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第7話 粉飾決算


 その日の夜。


 あ、訓練の方は問題なかった。私がムービー見てる数分の間、頭の中の何某が引き継いで上手くこなしてくれた。ラキがとってもキラキラした目で私を見ていたので、非常に申し訳ないと思った。


 ヨースと教導官は特に驚いてはいなかったんだが……あれか、自動車学校に運転習いに来てるのに『とても運転のうまいやつ』程度の認識か。


 それはいい。とにかく放置するとあと6期、12年ほどでここの人類は全滅する。


 クオンは関係ないのかよっとか、俺のフリーランスはそっちじゃねーよとか、突っ込みたくもなるがまぁいい。よくはないが。問題なのは……。


 なんで私に権限付与した!


 なんか事情があって地上と連絡つかなくなったんだろうけど、メッセンジャーとして状態を伝えるだけで充分だろ。おれ他所の星の人なんだけど。そりゃここ来てまだ1カ月もたってないけどさ、アンリとか死んだら悲しいよ。他の知らない人なんか死んでもいいって事もないし。だからってどうしろっていうのさ。70キロ進むのに50年かかってるのに、目的地は600キロくらい先なんだぞ。泣くよ。俺、今美少女顔だからけっこう威力あるぞ。


 うぅぅぅ。ぽろぽろ。ほんとに涙出てきたぞ。


 なんかふわっと抱きしめられた。挙動不審な私を心配したヨースが私の寝床まで来てくれたようだ。高1くらいの女子によしよしされる中身は成人男性。


「あ……ありがとう。大丈夫だよヨース」


「大丈夫じゃないでしょう。涙止まってないわよ」


 確かに涙が止まらない。割とのんきに異世界ライフを楽しんでいたと思っていたけど、思いのほかストレスが溜まってたのか。結局、朝まで添い寝された。


 翌日の搭乗時にムービーは流れなかった。乗る度に表示されたらどうしようかと思ったので、まずは一安心。ただし、私の視界の中には余計な情報が表示されてる。


 通常、この訓練用想甲兵の視界に表示されるのは、味方の位置の簡易表示と方角だけだ。視界内に大体の味方の位置が▼で表示される単純なものだ。開けた場所であっても、味方との距離の把握には、かなり慣れがいる。


 で、現在付近の味方のアウトラインが、遮蔽物越しでも強調表示されるようになっている。体調、想甲の状態なんかのステータスも視界の隅に追加された。周辺全ての人員というわけでもないので、たぶん何らかの想甲兵関連の装備をしていると思われる。勝手にアップデートして大丈夫かと心配だったが、装備を使い回した他の訓練生には見えていないようだ。


 これは私自身の能力で追加表示してるのか? ひょっとして、他に何かの表示装置があれば神託(はっちゅう)は見れたのだろうか?


 兵役来たのってアンリの適当さが原因だからかなり偶然だ。そう考えると、想甲兵ではなくモニターみたいなものがあれば、他人に見せることができるんじゃないか。


 取り急ぎ、信頼できそうで、かつ、私を信頼してくれそうな人に見てもらった方がいいな。どっかモニターないかな。見たことないんだよね。


 とりあえず、できる事はやろうじゃないか。いい子にはなるべく幸せであってほしい。だが、ただ働きはごめんだ! 報酬は払えよ神様(クライアント)


 ◇


 2日目は滞りなく訓練は終了。さすが適性上位だけあって皆飲み込みは早い。初日ひっくり返ってたラキも基本動作は一通り熟せるようになった。


 想甲兵の乗り心地はというと、急に重力が弱くなって体がフワフワしてるような……そんな感じだ。アンリの同僚ブグララ氏の『浮かず、飛ばず、屈まず』というのも当然で、足の接地を意識してないと、せっかくの質量が攻撃力として役に立たない。動かした自分の腕でバランスを崩してるようでは困るのだ。


