34 私の「後悔」
あっという間に放課後になってしまった。
最後の授業のチャイムがなり終わると同時に、すべての発端のあかねが私のそばによってきた。
「おぅ、倉橋! 今日のこと、覚えてるよな?」
「覚えてるよ、靴箱で話すから」
「楽しみにしてるぜ? 今まであんだけラブラブしてたんだから、西尾の落胆した顔が楽しみだな。げっげっげー」
怪しく笑いながらあかねは去っていった。私が見たいのは、落胆した顔じゃなくて、笑った顔なのに。
荷物を片付けている西尾君に、いつものように声をかける。
「に、西尾君、帰ろう」
「うん、行こう」
西尾君も鞄をもって立ち上がった。
この1か月で当たり前になったこの日常を、手放したくなんかなかった。
その気持ちとは裏腹に、廊下に出ても私は話しかけることが出来なかった。どんな言葉をかけたらいいのか分からなかった。
そしてついに靴箱までついてしまった。私は手をぎゅっと握り締め、思い切って声をかける。
「あの……、西尾君。話があるの」
「ん、何?」
振り向いた西尾君の優しい微笑みに、余計に胸が痛くなった。西尾君は優しいから、こんな私と付き合ってくれてるんだよね。もう、これ以上迷惑なんてかけれない。
「西尾君は、私のことが好き?」
「え? もちろん、す、好きだよ」
「どんなところが、好き?」
「どんなところ……か。こんな僕でもみんなと変わらず笑顔で話してくれるところとか、見た目と違ってちょっとだけ天然のところ、ときどきすごく積極的なところ、僕の体調を気遣ってくれるところ……、あげればきりがないよ」
意外なほど早く返ってきた言葉、それもとびっきり甘くて、本当に私を見ているんだって分かる言葉に私は思わずときめいてしまった。
「あ、ありがとう。でも、いつも迷惑をかけてばっかりのだめなやつだよ?」
「そんなことは、ないよ。僕だって迷惑をかけたし、助けられたこともたくさんあった。それに、完璧な人より、ちょっとだけ面白い人のほうが、僕は好きだよ……」
私は混乱した。こんなに私のことを好きって言ってくれるのは、本当にただの優しさだけなの? もしかして、本当は……。いやそんなはずはない……、でも……。
何回も同じようなことを考えて、私の中で考えが1つにまとまった。
「……証拠を見せてよ」
本当に好きなら、これくらいしてくれるはず。
「じゃ、じゃあ、証拠を見せてよ! こ、ここで、キスしてみせてよ!」
思いっきり叫んだ私の声で、西尾君がはっと顔を上げる。私はそっと瞳を閉じた。唇に感触が来ることを信じて。
「……もう、限界だよ」
あぁ、やっぱり。1番聞きたくなかったけど、その言葉が来ると思っていた。
これで、いいの。こみ上げてきた熱いものを私は必死に押さえ込む。
「見せ物にされるのは、もう限界なんだよ!」
予想していたのとは違う言葉に、私は目を開けた。そこには、目を真っ赤にした西尾君がいた。
「僕は見ちゃったんだよ! あの1か月前の教室を! 最初から全部知ってたんだよ。どうして僕ばっかり、こんな目に……。僕はこんなにも葉子さんのことが好きだっていうのに!」
そこまで言うと、西尾君は走っていってしまった。残されたのは西尾君の鞄と、涙の黒いしみだけだった。
私の頭の中で、最後の言葉が何回もリピートされる。
私って、やっぱり最低だ。早く本当のことを話しておけばよかったのに。
足に力が入らなくなり、その場に座り込んだ。
「倉橋、まあ元気出せよ。このいたずらが知られちまったのは、倉橋のせいじゃないからさ」
どこからか出てきたあかねの言葉で、私が取り返しのつかないことをしてしまったことに気付いた。『いたずら』で済んだら、どんなにいいだろう。
私は熱いものを抑えることが出来なかった。西尾君の黒いしみの横に、私のしみがどんどん出来ていく。
「どうしたんだ? だから倉橋は悪くないって」
「葉子! どうしたの?」
バタバタという足音と一緒に、近づいてきた1番安心できる声。
私はその声の主に思わずしがみついた。
「あんたたち、葉子に何をしたのよ!」
「た、ただ見ていただけだよ。ただ、西尾のやつ今回のこと全部知ってたみたいで、ちょっとな……」
本当に怒った望の勢いに、あの裏番長と呼ばれるあかねですら押されていた。
「あんた、葉子の本当の気持ちを分かってたわけ!? あの噂になってた葉子の好きな人って、西尾君だったのよ!」
「えぇ……、ほんとなのか?」
私はこくりと頷いた。
「そ、そうだったのか。悪い、ただおもしろ半分で……」
「今さら謝られたって遅いのよ! このせいで2人の関係がこじれたら責任とって貰うからね! 葉子、行くよ!」
私は望に引っ張られるように校舎の奥へ入った。
私の頭の中からは、西尾君の走っていく姿が離れなかった。