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33 僕の「限界」

 時刻はまだ8時だというのに、太陽の光がじりじりと暑い。僕は額の汗をタオルで拭きながら校門をくぐった。他に通学している生徒もちらちら見える。


「卓也おっはよー」


 ふいに右肩を叩かれ、思わずよろけてしまった。


「おい! 俺はそんなに強く叩いてないぞ? 顔色もなんか悪いし、大丈夫か?」

「おはよう、茂。悪い、油断してただけだから大丈夫」

「気をつけとけよ、いつ後ろから襲われるか……。それより、髪切ったんだな!」


 茂はそう言うと髪をワシャワシャとつかんできた。


「やめろって、痛いから。虎弧園に行く前日に妹に捕まってね」

「ははは、卓也の妹は強烈だからな。望ちゃんと比べても引けを取らないんじゃないか?」


 ようやく校舎内に入り、太陽光線から解放された。僕たちは靴箱から上履きを取り出す。


「そんなこと言っていいのか? 愛しの霧島さんに怒られるぞ」

「だ、誰が『愛しの』だよ! そんなこと冗談でも言ったら……。想像しただけでも恐ろしい」

「そんなに必死になって、まんざらでもないんだね。冗談で言うから恐ろしいんでしょ。本気で言えばいいじゃん」

「もうこれ以上言うな! そ、そんなことより虎弧園はどうだったんだ?」


 階段を上りながら真っ赤になって叫ぶ茂に、少し微笑ましくなった。


「あぁ……、ジェットコースターはもうこりごりだな」


 パッと浮かんできた奈美の顔を、慌てて掻き消した。わざわざ話して茂に心配をかける必要はない。


「なんだそりゃ? あぁ、葉子さんか。いろいろと積極的だからな」

「そういうことだよ。まあ、楽しかったよ。途中急用が出来て早めに帰ったのが少し残念だったけど」

「それはもったいないな、せっかく当たったのに。それで、卓也はこの1か月、満足したのか?」


 茂の顔がまたいつかのように、ふっと真面目になる。ふざけながらもこうして気づかってくれる、本当にいい友達だ。


「うん、もういいんだ」


 僕はそれ以上なんて言ったらいいか分からなかった。いろんなことが頭の中に浮かび上がってきて、うまくまとめられなかった。


「それならいいさ。また2人で遊びに行こうぜ」


 茂は、僕の肩をポンポンと叩いて、明るく笑いかけた。


「うん……、ありがとう。でも、ちょっと暑苦しいんだが」

「なっ、こんないい雰囲気の場面で言うことじゃないだろ」

 

 そんなことを話しているうちに、教室の前に着いた。



「望ちゃん、葉子ちゃんおはよー」


 いつもと変わらず、2人は仲良く話していた。

 2人は僕たちを見て、いや、正確には僕を見て固まってしまった。


「西尾君! どうしたのその髪! あぁ、そういえば妹さんに捕まってたわね。何なのこのギャップ……、ほんとに別人みたいじゃない」


 霧島さんの大きな声のせいもあって、クラスの人から視線を感じる。囁く声にはあえて耳を傾けなかった。


「結構切られたからね。妹には逆らえません」

「だめだよ、そんなんじゃ! 男らしくびしっといかないと」

「精進します……。葉子さんもおはよう。昨日はごめんね、僕の急用のせいで早く帰ることになっちゃって」


 僕が声をかけて、ようやく葉子さんは反応してくれた。

 無理もないだろう、それだけ僕の顔はひどいんだから。

 本当は朝起きるのさえ辛かった。制服を着るときには吐き気もした。だけど今日だけはうやむやにしたくなかった。


「お、おはよう。もうしっかり楽しんだから大丈夫だよ。ほんとにありがとね。私、ちょっとトイレ行ってくる」


 本当に、避けられちゃったんだな。無理もないか。

 何だか胸に、傷をなぞられるような痛みがはしった。




 授業中の記憶は断片的だ。気がつくとぼーっとしていた。何にも考えたくなかった。

 そのせいで、あっという間に放課後になってしまった。


「に、西尾君、帰ろう」

「うん、行こう」


 この1か月で慣れたはずのやり取り。だけど、何だか言葉に重みがあった。


 席を立ち、廊下に出ても、僕は何も話せなかった。最後の帰り道なのに、重苦しい雰囲気が漂っていた。




「あの……、西尾君。話があるの」


 靴箱まで来たところで、葉子さんは立ち止まって、そういった。

 ついに来たか。告白されたこの場所で。最後くらい、穏やかな雰囲気でいたい。僕はそう思い、できるだけ優しく話した。


「ん、何?」


 周囲から視線を感じる。時々、囁き声や、笑い声さえ聞こえる。


「西尾君は、私のことが好き?」

「え? もちろん、す、好きだよ」

「どんなところが、好き?」

「どんなところ……か。こんな僕でもみんなと変わらず笑顔で話してくれるところとか、見た目と違ってちょっとだけ天然のところ、ときどきすごく積極的なところ、僕の体調を気遣ってくれるところ……、あげればきりがないよ」


 これは全部僕の本音だ。むなしさに、手をぎゅっと握り締めた。

 葉子さんは、うつむきながら聞いていた。


「あ、ありがとう。でも、いつも迷惑をかけてばっかりのだめなやつだよ?」

「そんなことは、ないよ。僕だって迷惑をかけたし、助けられたこともたくさんあった。それに、完璧な人より、ちょっとだけ面白い人のほうが、僕は好きだよ……」


 そこまで言い切ると、僕は歯を食いしばった。これ以上は泣いてしまいそうだ。言うのなら、早く、早く言ってほしい。

 もしかしたら? なんて期待を抱かせないでほしい。


 あたりに居心地の悪い、静寂が広がる。


「……証拠を見せてよ」


 その静寂は葉子さんによって破られた。ぼそっと呟かれたような声に。


「じゃ、じゃあ、証拠を見せてよ! こ、ここで、キスしてみせてよ!」


 今度はしっかり顔を上げて、強い意志を持って話されていた。

 震えながらも、大きな声で言い放たれたその言葉に、僕も気づかないうちに下がっていた頭を上げた。

 すると、葉子さんは真っ赤な顔でゆっくり目をつぶった。

 周りから『おぉ!』という声が上がる。




 もう、限界だよ、見せ物にされるのは。

 僕を抑えていた何かが、プチンと音を立てて切れた。 

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