26 私の「決意」
「ほんとに夢じゃないんだよね」
虎弧園1日パスポートを見て、改めてそう思ってしまう。
だって、あの虎弧園だよ。競争率20倍と言われているそのパスポートが、私の手の中にあるんだから。
これってやっぱり私と西尾君の愛の力かな~、なんてね。
「それでは、今日はここまでです。さっき言ったように次回は小テストをするので、ちゃんと勉強しておいてくださいね」
あれ、おかしいな。さっき始まったばっかりだと思ったのに。
今日最後の授業、数学。担当の寺田先生は、もうすでに教科書をまとめている。こんなこと前もあった気がする。
だって、ついにもう明日だよ? 授業に集中できるわけがないじゃん。
「葉子、なんでパスポートを毎日お守りみたいに持ってきてるのよ。もうふにゃふにゃになってるじゃない」
「えへへ、だって家に置いていたら盗まれそうで。そんなことより、小テストの範囲教えてよ。全く聞いてなかった」
数学、ほんとにぎりぎりなんだよ。留年にでもなって西尾君と離れ離れなんて絶対に嫌だから!
「それならちょうどよかった。私も話があるからファミレスでも行きましょ。そういうことだから西尾君、今日は葉子借りてくね」
「あ、どうぞどうぞ。それじゃ葉子さん、明日の8時に家に迎えに行くね」
「そこは、止めてくれないの? 嫌! 私は西尾君と一緒にいたいもん」
「はいはい。そういうことは明日、思いっきりすればいいでしょ。それじゃ西尾君、茂君、バイバイ~」
うぅ……。そういえば、望っていつの間に茂君って呼ぶようになったんだろう。
私は引きずられるようにファミレスに連れていかれたのであった。
西尾君の引きつった笑顔が妙に痛かった。
「葉子、何飲む? 私が連れてきたんだからジュースくらい奢るわよ」
人影もまばらなお昼過ぎのファミレス。強めに効いた冷房が気持ちいい。
「うーんと、それじゃサイコロステーキで」
「ふーん、ちゃんと“飲む”のよ?」
望が勝ち誇ったような目でこっちを見る。やっぱり勝てない。
「すいませんでした、メロンソーダで」
「遠慮しなくていいのに。すみませんー、メロンソーダ2つください」
見かけは申し訳なさそうな顔をしてるけど、目の奥が笑ってるよ。
「葉子、明後日って何の日か知ってる?」
急に聞かれて驚いてしまった。望は、真剣な表情でまっすぐ私を見て、そう尋ねた。
「何かあったけ……、わかんないよ。あぁ! 七夕だったね」
「やっぱり忘れてるのね。それじゃ西尾君と付き合い始めたのはいつ」
「6月7日だよ。それくらいは覚えてるもん」
7日? 明後日も7日だよね。まさか……。
「も、もしかして付き合い始めて1か月ってこと?」
「やっと思い出したか。そうでしょ、本当のことを話さないといけない日なんでしょ?」
望はため息をついて呆れている。
「どうしよう、なんて言ったらいいの」
「本当のことを話して、それでも私は好きだからって言えばすむ話じゃない。振られることはないわよ」
確かに、そうかもしれない。でも、最近少しずつ自覚してきたんだ。自分で言いたくはないけど、私が美人の方に入っていて、結構男の子からもてているということ。だから……
「でも、もうこれ以上西尾君を縛り付けたくないの。この1か月、ほんとに楽しかったから。もう充分とは言わないけど。だからね、聞いてみて本当は好きじゃないって言われたら、これは全部ゲームだったって言って、諦める」
望は、口をぽかんと開けて何も言わず、しばらく無言が続いた。
「……葉子って優しいのね」
望はそっと微笑んで、つぶやくように言った。
「そんなことないよ、私なんて」
「私にはできないよ。好きになった男がいたら、使えるものはすべて使って自分のものにしようとすると思うから。相手がどう思ってるかなんて考えずに。だから彼氏ができないんだよね」
今の望は見たことがないくらい弱弱しかった。今までの自分の行いを悔やんでいるようにも見えた。
「そんなことないよ! 私はそんなに積極的になれる望がうらやましいもん。それに、佐々木君とかいい感じじゃない?」
「何言ってるのよ! あんな……」
そこまで言って、望は黙ってしまった。
「悪いところが見つからないんでしょ? だから『あんな』の後に言葉を続けられないんだよね。私から見ても、2人はお似合いだと思うんだけどな~」
初めて望との言い争いで勝った気がする。あせった表情の望、写真に取っておけばよかったな。
「そ、それより、どうやって西尾君から本音を引き出すのよ。普通に聞いても答えてくれるわけがないでしょ?」
「確かに、西尾君優しいからね。嘘でも好きって言ってくれそう」
「でしょ? だから私が男から本音を引き出すテクニックを教えてあげる。えっとまずね……」
話を変えたかったのか、怒涛の勢いで話し始めた望は、あたりが薄暗くなるまで返してくれなかった。
「もうこんな時間、そろそろ帰りましょうかね」
「そ、そうだよ。寝坊でもしたら大変」
ようやく、私たちはファミレスを出た。もうすぐ夜なのに、まだまだ暑い。
分かれかけたところで、望がパッと振り返った。
「葉子、頑張るのよ。まだ気持ちが動いてなくても、あと1日あるんだから」
何だかんだ言っても、望はこうやって励ましてくれる。望がいなかったらと私はどうなっていたんだろう。
「うん、頑張るよ!」
私は満面の笑みで答えた。
明日で、本当の恋人どうしになれるかが決まってしまうんだ。今まで応援してくれた望のためにも頑張らなくちゃ。
帰り道、シャンプーが切れてたのを思い出した私は、この地域唯一の大型ショッピングセンターに向かった。明日、西尾君に『臭い』なんていわれたら立ち直れないからね。
店内に入ったところで、男女の2人組みに出会った。
「まだ行くのか……、いい加減疲れたんだけど」
「せっかくのデートなんだから気合入れないとね!」
で、デート?
私は、その場の風景を信じたくなかった。
だって、そこにいたのは西尾君と、かわいらしい女の子だったから。