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その2 傷ならもうとっくについていますから

 カロリーヌに引き留められて帰ることも出来ずに、グレイスは夕食をご馳走になり、今夜は泊まることになった。


 食事の間も、カロリーヌのお喋りは続き、この伯爵家がいかに素晴らしい家か、傷物であるグレイスには勿体ない家柄だとか、失礼発言を連発しながらも、それでも息子の嫁にと懇願した。


 当のフレッドは食堂に姿を現さなかった。でも、この夫人と接しているとわかる気がする、毎日この調子なら逃げたくもなるだろうと彼に同情した。


 やっと解放されたグレイスがげんなりしながら用意された客室へ戻ろうとした時、娯楽室に立派なグランドピアノを見かけた。

 なんとなく興味をそそられてピアノに近付いた時、

「まだいらしたのですか?」

 フレッドに声を掛けられた。

 彼は外出しようとしていたところだったが、グレイスを見て眉をひそめた。


「立派なピアノですね」

「ええ、最近ここでは弾いていませんが」

「フレッド様がお弾きになるのですか」

「そんなことより、なぜ帰らないのです」

 フレッドは答えずに話を戻した。

「カロリーヌ様に引き留められまして」

 グレイスは皮肉っぽく返した。


「申し訳ありません、母は強引ですからね。母も必死なのですよ、僕が跡継ぎの座を放棄すれば、キートン伯爵家は叔父が継ぐことになるでしょう、そうなれば自分の立場はなくなるから……母はなにより自分の身が心配なのですよ」

 フレッドは心苦しそうに言った。


「でも、我家の問題ですから気にしなくていいです、あなたは客人として招かれただけ、婚約もしていないし汚点にはならないでしょう。前の婚約者には本当に申し訳ないことをしてしまいました。だからこそ、あなたには傷がつかないうちに引き上げて頂きたいのです」


(歌姫に現を抜かすバカ息子かと思っていたけど、そうでもなさそうね。家の事情も自分の立場もちゃんと理解しているし、人を思いやる心もあるようだわ)

 歌姫の件がなければ、普通に優良物件だとグレイスは思った。


「傷ならもうとっくについていますからお気遣いなく」

「えっ?」

「ご存じないんですか?」

「あなたのことはなにも聞いていませんから」

「欠片も興味ないと言うことですね」

「あなたたにという訳ではなく、結婚に興味がないのですよ。それなのに母は次々と縁談を持ってくるので困っています。あなたのように美しいご令嬢が来てくださったことは不思議でしたけど、なにか事情がお有りのようですね」


「私は社交界では傷物令嬢として有名です、なぜそんなデマが流布したのかわかりませんが、殿方を誑かす毒婦とも呼ばれています」

「あなたが毒婦? そんなふうには見えませんよ」


「ありがとうございます、カロリーヌ様には毒婦の力を屈指してあなたを篭絡してくれと頼まれています」

 グレイスは悪戯っぽく肩をすくめた。

 フレッドは苦笑い。


「母が無茶なことをお願いして申し訳ありません、しかし、あなたは毒婦と言うよりちゃんとした淑女に見えます。なんでまたそんなことを言われるようになったのですか?」

 フレッドはグレイスの身の上が気になったようだ。ここ一年、社交界にまったく出ていなかった彼は、グレイスのスキャンダルを知らなかった。


「私もよくわからなくて、きっかけはあったのですが……、三ヶ月ほど前、街でガラの悪い男に路地へ引きずり込まれてしまったんです。幸い護衛騎士が駆けつけてくれたので大事には至らなかったのですか、なぜか社交界で〝強姦された傷物令嬢〟という噂が驚くべきスピードで広がってしまったんです」


「なにもなかったのでしょ」

「そうなのですが、それがいつの間にか、私の方が男を誘ったと言われるようになり、あげくは夜な夜な街へ出て男を漁る毒婦にされていました。そして醜聞を嫌った婚約者の侯爵家から、婚約破棄が言い渡されました」


「それで母はあなたの弱みに付け込んで、この家に呼び寄せたのですね」

 フレッドは母親の浅ましさにうんざりして大きな溜息をついた。

「でも、僕も人を見る目はあるつもりです、あなたはそんな人じゃない、だからこんな縁談を受けなくても、きっとあなたをわかってくれる人が見つかるはずです。人の噂も七十五日と言うじゃないですか、そんな嘘の話はいずれ下火になりますよ」


「だといいんですけどね」

「だから気長にちゃんとしたお相手を捜すべきです」

「あなたってイイ方なんですね」

 彼は母親と違って優しい人なのだと見直した。きっとだからこそ、あの母親の元では耐えられずに外へ逃げているのだ。


「僕はロクでもない男ですよ、自分の仕事を放り出して夜な夜な街へ遊びに行く放蕩息子ですから」

「愛する彼女の元へ行かれるのですか?」

「ええ、ですからあなたにこれ以上ご迷惑をおかけしないよう母には僕の方からちゃんと言い聞かせます」

「そうしていただけるとありがたいです、涙目で引き留められると私も無下に出来ませんから」


「あなたはとんだお人好しだ」

 笑みを漏らしたフレッドも夜な夜な歌姫の元に通う放蕩息子には見えない、普通の好青年なのに、とグレイスは残念に思った。


「フレッド!」

 その時、カロリーヌが二人を見つけて駆け寄ろうとした。

「じゃあ、行きますから」

 フレッドは逃げるようにエントランスへ向かった。


 追いつけなかったカロリーヌはガックリ肩を落とした。

「あの子ったら、またあの女のところへ行くのね」

「そのようです」


 しかし、パッと表情を明るくしてグレイスを見つめた。

「でも、これはいい兆候ですわ、今までいらしたどの令嬢とも話をしたことなどなかったのに、あなたには興味を示したのね」


「まだいたのかと驚いて声を掛けられただけですけど」

「それでもですわ、今までは完全無視だったのですから、やはりあなたの美貌に惹かれているのよ、期待が持てますわ!」


(期待なんて欠片ものないと思うけど)

 グレイスは心の中で突っ込んだ。


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