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第3話 仕様


 嗅ぎなれない臭いで目が覚めた。


 変わった肌触りの服。目を擦って……前髪がうっとうしい。長い髪。前も後ろも腰まである。中央で分けて視界を確保している状況だ。


 辺りを見回す。飾り気はないが整頓された部屋。6畳くらい? 少なくとも住んでいたマンションではない。


 アンリの家かな……そうか、あの娘がベッドまで運んでくれたのか。申し訳ない。


 ……てっきり戻ったかと思ったよ。元の世界に。


 じっと手を見た。どの年代の自分とも違う他人の手。


 動かしてみた。見慣れない白くて細い指がワキワキした。なんかほっとしたような、焦りのような妙な気分だ。


 ベッドのサイドテーブルに上着が畳んであった。現状では簡素な肌着姿と思われる。差し当たり起きて、それを羽織る。サイズは問題ないが、なんか女物のような気がする。


 家の中には誰もいない感じだ。窓は開放してあって、朝っぽい空気が流れている。リビングらしき部屋には掛け時計。文字盤の見たこともない数字が読める。


 真下が18?……36時間表示なのか?。


 玄関らしき場所は土間だった。そこには台所。なんか電気コンロっぽい調理器具。カゴには根野菜?と色彩豊かな果物。なんかこう、昔の田舎というな感じだ。


 表から断続的に金属音が聞こえる。それに誘われるように、たぶん自分のであろう上履きっぽい簡素な靴を履いて表に出る。


 アンリは自宅横の無駄に広い広場で、体を動かしていた。トレーニングかな。上はTシャツっぽい、下は膝辺りで紐で縛ってあるハーフパンツ。腕に手甲と、胴にコルセットか何かを装備している。


 ブンッ


 不意に彼女の両肩にでかい腕が浮かんだ。


 想甲だったっけ。あれは……いったい何なのだろう。そういや色々有りすぎて、聞くの忘れてたよ。


 アンリの動きが、そのまま巨大腕に伝わる。腕の手甲っぽいのが本体なのだろうか。数トン単位の質量を感じる物体が、遅延無しでブンブン振り回されてる様は、中々に理不尽だ。


 ズンッ!


 あー……逆立ちしてるんですけど、体が……、アンリの体が逆さに浮いてる。


 えっ!? そういう仕様なの!?


 あ、やばっ!倒れ……


 ドドンッ


 前転した。え? 背中打たないの? 彼女、回転中ずっと空中にいたぞ。


 こ、これは……5メートルくらいの巨大な着グルミの腕だけが見えてるのか! アンリ自身は、見えない着グルミの胴体部分に保護されてる感じだ。あのコルセットか?


 ただ、腰から下は存在してないように見える。事実、今は普通に彼女自身の足で地面に立ってる。


 ちょっと待て。どうやって重量を支えて……。


 なんかすげえドヤ顔してるよ。拍手でいいのか?。


 パチパチパチ。


 満足気な顔してる。拍手でよかったようだ。


「ストラっ! 朝ごはん食べよっ!」


 巨腕は消えていて、アンリは俺に声をかけながら小走りで駆け寄ってくる。


 その、なんというか……ブラ無いのかなここ。


 彼女は俺を通過して家に戻るとタオル持って出てきた。そのまま手を引いて家のす

ぐ裏手にある井戸へご案内。顔洗えってことらしい。


 蛇口をひねると――普通に蛇口だ。なんか船の舵輪みたいなの――普通に水が出る。かすかなモーター音。電動式なのだが……どこにも電線が見当たらない。電池式?


 などと考えつつ、桶に水溜めて、ぱしゃぱしゃ。桶は木製のようなプラスチックのような不思議な材質だった。もらったタオルも少し変わった感じ……これ織ってないな。タオルと言うより薄手の柔らかいスポンジだ。

 

「ストラ? どうかした?」


「あ、いや、その……運んで寝かせてくれたんだよね。ありがとう。あと服も」


「軽かったから大丈夫だよ。服はあってる?」


「うん。ぴったり」


 よかったと言いながら、アンリはシャツの中の手を突っ込むと豪快に腕を動かした。


 その……あんまりシャツ引っ張らないでいただけませんか。


 朝食はパンと野菜スープだった。パンは少し茶色い。リンゴジャムっぽい何かを塗って食べた。コーヒー欲しい。ちょっとパサ付いてたけど味は悪くなかった。


 遅めの朝食を済ませ、片づけを手伝いながらアンリに今日の予定を聞いた。


「町に行って、おち……ストラの市民登録します」


「で、すぐ出るの?」


「出発は……お昼過ぎかな」


「じゃあ、ここの事、色々聞いていい?」


「うん、いいよ」


 気分的に落ち着いてきたので、身の振り方を考えねばならない。


 まずは情報収集だ。昨日聞いた範囲だと、落ち子ってのは何も知らないのがデフォらしい。そういうことなら、ぶっちゃけ何を聞いても支障はなかろう。

 

