲイリーは叫びそうになったが、噂を信じているこいつらに今なにを言っても通じないのだろうと拳を握りしめた。

「そのようだな、なぜ君が知っている」


「そう言う話はすぐに広まりますから」

「だから言ったでしょ、薄情な女なのよ、あなたとの破棄が決まったらすぐに次を物色して、もうお相手の邸へ入り込んでいるなんて、節操のない女だわ」


「それは母上が婚約は破棄されたと嘘をついたからでしょ」

「嘘じゃないわ、受理されたもの」

「俺たちは成人なのですから、いくら親でも本人の承諾なしに提出された書類は無効になります、異議申し立てするつもりです、裁判にでもなれば母上の面目も丸つぶれだ、我が侯爵家にとっては醜聞ですね」


「なんですって!」

「だから言ったじゃないか、ゲイリーが戻ってからちゃんと本人同士で話し合いをさせたほうがいいと、それをお前が先走ったから」

 それまで黙って聞いていた父親のキャプラン侯爵が口を挟んだ。


「あなただって賛成したでしょ」

「そうなのですか?父上」

 侯爵は婿養子なのでいまだに立場が弱いのをゲイリーは知っていたが、

「いや、私は反対した」

 侯爵は珍しくハッキリと言った。


「グレイス嬢が夜な夜な街へ遊びに出るなんてありえないだろ、フォンダ伯爵家はちゃんとしたお家だし、ご両親が許すはずもない、考えればわかることだ」

「いまさらなにを言うのですか、そう思われたなら、最初から言ってくださればよかったの」

「言っただろ、聞く耳を持たなかったのはお前の方だ、だいたいお前は最初からグレイス嬢を気に入ってなかっただろ、ゲイリーを取られた気持ちになって、なにかと難癖付けていたじゃないか」

「そんなことはしていません!」


 大勢の使用人の前で口論をはじめた両親を見て呆れ返ったゲイリーは黙ってその場から離れた。



   *   *   *



「お兄様」

 ひとまず自室に戻っていたゲイリーを程なくキャロラインが尋ねて来た。

「キャロライン一人か?」

「ええ」

「入れ」


 入室したキャロラインは遠慮なくソファーに座りながら、

「やっぱり変だと思ってたのよ、お兄様がグレイス様との婚約を破棄するなんて考えられないから、手紙の返事もないのに勝手に進めるのは良くないって私も言ったのよ」


「それだよ、その手紙、受け取ってないぞ」

 ゲイリーはキャロラインの向かいに座って、責めるような視線を向けた。

「それね、さっき侍女の様子が変だったから、問い詰めてきてあげたわよ」

 キャロラインは得意げな笑みを向けた。

 さすが我が妹、抜け目ない奴だとゲイリーは感心した。


「すぐに白状したわよ、お母様から託された手紙はシャーロット様に渡したってね。ついでがあるから出しておくと言われたんですって、きっと彼女が握りつぶしたのよ」


 シャーロットの名前が出てもゲイリーはさほど驚かなかった。彼女が家族に混じって邸いたこと自体が変なのだ、なにかあると直感していた。

「こうなることを狙っていたのか」

「胡散臭い女だもの、〝お義母様〟ですって、もう嫁気取りなんだもの、厚かましいったらありゃしない。学園時代、学年が違うから接点はなかったけど、噂は耳にしていたわ」

「噂?」


 二人しかいないのに、キャロラインは勿体付けるように声を低くした。

「彼女、すごい美人でしょ、女王様気取りでいつも男をはべらせていたのよ、男は見た目に騙されるのよね。高位貴族を狙っていたようだけど、高位であればあるほど、結婚は家同士のつながりで成立するし、人脈のないスタイン伯爵家では無理だったのよ」

「だろうな、子供の頃に家格が釣り合う親同士で決められてしまうことが多いからな」


「それでもチャンスは巡ってきたのよ、マチュー公爵令息テオドール様、彼の婚約者が亡くなった後、公爵夫人にうまく取り入った彼女が次の候補にあがっていたらしいわ。でも、テオドール様は失踪してしまったの」

「確かテオドール様の捜索依頼は騎士団にも来てたな」


「当てにしていた縁談が流れて焦ったんでしょうね、卒業までになんとかしようと、次々に令息を誘惑しはじめたらしいわ。何組かのカップルの仲が壊されたようだわ。簡単に誑かされる男もどうかと思うけどね。そのうち陰では悪評が立って、まともな令息は距離を置くようになったらしいし、令嬢からは毛虫のように嫌われていたらしいわ。本人は悪評も妬みだと思っていたようだし、嫌われていることにも気付いていないみたいだけど」


「だから婚約者がいなかったのか」

「グレイス様は彼女と同じ学年だったけど、グレイス様って人の噂とか悪口とか全く興味ないお花畑ちゃんでしょ、友達も同じような人たちだから知らなかったのかも」

「お花畑って……」

「グレイス様のいいところよ、でも、だからこそ狙われたのかも知れないわね」


「そんな女狐に母上は騙されているのか?」

「学園での噂を知らなかったのよ、私の忠告は聞かないしね。それに彼女、役者だもの、上手く煽てて取り入ったのよ、お母様って案外単純だから。私は絶対あんな女を義姉と呼びたくないわ」

「そんな日は来ないよ、俺はグレイスを取り戻す」

「頑張って!」

 キャロラインは無邪気にガッツポーズを送った。


(イザークはグレイスが誰かに嵌められたと言っていた、あの女なのか……)


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