 ここで簡単に想甲兵の全般的な仕様を。『一〇級』は大きさを表す。全長10パナ、約6メートル弱という事で、搭乗型としては最小サイズとなる。軍や近衛で使われる最も標準的なサイズは十四級(8メートル)。探題猟兵には十六級(9メートル)が人気で、たぶんアンリのも十六級。


 想甲兵の本体というか、『想甲』自体については私にも解らない。虚空から物質を創り出してるように見えるので、個人的に生成質量と呼んでいる。想甲と一括りにしてはいるが、実際は硬い金属、粘る金属、ゴム、樹脂、その他何種類かの物性の物がきちんと設計され、組み上げられたものだ。ただ、機械ではない。どこにも駆動部的なものがない。つまり、人工筋肉もモーターも油圧系統も見当たらない。確認できる範囲だと、本当にただの『鎧』なのだ。


 ところが、実際使用すると数トンの機体を、多少習熟は必要ではあるが、自分の体と遜色ないレベルで自由に動かせる。常時パワーアシストもされていて、訓練用の想甲兵でも自重と同じ程度の物は持ち運びできる。あと、操縦者自身に対してもサポートがあって、衝撃吸収と運動補助、装備固定機能がある。顔面から転んでも怪我しないし、普通に歩くより楽だし、体に付けた装備が不必要にバタバタ暴れないのはありがたい。ありがたいと言えば、髪型が崩れない。マジでありがたい。


 これだけ聞くとなんか地味だけど、想甲兵の最大の強みは、エネルギーが受信できる範囲なら本体のコストが『0』(タダ)な点だ。どれだけ壊れても、中の人と鎧装が無事なら数分から数時間で再使用可能だ。しかも毎回新品。メンテもいらない。単純に動かせる程度の適応者なら、概ね三人に一人と操縦者の確保も容易だ。武器としてというか、作業機械としても超優秀ではないだろうか。


 もちろん弱点もある。表面想甲は非常に硬く、粘りもあるが一部が千切れるほどの強い衝撃を受けると、同一制御下の想甲が全損してしまう。ほとんどの想甲兵は多層想甲で対策してるけど、限界はある。正常と破損の間が極めてデリケートなので、命が惜しいなら安全マージンは広めに取らねばならない。


 あと、想甲は謎エネルギーで維持されているので、本体からパーツが離れると、離れたパーツは分解する。想甲兵の調整にもよるが、離せる距離はせいぜい50センチほどが限界だ。想理構成の投擲武器なんかは投げてしまうと即座に壊れる。どうしても投げたい場合は有線にするなど工夫が必要だ。


 ◇


 3日目は複数同時起動での簡単な連携訓練。新たな装備が追加され、本体想甲とは別に短い棍棒状の武器や小さい盾が生成できるようになった。小さいとはいえ、やはりバランスが変わるので調整は必要になる。


 皆が苦労してるさなか、私の視界に10キロ周囲程度の俯瞰マップが追加された。一瞬意味が解らなかったが、すぐ外部発声を機能させた。


『オリノ教導官』

「なんだストラ」

『二時方向。奥の林。木の動きがおかしいです』

「ナハジ! 二時方向!」


 教導官が近場の見張り台にいた兵に声をかける。15秒ほどでサイレンが鳴り響きサンザノ要塞が厳戒態勢に入った。


 いや、驚いた。どこからともなく十数体の想甲兵が湧いたかと思ったら、速やかに隊列作ると同時にすごい勢いでクオンと思われる集団へ向かって走り出した。


 こちらの追加レーダーMODに表示された敵の数は七体、味方は14機で想甲兵2個分隊相当。なんか個体番号と全員分の体調がカード状で表示されてるんだけど、ひょっとして指揮官用じゃないのか。


