31 僕の「衝撃」
「お前ってきもいんだよ!」
「調子乗るんじゃないぞ!」
僕は薄暗い場所で、周りをたくさんの人にぐるりと囲まれている。皆、口々に罵声を浴びせてくる。
囲んだ輪の中から1人、1歩前に踏み出してきた。それは、奈美だった。よく見れば、周りの人はみんな中学の同級生だ。
「卓也――」
奈美が放った冷たい言葉に、周りの人は皆凍りついたように静かになった。
「――身の程を、わきまえなさい」
重いまぶたを開けると、まず目に入ったのは白い天井だった。
まだ頭がぐわんぐわんする。何だか、とても悪い夢を見ていた気がする。
確か虎弧園の観覧車に乗って、奈美に会って……。それからどうしたんだろう、ここはどこなんだろう。
「ここ、は……」
のどがかすれて、声がうまく出せなかった。体も鉛のように重い。
「西尾君! 良かった、本当に良かった」
僕はベットに寝ていて、そのベットのすぐ横に、葉子さんがいることに気づいた。
葉子さんがバッと抱きついてきて、僕の上に覆いかぶさった。そして、大きな声を上げながら、シーツのしみを広げていった。
少しずつ記憶がよみがえってくる。そうか、僕は倒れたのか。ということはここは病院なのだだろう。
「ごめんね、僕のせいで」
僕は葉子さんの頭をそっと撫でた。黒い髪はひっかかるところが1つもないくらいさらさらだった。
すごいよね、これも全部演技だなんて。僕と葉子さんの、この1か月って何だったんだろう。
何だか急に馬鹿らしくなった。最初から見せ物されてるだけだって知ってたのに、言われるがまま、付き合って、だんだん調子に乗ってきている自分がいて。
どうして僕はこんなことばっかり……。
それから10分程して、ようやく葉子さんは落ち着いた。今はベットの横にある丸い椅子に座っている。
「せっかくの虎弧園だったのに、僕のせいでこんなことになってごめんね」
「ううん、もう十分楽しんだから。あとは、また西尾君と行くときのお楽しみだよ」
“また”ね……。
「そっか、またパスポートが手に入るといいね。あ、そろそろ暗くなってきたから帰った方がいいよ。ここからだと結構かかるし」
これ以上一緒にいると、我慢の限界がきそうだった。少しの間だけでも1人になりたかった。
「え、まだ大丈夫だよ。西尾君が心配だし……」
「僕はもう大丈夫だよ、もうすぐ親も来るし。遅くなって葉子さんにまで万が一のことがあったら、大変だし」
「そ、そうかな。それじゃそうするよ。お大事にね」
そういいながら葉子さんはゆっくりと立ち上がった。
「ありがとう。今日はほんとにごめんね」
「もういいから! それじゃ、またね」
にっこりと笑いながら、葉子さんは病室を出ていった。
「ふふ、ははは、ははははっ」
僕は、1人になった病室で、大きな声で笑った。今までの自分を、疲れるまで笑った。
それから、涙が枯れるまで思いっきり泣いた。
「検査では特に異常は見つかりませんでしたし、やはり疲れがたまっていたのと、軽い熱中症でしょう。ですが、1日ほど入院して様子を見ることをお勧めします」
夜になって、母さんが来て、お医者さんから詳しい説明を聞いている。
「そうですか、わかりました。それじゃ、お母さん着替えを取ってこないとね」
「入院はしたくないです」
僕ははっきりとした口調でそう言った。
「どうして? 先生も勧めてくださってるんだから」
「明日だけは学校に行かないといけないんだよ」
「えっ、あんまり学校に行きたそうじゃなかった卓也が何で?」
「理由は言えないけど……」
居心地の悪い空気に部屋中が包まれた。そんな空気を打ち破るように、若い男の先生はにっこりと笑って、こう言った。
「わかりました。それでは卓也君、くれぐれも無理はしないように」
「ありがとうございます!」
例え這いつくばってでも、明日だけは学校に行かないといけない、逃げるわけにはいけないんだ。
ちゃんと、けじめをつけるために。
次回より、いよいよクライマックスに入ります。
あと少しですが、よろしくお願いします。