21 僕と「映画」
葉子さんの熱烈な希望でポップコーンを買ってからスクリーンに行くと、すでに開始時刻は過ぎていた。こういうのは苦手だ。何だか、みんなの注目をあつめているような気がして。
薄暗いその空間には人がぎっしりだった。思わず立ち止まってしまう。
幸い、まだ映画の本編は始まっていないようだ。僕は始まる前にと1歩を踏み出そうとしたんだけど、聞こえてきた葉子さんの声に踏みとどまった。
「西尾君。手、繋いでもいい? 暗くて怖いの」
葉子さんからこんな言葉を聞くとは思わず、戸惑った。でも、怖いと言われて断ることなんか僕にはできない。
これはデートなんだから、と自分に言い聞かせ、葉子さんの手をそっと握った。
小さくて、とってもやわらかかった。
少し冷たかったけど、それを僕の手が温めていく。
席についてから、こんなにたくさんの人がいる中であんなことをしちゃったんだと、恥ずかしくなる。
だけど、この恥ずかしさも含めて、この関係がずっと続けばいいなと思ってしまう自分がいた。
「ポップコーン、食べていいからね」
僕もポップコーンは結構好き。だけど、食べてる音が気になるのであんまりは食べないけど。
「うん、ありがとう」
ようやく映画の本編が始まった。彼女なんてできたことのない男の子と、食パンをくわえた女の子が曲がり角でぶつかるという、どこかで見たような出だしだった。
僕はポップコーンに手を伸ばした。なかなか掴めずにいると、不意に僕の指が持ち上げられた。
驚いているうちに、指は何か温かいものに包まれた。
これってまさか、口にくわえられてるよね。僕の指はおいしくないです。
どうしようか困っているうちに、指にさらに温かいものがあたるようになった。
「ちょ、葉子さん」
どこかとろんとしていた葉子さんは、やっと気づいたようだ。
「ご、ごめんなさい」
ようやく僕の指を口から出してくれた。無意識とは怖いものである。
「ほんとにごめんなさい」
「もういいから、映画見ようよ」
あんまり嫌な気分はしなかった。そんな自分が恥ずかしくなる。
忘れようと、映画に集中することにした。
その後、2人は同じ高校で再会、仲良くなり、ついに男の子は告白するが、理由も教えてもらえず振られてしまう。
納得できなかった男の子は女の子を尾行、そこで彼女が白血病であることを知る。
奇跡的に骨髄の型が一致し、骨髄移植。成功し、2人は無事幸せになりました。
大まかに言えばこんな感じだった。
僕はそうでもなかったけど、周りからはすすり泣く声が聞こえた。
葉子さんもときどき目をこすっていた。
エンディングも終わり、場内がパッと明るくなる。改めてみると、ほんとにたくさんの人がいる。
僕たちは人ごみがだいぶ落ち着いてから席を立った。
「こんなに余っちゃったね」
僕はほとんどポップコーンを食べなかったので、半分以上余ってしまっている。
それを葉子さんはゴミ箱へ。
「ちょっと待って、捨てるのならもって帰るよ」
「えぇ! そう、じゃあどうぞ」
葉子さんは、口をぽっかり開けて驚いている。
前からもったいないなと思ってたんだ。
カバンに押し込むと何だか変な形になった。葉子さんも少し笑っている。
「ありがとね、家族も好きなんだ」
いいお土産ができた。食べるのが楽しみだ。