 基地の警戒範囲ぎりぎり、二キロほど先でどつき合いが始まった。時速60キロで走っても2分かかるというのに、1分かからなかった。どんだけ足早いんだ想甲兵。そしてクオンが思ったよりでかい。ここの一般想甲兵十四級(8メートル)を人間サイズとすると大型犬ぐらいのサイズがある。


 実際、機械製の犬みたいな形状だが、頭としっぽは鉄アレイみたいな形をしていて、それを振り回して攻撃している。色はゼブラ柄だ。つぶつぶしてない。クオンによってはずいぶん質感が違うんだな。


 舞う土煙。遅れて聞こえる金属音。怒声は乾いた反響を残し周辺へと染み渡る。


 想甲兵は生成した盾やメイスでクオンの質量を吹き飛ばす。クオンの体も想理でできている。その纏う想理質量を剥がし、復元する前に内部にある物理部品『制御核(モスト)』を抜き取るのがもっとも有効な対処方法だ。


 今回襲撃してきたクオンに連携した動きは感じられない。複数の同型は連携してくることが多いと習ったが、現状では各個撃破されつつある。残り3体。味方は残り10人。初動で盾役(タンク)が3人、攻撃役(アタッカー)が1人負傷。視界の表示から読み取れる戦況はそんな感じだ。


 基地周辺には追加でもう1個分隊の想甲兵が警戒している。訓練生は本館に避難した。なぜか私は想甲兵状態のまま待機させられてる。隣の青黒い想甲兵はオリノ教導官だ。形状は要塞警備の想甲兵とそう違いはない。たぶん十六級の官製量産品のセミオーダー。教導官の体格によく似たマッシブな形状だ。


 二匹抜けてこちらに向かって来た。うち一匹は要塞警備が応戦。もう一匹は大きく迂回して要塞内に侵入。物資用テントを吹き飛ばしながら……やっぱこっち来るのね。勘弁してくれ。子供と大型犬じゃないか。


『ストラ。可能な範囲で本館を守れ』


『了解。可能な範囲で本館を守ります』


 オリノ教導官の軽い口調と合わせたような軽快なステップで間合いを詰める青黒い想甲兵。一瞬で振り抜いた巨大なメイスがクオンの頭部にクリーンヒット。


 もんどり打って倒れる犬型の化物。教導官は想甲兵の巨体を本館との間に入れるよう調整しながら睨みあう。敵との距離は約50メートル。要塞守備隊の想甲兵がこちらに走ってくるのが見える。


 表示にはクオンの前肢中央がマーキングされている。たぶん攻撃すべき弱点だ。教導官は数合の打ち合いの間にも的確に弱点部を攻撃、制御核(モスト)を露出させるが、敵想甲の復元が早くとどめの攻撃が間に合っていない。


 その時にクオン胴体に『収束』の警告。


 これなんか撃とうとしてないか? 想甲兵もクオンと同じく通常兵器にはめっぽう強いが建物は別だ。こいつ射線が通れば何時でも撃つ気だ。


 どう伝えようかと考えたと同時に体が勝手に走り出した。周辺がスローモーションになる。クオンが教導官想甲兵の打撃を受け流すと同時に、極端に体をひねって体勢を入れ替えた。クオンの前には私と建物しかない。


 今まさに何かを発射せんとするクオンの頭部を、間一髪蹴り上げる教導官の想甲兵。飛び込んで来る私を見ても慌てた様子はない。オリノ教導官はクオンの行動も、私の行動も十分に把握している様子だ。さすがは教導官。


 蹴りの衝撃で仰け反るクオン。吐き出した熱線は虚空を薙いだ。そして私の機体はその直前に半身で着地した。腹を見せる化物はこちらの想甲兵の体長を軽く超える。


 私は妙に冷静だった。そもそも体が乗っ取られてるのでどうしようもない。ただ、何をすべきかの手順は頭に流れ込んできた。


 まず、全く質量不足の手元の棍棒に、胴体と左腕の想甲を開放して流し込んだ。体勢は空中で調整済みで、着地の段階で打撃の予備動作は完了している。跳躍と半身からの回転力を無駄なく手元へ注ぎ込んだ。


 元の数十倍の質量となった棍棒は(つち)へと変形し、十分な運動エネルギーを与えらえたそれは、クオンの質量を、その弱点部位ごとピンポイントで吹き飛ばした。次いで、教官が飛び出した40cmほどの赤い球体を掴んで本体から引きちぎった。ナイスキャッチ!


