25 僕の「プレゼント」
「なになに……。 と、虎弧園1日パスポート!?」
「うん、前に行きたいって言ってたから試しに応募してみたんだ。ほんとに当たるとは思わなかったから僕もびっくり。僕と葉子さんの分しかないんだけど、迷惑だったかな」
葉子さんは、パスポートをぎゅっと握り締め、下を向いてしまった。体が震えている。
これは、何だかよくわからないけど、やばいんじゃない? 触れてはいけないことに触れてしまったような。
すると、葉子さんはパッと顔を上げた。目が少し潤んでいたけど、今まで見たことがないくらいの満面の笑みだった。
「私、本当に行きたかったの。それを西尾君と2人で行けるなんて、夢みたい。ありがとう!」
僕はその言葉を聞いて、ほっと一安心。喜んでくれていたんだ。
その瞬間、お腹に強い衝撃を受けた。耐え切れずに後ろに倒れてしまった。
反動で閉じた目を開けると、そこには葉子さんの頭があった。なんてきれいな髪なんだ。良い匂いもする。
じゃなくて、今どういう状況だ? 体が、何かに押さえつけられているように重くて、全体的に温かい。それに、下腹部あたりに柔らかい感触。
「葉子、あんた大胆ね」
霧島さんの呆れたような声。もしかして、僕って押し倒されてる?
「葉子さん、ちょっと……」
周りを良く見てみると、葉子さんは僕に抱きつくように乗っかっていて、頭を僕の胸の辺りにあずけている。
クラスメイト、特に茂と霧島さんからはとても冷たい目で見られていて、出来ればこの場から逃げ出したい感じ。
「私ってば、なんてことを」
葉子さんはようやく、飛び跳ねるように僕の体から離れてくれた。
だけど、僕はしばらく起き上がれなかった。上がった心拍数もなかなか落ち着かない。
葉子さんの超人のようなスタイルを、視覚だけでなく、全身で感じてしまったんだから。特にあの下腹部の感触は今でも鮮明に残っている。
僕は、少しだけ恐ろしいと思ってしまった。あれじゃ、どんな男もイチコロだよ。
「ほんとに僕と2人っきりでいいの? それに7月6日なんだけど、予定は大丈夫?」
5分後、ようやく復活した僕は、改めて葉子さんに確認する。
「もちろん! これってほんとに夢じゃないんだよね。いてて」
葉子さんはほっぺたをつねったりしている。そんな姿も可愛いよね。
何度もつねっているので少し赤くなっているのが気になるけど。
「馬鹿なことしてないで、トイレ行きましょ。もう5分しかないわ」
「えぇ、もうこんな時間、お弁当食べれなかった。それじゃ西尾君、行ってくるね」
女の子2人がトイレに行くと、茂が妙にニヤニヤしながらこっちに寄ってきた。
「おい、幸せ者め! どうだった? 葉子ちゃんの体は」
「なんだかものすごい迫力で……。何言わせてんだよ、この変態。体は、って僕は何にもしてないし」
「変態とは失礼な、男はみんなこんなもんだ。それより、7月6日って……」
茂の顔が急に真剣になる。やっぱり、気づいていたようだ。
「そうだよ、7月7日が付き合い始めて1ヵ月だからその前日だよ。最後の思い出にってな」
「そういうことか。卓也がそれでいいならいいんだけど。それと、どうなんだ。卓也は本当に葉子さんが好きなのか」
「葉子さんは演技なんだ、って割り切ろうとしてもそれができなくてさ。どうしようもなく葉子さんが好きなんだよ。好きになればなるほど、傷つくのはわかってるのにな」
奈美のことを思い出して、歯をかみ締める。
「それだけ好きなら大丈夫さ。きっといい方に向かうと思う。もう少しの辛抱だ」
茂の言ってることがよくわからなかった。何がもう少しの辛抱なのだろう。つらいのは本当のことを告げられたあとではないのだろうか。
「そんなことより、いくらつぎ込んだんだよ。虎弧園は応募するだけで金を取られるんだろ?」
真剣な顔はどこへやら、いつものふざけた感じに戻った。これ以上は聞くなということか。
「えっと、軽く諭吉さん2枚は消えていったな」
「くそ、この金持ちめ。そんなに金があるなら俺にくれ!」
「俺だってパソコン売って工面したんだよ。あぁ、2ヶ月前に買ったばっかりだったのに」
「また買ってたのか! お前んちにはもう5、6台あっただろうが」
「最新型をみると、ついつい欲しくなっちゃってね」
「くぅー、金持ちめ。まあいい、楽しんでこいよ」
そう言って茂は僕の背中をバシッと叩く。
痛いよと思いながらも、茂なりに励ましてくれてるんだな。
絶対にいい思い出を作るぞ。僕はそう決めた。
葉子の天然というか、大胆さが暴走してます。もうしばらくお付き合いください。
そろそろ終盤に入っていきます。それでなんですが、最終話を卓也視点にするか、葉子視点にするかで悩んでます。
こっちがいいよ、というのがありましたら、言っていただけるとうれしいです。