13 僕の「言い訳」
「ふう……」
いつもより長めに、一息つく。大丈夫、いつもどおりに、何事もなかったように。
よし、と気合を入れて扉に手をかけようとした、しかし、それよりも早く扉が開いた。
取っ手のあたりだった目線をあげると、立っていたのは葉子さんだった。
突然の遭遇にあわてているのか、目が泳いでいて、口がパクパクしている。
こんなときはどうすればいいんだ! えっと、そうだ、いつもだったらああするんだ。
こぶしを握り締め、気合をもう1度いれなおす。
「おはよう、葉子さん」
精一杯絞り出したつもりだったのだが、自分の思っていた以上に声が出なかった。ちゃんと聞こえたかどうかすら分からない。
葉子さんはさっき以上に驚いた様子で、しばらく沈黙が続いた後、教室の外に走って行ってしまった。
やっぱり嫌われちゃったのか。いや、最初から好かれてないんだからそれはないか。だとしたら、僕があんなになってしまったことを自分のせいだと思ってるのかな。やっぱりちゃんと僕から謝らないと。
小さくため息をつきながら自分の席に向かうと、すでに茂と霧島さんは座って話をしている。
「おはよう、卓也」
「卓也君、おはよう」
2人はいつもと変わらず楽しそうだ。最近、僕たちよりお似合いじゃない? とまで思う。
「葉子ったら急におなかが痛くなったとか言ってたけど、大丈夫かしら? ねえ、佐々木君」
「ん? あわわわわ…… はい、そうです。そうだよ! 卓也」
霧島さんの目から茂に向かって何か見えないものが飛んだ気がする。茂は蛇ににらまれた蛙状態だ。
「そうそう、昨日は大丈夫だった?」
「あぁ、うん。もう大丈夫。ちょっと寝不足だったときに、急に血圧が上がってくらくらしちゃって。迷惑かけてすいません」
茂が驚いた顔でこっちをみてる。おまえにしてはいい言い訳だなって感じで。
昨日の晩からずっと考えてきたのに、この程度だなんて情けないんだけど。
「ふふふ、西尾君らしいわね。まあ、いいわ。あ、おかえり葉子。お腹は大丈夫?」
「お腹? ひっ、はい、大丈夫です」
霧島さんの蛇のような目線はやっぱり強烈だ。教室まで静まり返ってしまった。
「西尾君ったら、昨日は血圧が上がってあんなになっちゃったんだって。そんなに愛してもらってうらやましい」
「迷惑かけてすみません」
「えっ、そうだったの。私こそ強引にやりすぎでした、ごめんなさい」
あたりを漂う微妙な空気。そんな空気を破ってくれたのは茂だった。
「あっ! 宿題やってない、どうしよう」
「宿題? あの数学のやつか。大変だったよ、あれ」
「そ、そんな。手伝って、お願い!」
「もう、しょうがないな。えっと、これはね」
茂はいつもこうなんだから、早くからやっとけばいいのに。でも今回だけは感謝しておこう。
「ここには両方に同じ数をかけて…… あれ? これからどうするんだっけ」
「卓也もわかんないのか、葉子ちゃん、きてきて」
「えっ、私? まず、こことここをひっくり返すんだよ」
目の前には葉子さんいる。ほのかに漂う甘い香りを、心地よいと感じてしまう僕。どうしてこんなに変態になっちゃったんだろう。
そのとき、葉子さんと僕の指が一瞬触れた。体の中が熱くなってくる。心臓の音がはっきりと聞こえるようになる。
昨日の決意はどうしたんだ、これ以上は傷つくだけ、そうだろ。
「さすが葉子さん、後は任せたよ」
「えっ…… うん」
こういうちょっと悲しそうな感じを出すとこも、うまいよな。ほんとにだまされてしまいそうだよ。
僕は高ぶった気持ちを落ち着けようと、窓から外を眺める。今にも降りだしそうな厚い雲は、気持ちを静めるのにちょうどよかった。
前回までの後始末にてこずってこんなに遅くなってしまいました。すみません。
それでも、ぐだぐだです。
あと、サブタイトルを決めるのが毎回の悩みです。