28 私と「遊園地」
「うわぁ……、大きな観覧車」
ガラス越しに見えるのは虎弧園が誇る、大観覧車。高さ111メートルの最高点は車の中からは見えない。
黄色と黒のコントラストはテレビで見るのとは比べ物にならない迫力だった。
今日はお母さんの仕事が休みということで、私は車で連れて行ってもらっている。西尾君は電車で来るそうなので、門の前で待ち合わせをしている。
「ほんとにすごいわね、母さんも行きたかったわ。ほんとに何者なの、西尾君って人」
黒いズボンに黒いシャツ、筋の通った鼻とポニーテールにした黒い髪が目を引く。4○歳とは思えない美人の、私の自慢のお母さん。
大企業の営業部でトップを争う、仕事の出来る女性だ。
「えっとね、優しくて、かっこよくて、気が利いて……」
「そういうことじゃなくて、政治家とか大企業の社長の息子なの?」
「そんなことことはないと思うけど、家も普通だったし。あ、パソコンが得意とは言ってたよ」
「ふーん、それなのによくチケットが取れたわね。パソコンが使えるの、うらやましいわね」
お母さんを含めてうちの家族はパソコンが得意な人が誰もいない。仕事では部下にすべて任せているそうだ。
「家に行ったの? もしかして、一線を越えちゃったとか」
「そ、そんなことしてないよ! 外から見ただけだし。まだ手をつないだだけだよ!」
「へぇー、手をつないだんだ。あの葉子がねぇ」
にやにやと意地の悪い笑みを向けてくる。私が男の子と付き合うのは初めてなのでいろいろと突っかかってくるのだ。
「もう、お母さん! って着いてるじゃん! 私行くからね」
「はいはい、今度会わせてね。いってらっしゃい」
外は真夏の日差しがぎらぎらと照りつけ、遠くには大きな入道雲がもくもくとそびえたっている。梅雨明けの発表はそろそろかな。
降ろしてもらったロータリーから石畳の道を進んでいくと正面に、大きな虎弧園のキャラクターの像がある広場が見えた。その奥には入場門があった。
開園5分前ということで、たくさんの人がいる。この中から西尾君を探すのは大変そうだ。
あたりをざっと見渡しても見当たらなかったので、携帯で連絡をとろうとしていると、1人の男が近づいてきた。
今年の流行を抑えつつも自分の特徴を活かした服装をしている。色白で、とおった鼻、優しそうな目、ふわっとした黒髪。なかなかのイケメンさんである。
ナンパだな。そう思い、私はさりげなく男から遠ざかろうと足を動かす。対処法は知っているつもりだ。
「待って、葉子さん」
逃げようとしたところで、声をかけられた。この1か月間、毎日のように聞いてきた声。聞いていて安心する声。え、まさか……。
「もしかして、西尾君なの?」
「うん、妹にさんざんいじられて、こんな服着てるから分かんなかったよね、ごめんごめん。似合ってないよね」
「ほんとに、ほんとに西尾君なんだね! 似合いすぎてて分かんなかったよ、私の方こそごめんね。こんなにカッコいいなんて、西尾君大好き!」
考える前に行動してしまう私。
西尾君の温かさを肌で感じて、匂いで肺がいっぱいになる。なんて私は幸せなの。
「あの、葉子さん? ここは人の目とかもありますし……」
あまりのうれしさに抱きついてしまいました。
どうして、西尾君の前だとこんなに破廉恥で変態になってしまうんだろう。今日は西尾君の身も心もゲットする作戦なのに。
「ごめんなさい! つい……」
慌てて飛びのいて、名残おしそうな顔になっていた私の頭に西尾君はそっと手を置いて、
「気にしてないからそんな悲しそうな顔しないで」
と、優しく声をかけて、頭を撫でてくれた。
そんなに優しくされたらまた我慢できなくなっちゃう。
「西尾君、大好き!」
あぁ、やってしまった。気づいたときにはもう遅く、また西尾君に抱きついていた。
さすがの西尾君も呆れた感じで見ている。その視線、癖になるかも。ってそうじゃなくて。
「ごめんなさい、もうしないから許してください!」
理性を振り絞って何とか西尾君から離れ、必死で謝る。なんで私ってこんなことばっかり。自分でも悲しくなる。
「もういいから、中に入ろう。全部乗れなくなるよ」
気がついたらさっきまであんなに込み合っていたのに、人影がまばらに。それもそのはす、もう開園時間を10分もすぎてるから。
「ほんとにごめんなさい、反省してます」
入る前からとても不安になった。このままだと、西尾君の心をゲットするどころか、危ないことをしてしまいそうで。
少し遅れながらも、無事に入園することができた私たちは、綺麗に塗装された道を歩いている。
道の両側には中世のヨーロッパを思い起こさせる石造りの建物が並び、ところどころ虎や狐の耳をつけた係員の人が立っている。
それほど多いというほどではないがそれなりに人がいて、そのほとんどが男女の2人組みだった。本当にカップル限定のようだ。
こうやって肩が擦れ合うくらいに近づいて歩いていたら、私たちもカップルに見えるよね。
1か月前は夢の中だけの妄想だったようなことが、今は本当に実現している。それだけで私は幸せだった。いつまでも、明日以降も、こんな日が続けばいい。そのためなら私は大抵のことは我慢できる自信がある。
「最初は何に乗る?」
たずねてきた西尾君の顔も、何だか楽しそうで安心した。
最初に乗るものといったらやっぱりあれでしょ!
「もちろん、あれだよ!」
私は迷いなく前を指差した。
「えっ、最初からあれ?」
指差した方にあるのは、空高くまでのびる赤いレール。虎弧園最大の絶叫アトラクション『ロケットスター』である。
最高点102メートル、最高速度120キロメートル、たくさんのうねりやループを猛スピードで駆け抜けていく。
ジェットコースター好きの人なら、一生に1度だけでも乗ってみたいと言われるくらいのものである。
もちろん、私も乗ってみたかった。その夢が今叶うのである!
「そうだよ! ご飯食べた後だと乗れないし。ほら、すいてるみたいだし早く行くよ」
「えぇ、ちょっと……」
何か言いたげな西尾君の腕を無理やりつかんで強引に引っ張った。乗らないなんて言わせないからね。
カタカタカタカタ……。
少しずつ地面にいる人たちが小さくなっていく。さっきまで見上げていた観覧車もほとんど同じ高さにある。1番前なので視界をさえぎるものは何もない。
西尾君はジェットコースターに乗るのは初めてとのこと。1番最初がこれなのはちょっと激しすぎるかもしれないなと、バーをおろしてから気づいた。
顔が真っ青になって、小刻みに震えている。大丈夫かな、と後悔するが今さらどうしようもない。
私は震える手をそっと握って、言った。
「大丈夫だよ」
西尾君はひきつりながらも笑ってくれた。
もう間もなく上りきるのか、カタカタという音が微妙に変わる。
私はもう待ちきれなくなっていた。
そして、次の瞬間、体の重さがなくなった。
大変遅くなりました。書く方でなく、読む方に時間をかけすぎました。すみません。300万字は読みすぎました。
葉子を暴走させすぎた気がします。最初はこんなキャラの予定じゃなかったのに。もうしばらく続くのでお付き合いください。