その11 神様が味方をしているからだわ
それからアッという間に二週間が過ぎた。
グレイスは大人しくフォンダ家の自室に籠っていた。
ゲイリーはキャプラン侯爵邸には戻らず、戦後処理と言う名目で騎士団の宿舎に滞在していた。
その間に、グレイスを訪ねてカロリーヌがフォンダ家へ来た。
「フレッドが戻らないの、もう三日になるわ、あなた、あの日あの子を尾行したのよね、店の場所だけでもわからないかしら」
カロリーヌは涙目で訴えた。
「このままフレッドが戻らなければ伯爵家はどうなってしまうの、亡き主人が手掛けて大きくした事業も、そっくり義弟に持って行かれるのよ! 私の立場はどうなるのかしら、きっと追い出されてしまうわ!」
そう言われても、グレイスにはどうしようもない。
そもそも義弟と友好な関係にあったなら追い出されることもないだろう、しかしこの性格だ、他人と円満な関係が結べるとは思えない。彼女と生活を共にしていた前キートン伯爵はよほどの人格者だったのだろう。
それにフレッドを心配していると言うより、自分の立場を心配しているようにしか見えなかった。
〝僕が跡継ぎの座を放棄すれば、キートン伯爵家は叔父が継ぐことになるでしょう、そうなれば自分の立場はなくなるから……母は自分の身が心配なんですよ〟
心苦しそうに言っていたフレッドを思い出し、この母親から逃げ出そうとしているフレッドをそっとしておいてあげたかった。
(ルージュリアが見つけられないのは、きっと神様がフレッド様の味方をしているからだわ)
幸せそうにピアノを弾くフレッドを見てしまったグレイスは、媚薬を使ってまで彼を家に縛り付けようとする母親に居場所を教える気にはならなかった。
「申し訳ありませんが、私も見失ってしまったんです」
心苦しいが嘘をついた。
カロリーヌのことだ、伯爵家の豊富な資金を駆使して、いずれはルージュリアを探し出すだろうが、きっとフレッドは戻らないだろうとグレイスは思った。
* * *
そして、戦勝祝賀パーティの夜がやってきた。
キャロラインが支度を整えてリビングでバートンの迎えを待っていると、上機嫌のエレノアが向かいに座った。
「ゲイリーがシャーロットをエスコートすると言ってくれて安心したわ。でも、まだ執務が残っていて騎士団の宿舎から直行なのよ、どうせならスタイン伯爵家へ迎えに行ってほしかったのに」
「仕事だから仕方ありませんよ、でもよかったですね、お母様のお望み通りになって」
キャロラインは嫌みっぽく言ったつもりだが、エレノアには通じていない。彼女はこの母親が嫌いだった。いつも嫡男のゲイリーばかりを溺愛し優遇して、娘には目もくれなかったからだ。〝娘など産むつもりはなかった、せめて男児ならゲイリーのスペアになったのに〟と零しているのを聞いたこともあった。
今も自分の思い通りに事が運んでいると思っているから、話を聞いてほしいだけなのだ。
「目を覚ましてくれて良かったわ、グレイスのような身持ちの悪い女より、完璧な淑女のシャーロットの方がキャプラン侯爵家の嫁に相応しいわ、この際、パーティで婚約発表してしまうのはどうから」
見事に騙されている母親は滑稽だった。下手に出て煽てれば、どこまでも舞い上がる女だ。グレイスは正直だから、お世辞を言ってご機嫌を取ることが不得手なだけだとキャロラインはわかっていた。
万が一、シャーロットが嫁いで来たら、彼女は徐々に本性を現して、この母は追い出されることになるだろうとキャロラインは思った、それも面白いかな、と……。しかし残念ながらゲイリーがシャーロットを選ぶことはないので、そんな未来はない。
「また勝手にするとお兄様に叱られますよ」
