18 私の「夢」
「葉子、大好きだよ」
夕日の沈む浜辺、目の前にはかっこよく決めた西尾君。
「私も、大好き」
西尾君の手がそっと私の肩にのる。2人の距離が少しずつ近づいていく。
私は目をゆっくりと目を閉じる。
そのとき、西尾君とは違う声が聞こえた。
「こんなでれでれな寝顔だなんて、どんな夢をみてるのかしらね」
私は飛び起きた。外はちょうど日の出のようで、夏とは思えない柔らかな日差しが差し込んでくる。
「せっかくいいところだったのに邪魔しないでよ。今何時だと思ってるの」
携帯を見てにんまりとした笑顔の望。
「ちょうど5時になったところだけど。早起きしたかいがあったわ、いい写真がとれた」
「まさか寝顔とったの!? 早く消してよ」
私の父は四国に単身赴任中。母は朝の早い仕事なので3時には家を出てしまう。だから寝坊したときのために望に家の鍵を渡してあるのだ。
「ふふ、こんな面白い写真消すわけないじゃない。もう家のパソコンに送っておいたから無駄よ」
「望のいじわる。それより、何でこんな朝早くにきたの。集合は8時でしょ」
「そりゃ、西尾君をメロメロにするコーディネートを手伝ってあげようと思ったからじゃない。さ、早く起きて」
「んー、夢の続きがみたいからもう1回寝る!」
そういって布団をかぶった。
「ふざけたこと言ってる暇はないのよ。葉子だって夢の中より本物にあったほうがいいでしょ」
「それもそうかも。望! 早く準備するよ」
「まったく、単純なんだから」
望には完全にあきれられていたけど、もう慣れちゃった。
なんでだろう、こんなに服を選ぶのが楽しみだなんて。
私たちはいろんな服を引っ掻き回し、ようやく、薄い花柄の入った白のワンピースに決まった。いつもは結んでいる髪もおろしてなんだか上品な感じに。
「ほんとにきれいよね、女の私が見てもため息が出るわ。それにその髪、まぶしいほど輝いてる」
「もう、そんなにおだててもだめよ。西尾君、喜んでくれるかな」
「絶対喜ぶわよ! 興奮して鼻血出したりしてね」
「西尾君に限ってそれは…… でも佐々木君ならありえるかも」
「確かに!」
私たちは声を上げて笑った。西尾君と付き合い始めてからこういう風に笑うことが増えたかも。
「葉子! 笑ってる場合じゃないわよ。時間時間」
「えっ、もうこんな時間! 私、自転車出してくる」
「自転車なんかで行ったらせっかくの服が乱れちゃうじゃない。大丈夫、最初からこうなることはわかってたから」
何でもお見通しってのはなんだかいやだけど、いつもこうして助けられてるんだよね。さすが望って感じ。
私が感心していると、外で車のクラクションがなった。どうやらこのことらしい。
「さあ、行くわよ」
いよいよなのね。私は1度深呼吸した。
「どうもありがとうございました」
私は駅まで送ってくれた望のお母さんにあいさつをした。なんだかすごく優しそうなお母さんです。
「いいのよ、デートがんばってね」
そんなこといわれると、恥ずかしくなっちゃいます。また顔が赤くなる。
「お母さん、これじゃ会う前から緊張させちゃうじゃない。それじゃ行ってくるね」
外からは西尾君の姿は見えなかった。暑いので、きっと中で待っているのだろう。
私は緊張で体がこわばり、こぶしを握り締める。
「リラックスだよ、リラックス」
そうだった、大きく深呼吸。
3段ほど階段を上がり、駅の待合室へ。あたりを見回してみる。新聞を持ったおじさん、時計を見て急ぎ足のお姉さん。
見ーつけた。そこには会いたくてたまらなかった西尾君の姿があった。
だけど少し様子がおかしかった。額には玉のような汗、どこか遠いところを見ている目、握り締めたこぶし、震える足。何だかあの時の姿と重なって、私は急に不安になった。
「あら西尾君、早いわね」
「西尾君おはよう」
私たちの姿を見て少し安心した様子の西尾君。足の震えもとまっていた。
「2人とも、おはよう」
西尾君の笑顔をみて、やっぱりただ緊張してただけだったのかなと思った。だけど、なんだかいつもの笑顔と違う気がしたけど。
「あれ、佐々木君はまだ?」
「うん、茂はいつもぎりぎりだか……」
急に言葉が途切れたかと思うと、私をじっと見つめ、すぐに目をそらした。何だか顔が赤くなっているみたい。
「どうしたの、なんかついてる?」
「いや、その…… 何だか改めてきれいだなと」
そっぽを向いたままつぶやくように言う西尾君。い、今なんて? きれいって、西尾君がきれいって言ってくれたよ。やったよ、早起きしたかいがあったよ。
「そうかな、ありがとう」
うん、何だかいい雰囲気。だけど、そんな雰囲気をぶち壊すような声が。
「ごめん、遅くなった。うわっ、葉子ちゃんかわいい」
佐々木君に言われると何だか軽いというか、嘘っぽい。そんな気持ちを代弁してくれたのが望だった。
「佐々木君が言うとなんだか気持ち悪い」
「そ、そんな。俺は思ったままを言ったのに」
「そんなことより行くよ! もう電車来ちゃう」
いよいよ始まるんだね。私は高まる気持ちを抑え切れなかった。