 制御部を失ったクオンが崩れていく。共食いの戦果か、小ぶりの赤い球体がゴロゴロと零れ落ちいくさなか、ひと際大きな物体がゴトッと大きな音を立てて地面に突き立った。物体に表示された名称は『粒子加速器』。


 ……現物が取り込めるのか。聞いてないぞ。おい。


 頭部込みの胴体と左手の想甲が無くなってしまったので、今は自身の視界だ。驚いたことに操縦装置は網目状の簡素な球体だった。多少見づらいが、周辺の景色も見えるし、右上には宙に浮いてる右手想甲が見えるし、足元には想甲の下半身が見える。なんの支えもなく空中に立ってるのに、足の裏に地面の感触があるのはかなり妙な気分だ。


 というか、この状態だと普通に空気が通るんだなこの操縦システム。周囲に残る熱線の残滓、熱気と咽せ返りそうなオゾン臭を直に感じる。


 機体が勝手に走り出した段階で、頭の中の何某から手順は教えられたが、一人でやれと言われたら無理だと即答しよう。というか、これぐらいできるようになれという事なのか? 私の人生に、ゲーム以外で()()()()なんて選択肢が生えてくるとは。


 とりあえず、未来が厳しすぎるので現実に逃避しよう。


 数分経ったが未だ想甲が復元しない。操縦装置にある表示を見る限りでは、ある程度チャージしないと質量構成しない仕組みらしい。ゲージが15%あたりで点滅してる。


 倒したからいいけど、失敗してたらこの状態で戦闘継続なんかできんぞ。思いっきりが良すぎ! 現実も厳しすぎる!


 ふと視線を下げると、想甲を解いたオリノ教導官が私を見上げていた。


「オリノ教導官。ご配慮ありがとうございます」

「目は良いようだな」

「はい。目は良いです」


 彼の獰猛な笑みはいったい何を語っているのか。





 戦闘の事後処理が終わった夜半。要塞本館、高級官僚向けの談話室。


「君は何を考えているのかね。オライレ・オリノ教導官」


「何のことでありますか猟兵教導隊隊長殿」


「ノーテカ家にいったいどれだけの恩義があると思っているのだ、という話だ」


「……隊長殿。今回、応戦したのはストラ・マトスです」


「ノーテカ家のご息女に何か、あ……ん? ヨース・ノーテカではない?」


 教導隊隊長ヘムァ・ゲルトナーは机の上の書類を数枚めくる。


「ヨース以外に対応可能な訓練生がいたというのか?」


「ヨースは優れた訓練生ですが、今のところ優秀な訓練生でしかありません」


「マトス……。剛鉄の関係者か」


「アンリ・マトスとは同籍で『六本腕』討伐にも関わったと聞き及んでおります」


「使えるのか?」


「はい。早急に三鐘程度まで鐘昇せさるべきかと」


 ゲルトナーは幾分ほっとしながら、オリノ教導官の提出した帯域取得戦績証明書を精査する。目の前の男が陵地奪還のために手段を選ばないのをよく知っている。促成の名目で才能のある者を潰しがちだということも。


「さすがに訓練生に確殺認定はやりすぎだろうが……まぁ、よかろう」


 オリノは事実なんだがなと内心苦笑いを禁じえなかった。実際の話、至近に配置することで戦績の付け替えを目論んだのは事実だ。まさか、本当に戦績を上げるとは思わなかったが。


 差し当たり、彼は礼を言って談話室を退出した。



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