「そうかしら、婚約破棄の件だって散々文句を言ってたのに、結局は私のしたことが正しいとわかったから、その後はなにも言わないじゃない。ゲイリーの中身はいつまでたっても子供なのよ、母親の私がちゃんと導いてあげなければならないのよ」
いい加減にうんざりしているキャロラインの様子には気付きもせず続ける。
「そうなると、あなたとバートン様の結婚も早めたほうがいいわね、新婚生活に小姑は邪魔でしょ、バートン様になんとかならないか聞いてみなきゃね、文官として王宮に勤めている伯爵家の三男だから、立派な結婚式は望めないと思うけど、仕方ないわよね、こちらも嫡男の結婚式にお金がかかるもの、たいした援助はしてあげられないわ」
「別に期待はしていないけど、式は私が学園を卒業してからよ、早められるわけないでしょ」
「あら、中退して嫁ぐご令嬢もいるでしょ」
「はあ?」
「バートン様が到着されました」
侍女が知らせに来たので、キャロラインは話し途中だが席を立った。
(この人はやはりお兄様の事だけしか頭にない、私のことなど考えていないことがよくわかったわ)
反論するだけ無駄とわかって、さっさと部屋を出た。
* * *
迎えに来たバートンにエスコートされて馬車に乗り込むと、そこにはゲイリーが座っていた。
ゲイリーはバートンとも話がしたかったので、彼の邸に立ち寄ったのだった。
「悪いな、邪魔して」
「ほんと、無駄にデカいお兄様がいたら窮屈だわ」
キャロラインが超不機嫌なのは一目瞭然だった。
「また、母上になにか言われたのか」
「学園を中退して結婚して、さっさと出て行けって、お兄様とシャーロット様の新婚生活の邪魔になるんだって」
ゲイリーは大きな溜息をついた。
「なんなんだろうな、あの人は……、じゃあ自分は邪魔じゃないのか?」
「母と娘って、仲がいいとは限らないんだな、うちの姉上と母上はとても仲良しで、嫁に出すのを寂しがっていたけどな、今でもしょっちゅう遊びに来てるよ」
バートンは理解できないと首を横に振った。
「あの人は昔からそう、キャプラン侯爵家にとって大切なのは跡継ぎのお兄様だけなんですもの」
「と言うか、母上にとって重要なのは侯爵家だろ、家のために後を継ぐ存在が大事なんだよ、そして息子は自分の所有物だから思い通りするのが当然の権利だと思い違いをしてるんだ」
「そうね、いつまでも子ども扱いだもの」
「今は好きに言わせておくといいさ、後で痛い目を見るのはあの人なんだから」
「お兄様が侯爵家を継がないと知ったら、どんな顔をするのかしらね」
キャロラインは不敵な笑みを浮かべた。
「決心がついたわ、お兄様の提案を呑んで、キャプラン侯爵家はバートン様に婿入りしてもらって継ぐわ」
「お前には負担を強いることになるな」
ゲイリーは侯爵家の跡継ぎの座を辞退すると決めていた。
「きっとお母様は怒り狂うだろうけど、お父様には賛成してもらってるんでしょ」
「ああ、バートンが見かけによらず優秀なのは父上も知ってるからな」
「見かけによらずは酷いけど、伯爵家三男坊の俺には願ってもない逆玉ですから頑張りますよ」
「お母様には早々に引退していただくわ、今までさんざん私を蔑ろにしてきたんですもの、大事にされると思ったら大間違いよ」
「怖いな、でも、父上も領地で隠居生活を送りたいと言っていたし、ちょうどいいんじゃないか」
ゲイリーはノックで御者に合図した。
「俺はこの辺で降りるよ、会場入りする前に会っておきたい人たちがいるから、また後で」
馬車が停止して、ゲイリーは下車した。
「お兄様、なにをするつもりなのかしら」
好奇心に瞳を輝かせるキャロライン。
「聞いてないのか?」
「具体的なことはなにも、でも、なんか大事になりそうよ」