 まずは……。

 

 「えーっと、……ここどこ?」


 「トロラ王国のー、コスコット区っ!」


 ……トロラ王国。王政なのか。貴族様もいるのだろうか。


 脳内の翻訳では『始原の王国』となっていたがアンリの発音を優先した。


 王暦147帰。帰は年にあたるようだ。現国王はラキド三世。人口は4000万人ほど。王都はメルニル。ここはコスコット区というらしい。田舎だけど星稜線(赤道?)直下なので暮らしやすいとアンリが笑った。

 

 あと星稜大山脈……落下中に見た赤道沿いの大陸中央に位置する大きな山脈。その向こうにタナメース共和国がある。そして両国を繋ぐ位置にバスニア大博士国。


 単純に大山脈を咥えた「く」の字の上が王国、下が共和国、角が大博士国。そんな位置関係だ。


 大博士国なんて初めて聞いたが博士が君主なのか?。とりあえず置いとこう。

 

 なお共通の暦「源史」ってのがあって1726帰になるとのこと。アンリがわざわざカレンダー持って来てくれた。カレンダーあるのね。


「今日って何月何日なの?」


「7月16日だよ。2週7曜」


 カレンダーはシンプルな3ヶ月めくり。印刷物だ。切り取るタイプじゃなさそうだな。週の概念はあって1週9日。ひと月がだいたい4週。パラパラとめくる。


 え?……ちょ、18月まである。


「……1帰って何日?」


「えーと……774日?」


 なぜ疑問形。それはいい。


 ってことは、1年が地球の2年分以上あるのか。太陽系だと火星辺りのカレンダーだな。基本的な事で勘違いすると命に関わりそうだ。気をつけよう。

 

 重さはテオルで1テオルは感覚的に2Kgくらい。面倒なのでキログラムへの自動変換を意識したらできたので忘れてもいい。正確には2.2キロだとさ。

 

 問題はロブという別の重さの単位。要領を得ないアンリの説明をエスパー翻訳すると、どうも「質量」らしい。重力下ではさっきのテオルと同じ数値だが、どうも明確に分けて考えているらしい。


 謎だ。言い方もロブ50と単位が先に来る。日本でキロ50っていったらキロ単価だよな。

 

 気を取り直して、長さはパナとルケル、ケール。1バナが50cmくらい、ルケルは100倍で50メートル、ケールはさらに100倍で約5Km。


 ちなみに現在地から、この区の中心街まで40ケールで約200キロ。王都までなら150ケール。約750Kmの距離、九州~東京間だ。隣の大博士国の首都が8ケールとよほど近い。


 脳内変換によると、1パナ=56センチのようだ。こちらも自動変換に追加する。


 あと、アンリが思いつく範囲で簡単な常識を教えてもらったけど、そう突拍子もない風習もなかった。宗教関係できつい縛りもなさそうだし、貴族もいるが、仕組み的にそんな無茶はできないということだ。


 あ、そうそう。この家には普通に照明や家電製品が存在する。が、電線は来てないし、ボイラーや発電機もない。そもそもコンセントがない。


 アンリに聞くと『区の開放稜から飛んでくる』と言った。家電全部が無線給電式だったのだ。あまつさえ例の巨大腕の動力も同じく飛んでくるんだそうだ。


 しかし……ここの生活水準は日本の田舎暮らしって感じだけど、エネルギーを伝送するインフラに無線動力の家電とか、地球超えてるやないか。そっちに合わせるなら、場所によっては地球より高度な文明があると考えた方がいいかな……こりゃ。


 といっても、実在する神様と……クオンだったっけ?、はかなりファンタジー寄りだ。


 まぁ、その内わかる……のか? 俺どうなるんだろ。


 あれこれ質問してる間に、町への出発時間近くとなった。例の巨大アルマジロ、鎧馬マントスって種類らしい、に餌と水をあげる。もちろん手伝う。


 すげー丸まって寝てるよ。丸いよ、めっちゃ丸い。


「触っても大丈夫?」


「うん。首の後ろ以外なら大丈夫だよ」


「この子なんて名前?」


「え?」


 ちょっと意外そうな顔してる。


 名前付ける習慣ないのかな。


「……マツ」


「マツっていうの?」


「うん」


 お、マツが反応してる。おー起きた起きた! すげー完全変形だこれ!


「マツー」呼んでみる。


「ぶもっ」


「返事した!かしこいぞマツ!。町までよろしくね!」


「ぶふもっ」


 マジカワだわ、この生き物。


 おー、団子みたいなコロコロウンコするのか。手間要らずだ。


 嬉々としてウンコ掃除をする俺。


 アンリがちょっと引き気味だったような気がする。



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