27 僕の「浮気」
「早くー、遅くなっちゃうよ」
隣にいるのは妹の由香里。浮気とか二股とかではなく、ただの妹である。
僕の2つ下の中学2年生。頭も、性格も、顔も、スタイルもいい。あ、葉子さんには負けるけど。
僕がショッピングセンターに由香里といるのには、ちょっとした事情がある。それは家に帰ったときにさかのぼる。
「ただいま」
家に入った瞬間、ドタバタと足音をたてながら、由香里がやってきた。
「お兄ちゃん! これどうしたの!?」
手に持っていたのは虎弧園1日パスポートだった。自分の部屋の机の上においていたはずである。
「応募したら当たったんだ。って、なんでひとの部屋に勝手に入ってんだよ」
「お母さんに掃除を頼まれたの。そしたら机の上にほったらかしだったから。それより、カップル限定って書いてあるけど誰と行くの?」
にっこりと満面の笑みがとても怖かった。
「え、いや……、その」
「彼女ができたんでしょ! だからパソコンまで売って買ったんだよね」
「……はい、そうです。1か月くらい前にできました」
口が達者でない僕は、いつも由香里に勝てない。
「やっぱり、何だか最近楽しそうだもんね。1か月前ってことは、もしかしてこの前の映画もデート?」
「2人きりではないけど、たぶんそんな感じだったよ」
そういった瞬間、由香里の顔が曇った。
「あの服で行ったの? いくらなんでもおしゃれに関心なさすぎ。今回も適当な服で行く気でしょ。だからね、私が服を選んであげる。ほら! 買いに行くよ」
「えっ、今から? パスポート買ったからお金ないよ」
「大丈夫、そのことをお母さんに話したら喜んで協力してくれたから」
そういって由香里は数枚の1万円札をひらひらと揺らしてみせた。母さんってこんなに気前よかったっけ。
それから引っ張られるようにショッピングセンターに連れて行かれた僕は、由香里にやりたい放題いろいろな服を着せられた。
あたりがもう薄暗くなるような時間になって、ようやく満足したようなんだけど。
「こんな服、似合うの? ちょっと派手過ぎない?」
何だかテレビに出てる人が着ているような服で、知識のない僕ではうまく説明できない。こんな服を着たのは初めて。
「大丈夫、お兄ちゃんってすらっとしてるから結構何でも似合うんだよ。じゃあ会計行くよ」
それからレジでその金額にびっくりしてしまった。こんなにお金をかけて大丈夫なのだろうか。
ということで現在、ショッピングセンターの出口に向かっているところだ。
「そんなに急がないで。もう限界」
「だらしないなぁ」
そういいながらも由香里は僕の速さに合わせてくれた。
「私ね、嬉しかったんだよ。お兄ちゃんに彼女が出来て、毎日笑ってることが多くなったから。だからね、もう2年前みたいにはなって欲しくないの。そのために力になりたいから、私に出来ることがあったら何でも言ってね」
2年前の僕は本当にひどかった。食事もほとんど食べれず、今以上に痩せてしまって、笑うどころかいつも泣いてばかりだった。そんなとき、由香里は励ましてくれたんだ。男の癖に情けないとか言われても不思議じゃなかったのに。由香里がいなかったら、立ち直れなかったかもしれない。
だけど、本当の彼女ではなく、ただの罰ゲームだと知ったら。こんなに僕のためにしてくれている妹に嘘をついているなんて、心が痛む。
「ありがとう。でもほんとに美人すぎる彼女だからな、愛想を尽かされちゃうかも」
僕は笑ってごまかした。そうすることしか出来なかった。
「そんなに美人なんだ、見てみたいな。今度うちにつれてきてよ」
「そうだね、いつか」
そんな日、来ないんだろうな。あと明日1日しかないんだから。
「あとは髪だよ! そんなぼさぼさの髪じゃみっともないから。私の行きつけの美容院があるからそこに行くよ」
「まだ行くのか……、いい加減疲れたんだけど」
「せっかくのデートなんだから気合入れないとね!」
そのとき、1人の女性が10メートルくらい前に立っているのに気づいた。
「あ、葉子さんこんばんは。どうしたの?」
葉子さんは驚いたように口をパクパクしていたけど、突然出口の方に走り出してしまった。
「お兄ちゃん、あのものすごく美人な人が彼女とか言わないよね」
「そう、だよ。あの人が僕の彼女の倉橋葉子さん。今、絶対勘違いされたよね。どうしよう、追いかけないと」
走り出そうとしたら、肩をがしっとつかまれた。
「お兄ちゃんの足じゃ追いつけないでしょ。携帯で電話してみたら?」
「あ、そっか。そうしてみる」
携帯電話を見ると、着信履歴も発信履歴も葉子さんばっかりだ。毎晩のように電話してるもんね。通話料大丈夫かな。
「なんで携帯見てにやにやしてるのよ! 早くかけなさいよ」
頭を叩かれた。地味に痛いから。
「あー、もしもし葉子さ……」
「いいんだよ、私は。この1か月間楽しかったから。西尾君って優しいから付き合ってくれていたんだよね。私は西尾君が幸せならそれでいいから。じゃあね」
「いやそれは……」
「プープープー……」
「切られちゃった。どうしよう、もう終わりだよ」
「彼女さんが行きそうなところとか、友達とかないの?」
「えっと、それなら」
電話帳からある人の電話番号を探す。
「あ、もしもし霧島さん? 実はね」
霧島さんに事情を詳しく説明した。
「あはは、葉子も面白いことするわね。あ、ちょうど葉子が来た。それじゃいつものファミレスで会いましょう。そこで葉子には説明するわ」
「はーい、じゃあ今から行きます」
「よかった、何とかなりそうだよ。そういうことで、今からファミレスに行くことになったから」
「はいはい、行きましょ」
こんなときでも落ち着いている妹をみて、改めてすごいと思った。
「初めまして、妹の由香里です。兄がいつもお世話になっております」
ファミレスに集まった僕たちは早速事情を説明して、自己紹介ということになった。
「あ、はい。た、卓也君とお付き合いさせてもらっている倉橋葉子といいます」
恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めている。さっきあんだけのことを言ってたもんね。
あれ、そういえば初めて下の名前で呼ばれた気がする。
「私が葉子の友達の望ね。それにしてもいい妹さん。いじめがいがありそうだわ」
「ちょっと、妹になんてことを」
「冗談よ。西尾君にかわいい妹がいたなんてね、葉子が嫉妬するのも何となくわかる気がする。西尾君、愛想をつかしたりしないでね。これも葉子の愛情表現の1つなんだから」
「もう、変なこと言わないでよ」
葉子さんはさらに顔を赤くして、霧島さんの肩を叩いている。
「そういえば、ショッピングセンターで何買ってたの?」
「明日のデート用の服を買ってたんですよ。兄があまりにファッションに疎いものですから。あっ! 髪を切りに行くんだった。それでは、私たちはこのくらいで失礼します。お兄ちゃん行くよ!」
「えっ、もう行くの? 葉子さん、霧島さんまたね」
僕はまた妹に引っ張られるように連れていかれた。
2人の苦笑いした顔が、妙に目に残った。
ありきたりな展開でごめんなさい。
思いつきで入れたらこんな感じになってしまいました。
次回からやっと虎弧園に行きます。